魔法の香水の噂

皆様は恋のおまじないを信じますか。


 男はベッドに寝転がり、香水の瓶を揺らしながら昨日の事を思い出していた。昨日の飲み会の帰り道、男がふらふらと歩いていると小さな露店が開いていた。


売っている物もバラバラで統一感がない。売っている老婆らしき人物もフードで顔がよく見えない。

こんな店もまだ残っているんだと思いながら前を通り過ぎようとすると


「お兄さん」


と声を掛けられた。

男は驚きながらも落ち着いた声で答えた。


「何でしょうか・・・」


「お兄さん今悩みを抱えていますね・・・それも恋の悩み」


「あなたには関係ないでしょ」


「まぁそう言いなさんな。そんなお兄さんにおすすめしたい物があるんだよ」


老婆はそう言うと、一本の透明な瓶に入った香水を差し出した。


「これは恋の香水といってね。これの香りをかいだ者はつけている人を好きになるという魔法の香水だよ」


男は香水の瓶を受け取ると怪訝そうに見つめた。


「どうだいお兄さん、今ならお試し価格五百円だ。それで気に入ってくれたなら次から二千円で買っておくれよ」


男は勢いに押されて、五百円ならと購入してしまった。


「勢いとはいえ変な物を買ってしまったな。しかし昨日のばぁさんには驚いた、俺に好きな人がいることを当てちゃったんだから。これがあれか、巷でいうバーナム効果ってやつか」


男が再度瓶を揺らすと香水が証明に照らされていた。


「これで彼女が好きになってくれるなら安いものか。ものは試しだ、明日使ってみるか」


 翌日男は香水をつけて彼女に話しかけてみる事にした。会社に着き彼女が来るまでの間、そわそわし辺りをうろついてしまったせいで周りから笑われてしまったがそんなこと今は関係ない。

心臓の鼓動を抑えようと深呼吸をしようとした時彼女が視界に入ってきたせいでせっかくの深呼吸が台無しになった。男はもう一度香水をつけると意を決して彼女に話しかけた。


「や、やぁおはようございます。」


「おはようございます。今日は早いですね」


「ええまぁ、ちょっと片づける仕事があって。そんなことより今度の日曜日空いていますか」


「はい。空いていますけど」

「よかったら映画を見に行きませんか。友人からチケットを貰ったもので」


「これって先週から公開している話題も映画ですよね。いいですね。行きましょう」


あまりにもあっさり返事がかえってきたため、男は驚きのあまりぽかんとしてしまった。


「あの……大丈夫ですか」


彼女の言葉に男は意識を取り戻した。


「いえ、あっはい。分かりました。では詳しい日程は後で連絡します。」


「はい。楽しみにしていますね」


男は話し終えると自分の席には戻らず、そのままトイレの個室に向かった。便座に座り、ふっと息を吐いた所で実感が一気に襲ってきた。


「成功しちゃったよ……」


ポケットから香水を取り出し見つめると、驚きと喜びで顔がついニマニマしてしまう。


「よしこっからだ」


早速男は仕事そっちのけで週末の予定を考え始めた。


それからも男は彼女をデートに誘うたびに香水をつけるようになった。もちろん香水をつけるだけではなく、彼女が楽しめるようにプランを考え、さりげなく好みなどを聴くようにした。

そうして何回目かのデートの折、彼女に告白し付き合える事になった。


付き合ってからも順調に関係を築いていけているが、男は嫌われる不安から香水を手放す事ができず、なくなるたびに香水を買いに行った。

買いに行くたびに老婆とも会話をするようになり、この前はどこに行ったとか、こんな事を話したなどたわいのないことを話すようになった。


「それはよかったでございます」


老婆はそれをうなずきながら聴いていた。


 そうして付き合って二年目の冬がきた。男は彼女にプロポーズをすることを決め、デート当日いつもの様に香水をつけようとしたとき、唐突に彼女に対する罪悪感に襲われた。

このまま香水の力を使って彼女を騙し続けて、自分は幸せだが彼女は本当に幸せなのだろうか。彼女の時間をこのまま奪ってしまっていいのだろうか。

もちろん男は彼女の事を愛している。だから幸せになってもらいたい。男はプロポーズと同時に香水の事も話す事に決めて家を出た。

 

 デートの帰り道、男は寄りたい場所があると言って近くにある有名な告白スポットのある広場へ向かった。広場に付くと辺り一面がイルミネーションになっており、地面を光の海のように照らしている。男はイルミネーションが一番きれいな場所へ向かうと彼女に指輪を差し出しながら


「僕は君と結婚したい。でもその前に少し話を聞いて欲しい」


と言った。

 

男が香水の事を話終わると彼女はきょとんとした後、男の手を握った。


「その香水がなんなのか分からないけれど、あなたが初めて映画に誘われた時も告白された時もプレゼントをくれたときも喧嘩した時も手をつないでくれた時もあなたは私に向き合ってくれて嬉しかったし、あなたの事がどんどん好きになっていったわ。それは今も変わらないし、これからも変わらない。これからもずっと一緒よ」


そう言って彼女は指を指しだした。

 

 男は泣きながら彼女に指輪をはめるとそのまま手を両手で包むように強く握った。彼女はその手を握り返しながらクスリと笑った。


「それにね、あなたはそれを魔法の香水って言うけどその香水、デパートでよく売られている一般的なものよ」


「え?」


男の間の抜けた声が広場に響き渡った。

 

 恋を叶える不思議な香水、それはつけた人に勇気を与える魔法の香水。




すいません、少しだけ宣伝です。

YouTubeの方で噂シリーズを動画化したものを投稿しています。ぜひ見てください。

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