第三章 伏魔の城は清く

1話 静謐の町

 男はひとり、白蛇の城下に立っていた。


「桜花の桜を見ずして生を語るな。白蛇の雪を見ずして死を語るな」

 いつ誰が言ったものか、そう評す言葉がある。


 夜のうちに降った雪はすでにやみ、町はただ白銀に包まれている。白蛇の雪は静謐で、澄んだ空気は、身を切るような寒さで彼を取り巻く。穢れなく、拒絶がそこにあるようだった。


 この静けさが好きだ。

 誰もいない薄明のうちに、真っ直ぐな城壁に包まれた町を歩く。白蛇の町にある家々は白壁で揃えられていて、音も自分も、ほの白い雪明かりに吸い込まれるようだ。

 人の住まう気配はそこにあるのに、雪に閉じ込められて、自分はひとりきりだ。

 歩いてきた足跡を残して、ただ、一人きりだ。

 華やかで優しい、思いのこめられた桜花の桜とは違う、ここにあるのは静謐な死。ただただ静かな死だ。

 幼い頃は、それがひどく恐ろしかった。


 立ちつくす男の後ろから、雪を踏み鳴らして歩く音がする。

「また一人で抜けだしたのか」

 かけられた声に振り返れば、銀夜が新たな足跡を刻みながらこちらに向かってくる。雪明かりに浮き上がるようだ。

「置いていくなって言っているのに。殺されたければそれでいいけど」

 傍らに立ち、不服そうに白い息を吐いた。男は、昔馴染みの言葉にちいさく笑う。

「今は殺されるわけにはいかないな」

 息を吸い込めば、雪の匂いと、冷えた空気が身の内に満ちていく。体の隅々にまで、緊張がいきわたる。ここには甘さはない。

「神宮の護衛をするなんて、また無茶を言いだすし」

 銀夜の言葉に苦笑する。不平はまだ終わっていなかったらしい。

「他に手がないんだから、仕方ないだろう。できれば、二度と会うつもりはなかったんだが」

 細く長く息を吐く。

「俺が近くにいれば、少しは牽制になるだろう。逆効果になるかもしれないが」


 彼らのはかりごとには、あきらかに手が足りない。それはずっと昔から分かっていたことだ。昔からたった二人で、こうして、寂寞せきばくの地に立ち続けた。

 だが、いずれ迎える結末は、どうなるのだろう。神宮の姫が向ける目は、どう変わるものか。


 そびえたつ白蛇の城を見遣る。雪化粧の城は、曇天の元、浮かび上がるようだった。

 ――考えても仕方のないことだ。

 男は一人、自嘲の笑みをもらした。


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