第22話 大倉庫

「あ、トウドウ殿!こっちです」


 アイナは待ち人を見つけるとそう呼んだ。


 ジェリスヒルの囚人街の北端、高い壁に囲まれる中で四方につくられた門のうちの一つ『倉庫門』が今日の集合場所だった。その名の通りこの門の先に設置されているのは都市名物の大倉庫。刑軍のサルベージ遠征で回収された物品を保管しておく場所だ。その先には大規模な鍛冶ギルドが続く。


「しかし結構自由に出歩けるのだな」


 この日の護衛はヴェルネリだけのようで、3人で行動するつもりらしかった。ついでに言うと手を片方失ったエリオなどは高名な医者の所に治療に出され都市には居ないらしい。


「門から外は制限があるがな。それにデカい通り以外はそれぞれのナワバリがある。どこでも安全にウロウロ出来るわけじゃない」


 各方面に設置された門を越えた先を囚人が訪れるには自分の管理者となっている者が同行か、目的別に発行された許可証が必要だった。当然ヨカゼ・トウドウが外に出るため必要な管理者は女騎士アイナ・コーエンだ。


「囚人同士で内部抗争でもしているのか」


「そうならないように群れて棲み分けてるって感じだな。刑軍に関しちゃ帯剣してるし騎士の傘下にあるからまた一線を画してるが。まあそれなりに複雑な秩序がある」


「それはこちらも気を付けねばならんな。主だった関係をあとで教えてくれ」


「了解だ。あと呼び名はヨカゼにしてくれ、殿もいらない。下々の世界じゃ苗字があるって知られるだけで不興を買うこともある。ただでさえここは囚人街だ」


「ふむ。それは一理ありますなアイナ嬢」


「じ、じゃあ……ヨカゼさん!き、今日は大倉庫で『値踏みローブ』殿と面談がありますので、供をお願いします」


「そんなに緊張するな。取って食ったりはしない」


「左様。貴女が従える側なのですぞ。だがヨカゼ、私からもよろしく頼むぞ。お主は手練れだし機転も利くように思うのでな。先日の遠征の経緯を考えると、危なっかしくはあるが刑軍の持つ技は侮れん」


 誉め言葉に対して体は警戒しっぱなしじゃないか。まあ護衛なら当然の佇まいではあるが。と腰に差した剣に手を添えているヴェルネリに内心指摘しがらヨカゼは頭を掻いた。


 あくまで俺は囚人。俺は罪人。信用するのには時間がかかる。


「了解。だがさっさと済ませよう。何でも見透かしているようであいつは苦手だ。」


**


「何て大きさ……」


 アイナが番兵の守る倉庫門をくぐると、すぐに一つの出城かと思うような巨大な建物が現れた。


 屋根までは4階建てほどもある高さだろうか。横幅は外海航行する船でも入ろうかという長さで、奥行きは見に行く気にもならない。デカいに決まっている。


 倉庫の扉は開け放たれているが壮観の一言。延々と並んでいる物品は軍用品だけではない、食器や衣服などの日用品から鉱物や魔物の皮やといった加工素材まで何でもござれの巨大な蚤の市だ。


 そしてその人だかり。この都市の最も栄えている場所はここだ、と直感する大入り状態。一般の市民にとっては此処こそが「ジェリスヒル」なのだろう。


「アイナ嬢、どうやらあれですな。一目でわかる」


 女性物の洋服の保管場所に一時目を奪われている間にヴェルネリが見つけた。人だかりの中で宙を飛び、その行く先は皆が自然と道を空ける存在。


「あれが『値踏みローブ』。この都市の中核を担う魔法生物」アイナは呟いた。


 黒を基調にして裏地は緑の古めかしいローブ。誰にも着られていないが浮いている。もちろん頭もどこにも無いがそのフードは首を回したようにきょろりと広がる回収品を眺め、ひらり漂って武具の保管場所にたどり着く。そして空っぽの袖口でペタペタと鎧を触りその品質を確かめている。


 刑軍がサルベージした物品は『値踏みローブ』が鑑定し、それをどう扱うか決定する。修繕して軍に回すか、持ち主を探し返すか、悪ければ廃棄・封印されてしまうか。


 ただ一つ、皆が絶対的に信用しているのは彼の鑑定眼。時には領主にさえ反論し、その類まれな知識といかなる圧力もはねのけ公正な鑑定額を決めるその矜持を都市中が認めている。都市での地位に関しても明示的な冠は無いが事実上大臣級の立場だ。


 アイナは彼のことを話として聞いてはいたが、実際にその生物感のないただの着物が自律して活動しているのに面を食らう。


「ふわふわ浮いて……いろいろ触ってますね……」


「この都市は珍しいことばかりですな」


「面談だろ?遠巻きに見てる必要はないぞ」


 ヨカゼに急かされ3人は大倉庫に踏み入れた。


 ヴェルネリが先頭に立ち人ごみを分けてずいずい進むと豪勢な商人からは干しオレンジのような甘さの香料が浮流し、そこの木馬からは腐蝕を防ぐつんとした塗装の臭いがする。


 顔を通行人に少し押し潰されながらもアイナも戦士の背中についていくと、値踏みローブの取り巻きの役人が一人先にこちらに気づいた。その者と目が合ったので「あの~」と自信なさげに声をかけると同時にローブのフードが振り返る。


「ん?おお、これは。騎士アイナ・コーエン。待っておったぞ」


 値踏みローブが漂ってくる。こちらに向かって人波が割れて空間が確保されていく。彼はこちらに正対するものかと思ったが、寄ってくるとまずは3人を中心にくるくると回り、何やらこちらが展示品かのように観察しながら話す。もしかしたら私達を「値踏み」しているのかとアイナは直立不動で訝る。


「先日は良いお働きだった。初任務、それもたった1日で総額1000万ゴールドものサルベージを成功させるとは。特にテスタメントがあったのは良かった。剣自体の質はともかく炎はいい。120万の値を付けたぞ」


「こ、光栄です。ですが、発見したのは私ではありませんし死者も出しました」


「ふむ、では強くならねばな。兵の補充も。生き残ったうち、斧使いのビリー『バルバロッサ・ジャッカル』は昨日の鑑定で懲役金が0になりさっさと囚人街を出て行ってしまった。儂がちゃんと値を付けるかずっと睨んでおったよ。つまり、今は其方が擁する刑軍はそこのストーム・スワローのみ」フードがふわりとヨカゼを向く。


 ビリーは個別に許可証を取り、ここで1人分の鑑定を申請して早急に解放された。そう知ったヨカゼは「盗賊はせっかちだな」とこぼしながら値踏みロ―ブが袖口でカタナや腕を触ろうとするのを優しく押しのける。


「仕えている戦士もおります」指摘したヴェルネリはそこまで図々しくはなれず肩や背を確かめるようにローブにべたべた触られた。


「そうじゃな。お主なかなか値が張りそうじゃのう。ちと戦いに寄り過ぎているように見えるがな。これ!また猫が紛れ込んで居る。つまみだせ!」


 鉱石を並べた机の下で猫がそろそろと歩いているのをあざとく見つける。若手の役人であろう一人が慌てて走り出した。猫は嫌いのようだ。


「では知恵のある者が足りぬと?」


「ここは賑わいのある豊かな都市じゃが、実は一筋縄ではいかん。儂でさえもな」


 今度は両の袖が腕を組み、その場で横に自転する。魔法生物は「問題はいつでもどこでも」と軽やかなダンスを披露するように愚痴った。

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