第6話 感情の行方


先生から一通りの説明を受け、俺は部屋へと戻ることにした。

廊下にかけられた時計に目をやる。時刻は5時。下校時間まではまだ一時間は余裕である。

まあそんなわけだからここから抜け出すということが出来るわけもない。というか最初期の頃と違い、抜け出そうというつもりは日に日に減っていってる、そんな気がする。


「悪い。勝手に出て行って...。およ?」

少し冷たいドアノブを開けた先で、やはり陽太はパソコンを弄っており、そして問題の新人、古市冬華はさっきまでの俺みたいに本を読んでいた。


ただし、ヘッドホン装着の上で。


はーん...その手があったか...って違う違う。

目の前の光景を一瞬でも疑わなかった俺が馬鹿に思える。


おいおい、馴染みすぎじゃないですか?


古市はさっき入ることを告げられたいわば「新入部員(?)」だ。

何かしらぎこちない雰囲気、会話が生まれてもおかしくない状況だというのに。


いや、まともじゃないからここにいるってのもあるか...。


呆然としている俺に気づき、手を止めて先に声をかけてきたのは陽太だった。

「おう、おかえり。それで、その右手にある袋は?」

「...あぁ、これ?さっきちはやちゃんから手渡されたんだよ。中身はまあ...いろいろと?」

「俺らの分は?」

「あるぞ、一応な。冷蔵庫借りるぞー。」

「冷蔵庫は下段な。あと野菜室はないから注意。」

「いらねえだろ。飯作るわけでもないし。」


そうして俺は冷蔵庫の正面でしゃがみ、そのドアを開けて缶をコトコト並べ、一つ一つ丁寧に並べた。

ここの冷蔵庫、古いというよりかはホテルにあるような小さいタイプの奴だからな。

というかむしろフルサイズだと運搬絶対難しいだろ。

...その他の荷物運ぶのどうしたんだろうな。どうでもいいけど。



えーっと中身を改めて確認すると...。

「サンガリアラムネが3本とバリアースが3本、あとは...。」


昔ながらの小さいサイズの缶に思わずケチくせぇと言いそうになったが、そもそも差し入れをちゃんと用意してくれているあたりは感謝しなければいけないところだろう。

しかし、冷えてない。

となると原価は相当安い。ドンキホーテで売れば値段一桁も狙える。これには大所帯の部活もニッコリ。

そして肝心の酒のほうを並べようとした瞬間だった。



「ストロングゼロ、5本。...飲むの?」

「うわぁ!?」

後ろからかけられた声に思わずびっくりする。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは表情一つ変えずに俺の後ろにしゃがみこんでいた古市だった。

というか、何?こっち向いてなかったよね?本読んでたよね?音楽聴いてたよね?

なんで俺がいるって分かったの?怖すぎるだろ...。


「い、いや。飲まないけど。というか、いつからそこに?」

「さっき。」

「いや知ってるけど!というかずっと後ろつけられてたら怖いじゃない!」

表情一つ変えない上にこうもボケを炸裂させられたら...ええい、調子狂う!


しかも机のほうで陽太はけらけら笑ってるし...。何、今俺殺されかけてるの?

