第5話 はじめての売上は?


【前回のあらすじ】

 エイゾウのもらった〝チート″は、尋常ではない業物を作る力だったことが判明した。

 さすがに危なっかしいので、そこそこの力で作った商品を、そこそこに売って暮らしていくことに。

 そして、街の検閲を抜け、ついに自由市で初出店したのだが……。




 そして二時間ほどが何事もなく過ぎた。

 悪いことが起きないのは良いことなのだが、物も売れない。

 近くを通る人に声をかけたりしても、なかなか売れてくれない。


 思い切って、近くの商人から藁束(荷物の緩衝材に使っていた)を分けてもらい、それを切って切れ味を示す、まぁ要するに実演販売などもしてはみたのだが、特にくれと言われることがない。

 いかに性能が良かろうとも、こういった製品は耐久性が高いし、使い慣れたものが一番という感覚もあるので、そうそう買い換えるものでもないのは確かだが……。


 とは言っても、他に作って気軽に売れそうなものはない。

 根気よく通って売れるのを待つしかないかも知れないが、そうなると手持ちの金がドンドンと心もとなくなっていくな……。


 そうしてジリジリとした気分で俺の顔は徐々に険しくなり、サーミャをちょっとオロオロさせ、客足を遠ざけてしまいながら客を待っていると、数少ない知った顔が現れた。


 俺たちが街に入る時にチェックをした衛兵だ。


「やあ、売れてるかい?」


「いや、全然ですね」


「あれ、そうなのかい?」


「ええ。面白いくらい売れないです」


「じゃ、ちょうど良かった。ナイフを一本売ってくれないか?」


「え?」


「君たちをチェックした時に、こりゃ業物だなぁと思ってさ。今使ってるのがもう研ぎにも直しにも出せないから、新しいのが欲しいと思ってたんだ。この時間までに全部売れちゃってたら、がっかりしてたところだよ」


「それはどうも。ありがたい話です」


 そう言いながら、俺は並べてあるナイフのうちの一本を渡す。


「どうぞ、抜いてみてもいいですよ」


「お、いいのかい?」


 ウキウキとナイフを抜いてみせる衛兵。


「やっぱりいいな、これ。いくらだい?」


「銀貨で五枚になります」


 この値段はここに来る前に、サーミャと相談して決めた。街の人間でもナイフ程度に出してみようかなと思えるのが、ギリギリこの辺らしい。


「そんな安くていいのかい?」


「もちろんですとも」


 並べてるやつは俺とサーミャが持ってるのとは違って数打ちだし、だいぶ手を抜いてるやつだしな……。


「それじゃ、これ」


「はい、確かに。ありがとうございます」


 俺は衛兵から銀貨五枚を受け取った。これは俺が初めて自分で作ったもので直接手に入れた金、ということになる。結構感動するな、これ。


「これの切れ味が良かったら、同じ衛兵隊の連中にも勧めとくよ」


「いいんですか? ありがとうございます! 切れ味は保証しますよ!」


 衛兵のありがたい申し出に、俺は思わず満面の笑みを浮かべながら言った。


 衛兵はひらひらと手を振って去っていく。記念すべき最初のお客さんの姿を、俺はずっと見送る。

 結局、この日はこの一本だけが、俺の売り上げということになった。

 これであの衛兵さんが隊の人に勧めてくれて、次に続くといいな。

 そんなことを話しながら、俺とサーミャは家路についた。



       (中略)



 翌日、前と同じルートで街へ出た。今回も何事もなく到着することができた。

 思っていたよりは遥かに安全なのはいいが、完全に一日仕事になるのがちょっと困ると言えば困る。

 馬とか、何かそれに類する動物を導入して、時間短縮を考えた方がいいのだろうか。


 前の世界の有名なゲームで、乗れるでっかい鳥が出てきたが、この世界にもああいう生き物がいるなら是非とも見てみたいし、買える(あるいは飼える)ものならそうしてみたい。せっかく地球とは違う世界にいるのだし。


 街の入り口で前と違う衛兵のチェックを受けて街に入り、自由市で店を出す。

 このあたりの流れは一昨日と全く同じだ。

 違うのは今回扱う商品がナイフのみ、ということである。

 あとは品数が減っているので、今回は最初から試し切りした麦藁の束を置いておいた。

 ナイフ自体は一番手の入ってないものだが、それでも並のナイフよりはだいぶ切れ味がいいことがすぐ分かる。

 客もやりたがるだろうと思って、切ってない麦藁も用意してある。


 さあ、今日は前よりも売ってやるぞ。





 果たして、試し切り展示の効果なのか、昼過ぎ頃までには二本、行商人風の男に売れていった。

 この時点で前回超えだ。心の中でガッツポーズをする。


「エイゾウ、今めっちゃ喜んでるだろ」


 サーミャがニヤニヤ笑ってそう指摘してくるが、それも気にならないくらい嬉しい。


「そりゃあ前より売れてるからな。この調子だともうちょっと売れるぞ」


 彼女は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに、


「ああ、そうだといいな」


 と朗らかな笑みで返してくるのだった。


 しかし、そんな願いも空しく、そこからは全く売れなかった。

 途中でサーミャを一回お使いに出して、売上金の一部で塩漬け肉と麦と豆を買ってきてもらったのだが、彼女が行って帰ってくるまでのそこそこの時間、俺はまた大層暇な時間を過ごしたのだ。


