第3話 異質

 私が祖父、父の後を継ぎ陸軍の士官となったのは、「それが当然」という家風であったからだ。自ら強く望んだわけでも、誰かに憧れたわけでもない。……それは、お前にも伝わっているだろう。うちの長男ロジャーもそうだったからな。


 ミシェルが家を去り、私の話し相手は今度こそいなくなった。いや、学校には数人いたようだが、どうも私にとって学業の場はプライベートからは分かたれた場所であったらしい。

 当時の私はその場に相応しい自分を作り上げ、それでいて疑いの目を向けられぬよう振舞っていた……と、古くからの使用人に聞いた。サマンサという名だ。お前も面識はあるだろう。


 サマンサはミシェルともよく話し相手になっていたらしい。彼女が誰とでも分け隔てなく接する性格だ……と、言っていたのは末弟ロバートだったか……。ともかく、ミシェルがいた頃、サマンサは世話役を押し付けられ忙しかったが、私が寮に入り、ミシェルが去ってからは仕事がかなり楽になったらしい。うちの息子たちの世話は、ほとんど彼女が行ったようなものだ。

 そう思えば、あいつが私と同じ轍を踏まなかった理由もわかるか。……いや、こちらの話だ。


 妻……ナタリーと出会ったのは、ミシェルが去り、祖父が亡くなって数年後……私が18の時だった。

 当時、彼女は舞台女優として著名だった。ナタリー・スカーレットという芸名で、時には花形ヒロインとして、時には悪役ヒールとして舞台に立っていたのだ。

 ナタリーは私と遠い親戚関係にある。……つまり、彼女も「スカーレットの呪い」に怯える家系に連なっている。

 それを、彼女をプロデュースした脚本家だか演出家だかは面白く思ったらしい。そういったミステリアスな女優に需要もあっただろう。ナタリー自身も、そういった類の噂を信じない性格をしていた。


「吸血鬼なんて、ばかげた噂……まさか信じてるの?」


 彼女は彼女なりに、思うところがあったのだろう。後に、「どうせ吸血鬼なんて噂で誤魔化して、都合よく追い払う口実を作ったに決まってる」と語ってもいた。

 ……ミシェルがどこに行ったのかは知らないが、彼女のことだ。出会っていたのなら敵意を向けていたのだろうか。



 ナタリーが事実上婚約者となったのは、出会って翌日のことだった。

 ……いや、おそらくは、出会う前から定められていた。


 私がナタリーを愛したのかどうか……と、言うと、今となってはわからない。

 だが、夫婦なのだ。「少なくともかつては愛した」と仮定した方が振る舞いやすいだろう。……そして、かつての私が彼女を愛したとして……


 当時の私のまま、かつて愛した彼女を求めると仮定するのならば、現在の私は、決して現在の彼女を愛しはしないだろう。


 ……どうした。目を見開いて。

 私は何か、妙なことを語ったか?




 ***




「私は何か、妙なことを語ったか?」


 言葉を返すことができなかった。

 感情ってのは、それこそ「自然」に湧いてくるものだ。……「仮定」するものじゃない。

 目の前の相手がことを、俺は、ここに来てようやく実感として理解した。


 この人は、「場合に応じて」「自然に感じるべき」自身の感情を計算で導いている。


「……いつから、なんですか」


 拳が震える。……かつて俺が心底失望し、軽蔑し、拒絶した「彼」の背中が脳裏に浮かぶ。


「いつから、とは」


 怯えているとも、見下しているとも、拒絶にすらも取れる、無機質な声が響く。

 ……分かっている。この「声」に感情を見出してはいけない。見出したとして、それは俺の感情を映し出しているだけだ。


「いつから、そんなふうに、その……感情を、なくしたんですか」


「彼」……親父は、どんな時でも目の前の人物を「友だ」と語った。関係が破綻しようが拗れようが、その表現だけはいつだって変わらなかった。

 傷のある額を撫で、男はまた、記憶を手繰る。


「そうだな、あれは……」


 そうして、ただただ淡白に、再び語り始めた。

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