「知ってる。...とりあえず、入れたら?」

「あ?んまあ、そうだな。」

とりあえずここでずっと何もしないままというのはまずい。こちらにも最低限の面子というものもあるし。

俺は手っ取り早くさっさと缶を片付けて冷蔵庫の扉を閉め、陽太からみて俺が左に来る位置に座った。


「邪魔するぞ?」

「邪魔するなら帰って~」

「お前ここ大阪違うぞ?」

「ほんまや!」

あほか。お前それネタ分からん奴だったらどないするんや。



そんなやりとりに、はぁ、とため息をつく。けど、これくらいのノリの軽さがこいつとの一番いい距離の取り方だから仕方がない。


そして座った後で古市のほうを見る。古市はまだデスクに戻っていなかった。片手で本を持ち、もう片手で栞を持ち、その栞で口元を隠していたまま突っ立っている。

何もしないのかなと思い、俺はどうするか聞くことにした。

それだけではない。単純に色々とこいつのことを知りたかった。


「...どうしたんだ?そこに突っ立ったままで。...とりあえず、座ったら?本読みたいのだったらそっち戻ればいいけど。」

「いや、休憩。...そこ座ってもいい?」

そういって古市は俺の向かいを指差した。ま、別に狭いわけでもないし全然構わないんだが。

「全然。どうぞどうぞ。」

俺が促すと何も言うことなく古市がちょこんと座った。


...。


座ったのはいいものの、何も話す話題が出てこず、互いにシーンとなる。

という訳で俺は陽太に俺がいない間に何か話したのか聞くために耳打ちをすることにした。


「(なあ、さっき古市と何か話した?)」

「(いや?俺は別に。興味ないって訳じゃないけど特に改まってやるのって俺苦手だしさぁ...ねぇ?)」


確かに、陽太は自分からあまり人付き合いをするような奴ではない。

とはいえ、その明るさゆえに人が集まってくることはしばしばだが。

そんなわけだからこう初対面の人と一対一の場合だとあまり喋らないのだ。


「(そういうことだから、話したいことあったらいくらでも話せるよ。変に話題奪わないようにしてるからお二人でどうぞ~)」

「(...了解)」


少しどうでもよさげにノッてる陽太に内心イラついたが、気にしたところでそんするのは俺だけだ。やめておこう。


覚悟改め、俺は古市のほうを向きなおす。


...さてと、何を話そうか。クラスの様子とかは聞くだけ野暮だし、今日の天気がーとかいうのは馬鹿馬鹿しくて仕方がない。であれば、どこか話の通じるところを探すほかない。

俺との共通点...問題児性も聞く意味はない。好きなもの...あ。


俺は、古市が手に持っていたものに着目した。

本である。


一応だが、俺は本が好きだ。そこにジャンルというものはあまりないが、やはりほんの醍醐味は小説だろうとはどこかで思っている。

古市はどうだろうか?同じ本を好きなものとして、気にならないことはない。


これだな。

「...なぁ、古市。その手元にある本って、どんなのだ?」

本というのは基本そのサイズ、表紙でどんなものか分かるのだが、如何せんブックカバーが付いているためその中を見ることができない。

「ん、内容?」

「そう。内容。というか、大体どんな本読んでるんだ?」


すると古市はほんの少しだけ意気揚々と語りだした。

「大体は小説。...難しい本も読むときもあれば、ライト?なのも時々。ただ、家にあった本は難しい本ばかりだったから。こういう軽いのは、中学生に入ってから。」

そう語る古市はどこか楽しそうだった。もちろん表情は変わらないのだが、それでも雰囲気から楽しい、というのが伝わってくる。

でも、そんなにしっかりとした意思があるのなら...。


なんで、表情に出ないんだろうな...。


「どうしたの?」

「え?いや、なんでもない。」


どうやら深く考え込んでいたのが顔に出ていたようで古市に心配されてしまった。けれど、本人の前で何を考えていたなんて言える筈もないし...。

「そう。それより、その...須波君は?」

「ああ、俺?俺も似たような感じだよ。大体なんでも読む。ひとつひとつ作品はどこか違って、だからこそ多く読んだほうが楽しいからな。ただ、比率的にはライトな分のほうが俺は多いかな?」

「私もそう。...結構似通ってるのね。」

「みたいだな。」


少し恥ずかしいようなことを言われたが、気にしないでぶっきらぼうに返した。やっぱり共通点があろうと、異性との距離は掴みにくいことこの上ない。


下手に勘違いして恋心、なんてのは俺が果てしなく嫌うものだ。


俺は多くの種類の本を読む、とは言ったものの、そのジャンルの中に好き嫌いがちゃんと存在する。


少しだけ熱く語らせてもらうと、嫌いなのは現実味のないこと、ありきたりな展開、そして極度の理不尽だ。さっきのはありきたりと言えるだろう。

小説は基本がフィクションだ。だからと言って、創作話だといって好き勝手やっていいとは思っていない。

最近はファンタジー、SF小説が増えてきている。一応いくつか手にとって読んでみるのだが、結局は表面上のかっこよさ、可愛さしか入ってこない。

小説にはどこか作者の伝えるべきメッセージがあるはずだというのに、それが全く入ってこない。だからだろうか、心のそこから面白いと思えないのは。


もう少しだけある。それは恋愛もの、ラブコメと呼ばれるジャンルのお話。

恋愛と言うものは、現実味があってこそ親近感が沸き、その世界に入り込めるものだと俺は思っている。

でもどうだろうか。不慮の事故で死んでしまったヒロインが沿うやすやす生き返ってしまうことがあったら、それは面白いと言えるのだろうか。ハッピーエンドと言えるのだろうか。