「今日はもうこんなもんで終わりかねぇ」


 俺がボヤく。


「まぁ、前のときより売れてるんだし、いいんじゃねぇの」


 そう返すサーミャ。


「まぁ、そうなんだけどさ」


 俺はいまいち納得がいかずに口をとがらせる。サーミャはやれやれと首を横に振っていた。


 そうしてしばらく時間が過ぎていってしまい、少し早めだが今日は店じまいするかと思った頃、大きな変化があった。


 ガチャガチャと音を立てて鎧を着込んだ男が五人ほど現れたのだ。

 手に武器は持ってないが、着ている鎧のサーコートにあるのはこの街の紋章――つまり、街の衛兵隊だ。その一団がまっすぐこちらに向かってくる。

 サーミャが自分のナイフに手をかける気配がする。斜め後ろでよくわからないが、俺に何かありそうなら、自分の怪我がも顧みずに大立ち回りを演じてみせるだろう。


 衛兵隊に目をつけられるようなことをした覚えは全くないし、なるべくなら誰かが怪我をするような事態にはなって欲しくない。


 その俺の心配を他所に、その一団の先頭の男が言ったのは、


「お前のところか? マリウスにあのナイフを売ったのは」


 であった。

 マリウスという名前に心当たりはないが、ナイフを売った人間には心当たりがある。


「はぁ、お名前は存じ上げませんが、あの若い衛兵さんでしょうか? ちょっと優男な感じの」


「そう! そいつだよ! やっぱり、ここであってた。まだ売り物のナイフはあるか?」


「ええ、ありますよ。あれからまた作りましたし、今日もそんなに売れてないので」


 実に悲しいが、売れていないのは事実だ。あまりにも悲しみが大きかったのか、サーミャが小さくため息をつくのが聞こえた。


 すると男はグワッとその乱ぐい歯を見せて笑いながら言う。


「よしよし、じゃあ今ある分全部くれ」


「えっ? 全部ですか?」


 言われた言葉がいまいち理解できず、俺が困惑していると、男はなおも笑いながら続ける。


「そう、全部だよ。昨日と一昨日の二日間、あいつが新品のナイフを見せびらかしてきやがって、見てりゃ切れ味も一級品じゃないか。しかも高くない。俺たちもああいうのが欲しかったとこなんだ。売ってくれよ」


「いや、そりゃ売るのは構いませんけど……」


「なんか問題あるのか?」


「いえいえ、ある分でいいんですね」


 俺が心配したのは、いくら私物でも衛兵隊全員に出回るほど売ってしまうと、壁内の鍛冶屋、つまるところは領主とそのお抱えの鍛冶屋に目をつけられやしないかということだが、とりあえず今ある分は売ってしまおうと考え直した。

 流れの鍛冶屋が一〇本弱、私物のナイフを衛兵隊に売った程度で目くじらをたてられることはあるまい。


「えーと、今残りは八本です。なので全部で銀貨四〇枚ですね」


「ほいよ、これで四〇枚。数えてくれ」


「はい。一、二、三……三九、四〇。はい、確かにいただきました。ではこちらをどうぞ」


「おっ、抜いてもいいか?」


「どうぞどうぞ」


 鞘からナイフを抜く男。マリウス氏より、抜き方が更に手慣れている。もしかしたら、衛兵の中でも偉い立場の人間かも知れない。


「そちらの方もどうぞ」


 他にいた衛兵の人たちにもナイフを手渡した。みんなそれぞれナイフを抜いて、ためつすがめつしている。しまった、この人数だとちょっと異様だな。


「やっぱり良いものだな、これ」


「ありがとうございます」


 俺が勧めて試し切りをした男に褒められたので慇懃に返すと、男たちは満足した様子で去っていった。


 さっきの様子が異様だったのと、そもそも衛兵の鎧を着た男たちがゾロゾロやってきて、あたりの様子が随分と物々しくなってしまったので、付近の人たちに詫びておく。


「どうもお騒がせしてすみませんでした」


「いやいや、ちょっとびっくりしたけど、物が売れるってのは良いことだよ」


 俺のスペースのすぐそばで、織物を売っていた恰幅のいい商人にそう言ってもらえたので、俺はほっと胸をなでおろし、今日の営業を終了したのだった。

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