俺はそれは否と考える。

死は絶対なんだ。この世の中で変えることのできない、最も残酷な真実。

しかしそれは、実際に目の前で死という事象に直面しなければ分からないだろう。


少なくとも、俺は嫌でも遭遇してしまった。本当は知らないままのほうがよかったのかもしれないが。

だから、これはあくまで俺だけの持論だ。誰にも当てつけることなく、そっとしまっておこう。

それでももし、古市が俺の考え方を知りたいというのなら伝えようと思うが、そうやすやすと距離なんて縮まるはずないだろうと割り切る。



「それで、お勧めの本とか、ある?」

長いこと自分の世界に浸りこんでいたが、俺に振られた古市の言葉で現実世界へ引き戻される。

「んー、お勧めかぁ...。どっちかというと幅広く漠然と読んでいるからなぁ。絞れと言われたらちょっと難しいかもしれないな。あっ、でも待て、確か先月14巻が出たあれがあったろ。」

「うん、あれは私も読んでるよ。確かに面白かった。」

すぐに返信が来た。けど、面白かったと言う割りに全く表情筋が動かないことに対して思わず苦笑いを浮かべてしまう。


しかし、そんなこと少しどうでもよく感じてきた。

さっきも言ったが感情は微小ながら確かに感じれる。だから話しててつまらないわけでもないし、もどかしい気持ちで支配されるわけでもない。

「そう、それでそっちのおすすめは?」

「ん、私?」


聞き返された古市は少し硬直して栞を口に当てる。

「えっと、ここにはないかな。タイトルは忘れてしまったけど、昔どこかしらのサイトで読んだ小説が、一番、好きかな。」

「サイト?...ネット小説とか読むのか?」

「うん。書籍と比べてやっぱり文章力がなかったり、稚拙だったりするところもあるけど、発想とかは、負けてないと思う。...テンプレートでなければ。」


驚いた。古市みたいなしっかりしたような奴がそっちに手を出してるとは少し想像が付かなかった。ちなみ俺はと言うと最近は少し手をつけてない様子。

しかし、偏見と言うのはよくないな。反省しておこう。


「そうなんだな...。タイトル、思い出せればいいな。」

「うん。」

古市は小さく頷いた。その行為に俺は少しの寂しさを感じた。

そうだよな。好きな作品のタイトル忘れてしまうのは少し寂しい気はする。


「...。」

「...。」


それ以降はお互い話す話題もなかったのか黙ってよそを向いていた。

こういうときは変に長引かせてもよくない。それっぽいことを言って終わらせるのがベストだろう。


「...なんかこんな話してたら本読みたくなってきたな。」

「そうね。...そろそろ戻る。」

そうして古市はさっきのデスクへと戻って本と音楽プレーヤーの準備を始めた。やっぱりあれこだわりなのかな。今度聞いてみよう。


「さて俺も...。」

ひと段落着いた俺は自分のかばんの中から好きな小説を手に取りパラパラと読んでいる途中のページまで飛んだ。

その始まりのシーンがまるでさっきの俺たちみたいなぎこちない会話のシーンで、俺はどうしても苦笑せずに入られなかった。


まあ、隣の馬鹿は終始ニヤニヤし続けていたが。後で〆とこう。




---



キンコーンと元気よくチャイムがなる。もう下校時間のようだ。

下校時間になるとちはやちゃんが確か鍵をかけに来るはず。ということはもうすぐ...。


「くくく...。」

自分でも性格悪いなと思うくらいの笑い声が出てしまう。

「...須波君、怖い。」

「まああいつはこういうところ外れてるからな。温かい目で見てやれ。」

そのせいか、荷物をまとめて部屋から出ようとしている他の二人からすごい目で見られていた。まあ仕方ないだろう。


しかし、嫌みったらしく缶一つ一つ丁寧に並べてやったからなぁ。ちょっとリアクションが楽しみすぎる。

「おーい下校時間だぞ。帰る準備できてるかー。」

遠くからだんだんとちはやちゃんの声が聞こえる。さて、それじゃ出るとしますかね。


ぎしぎしと木の床を鳴らし外に出る。ちはやちゃんはまだ中に入っておらず、外で俺たちの出を待ってた。

「ん、なんだ?袋持ってきてくれなかったのか?」

「生徒が酒もって出るのはまずいでしょう...。ちゃんと冷やしておいたんで部屋までお願いします。」

「なんだ...。全く、しょうがない。じゃあ、さっさと帰っておくように。」

「はーい。」


そしてしぶしぶ中に入っていくちはやちゃんを後ろに、俺は言われたとおりささっと校門に向かった。



---



さてと、やっぱりこの時間の下校だとどこにもよれはしないか。

身をもって特監生のデメリットを感じる。俺はひとつため息をはぁ、とついた。


すると、遠くから少しはやめの足音が俺に向かってくる。先生が追ってくるとは思えないのでこれは陽太だと断定できる。

「どした、陽太。」

陽太は息を切らすことなく言った。








「な、たまには久しぶりに一緒に帰らないか?」




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