第28話

 そのときジョージは、10センチ開けられたガラス戸の隙間から出て、テラスの隅に置いてある植木鉢の陰で小さくなっていた。どうしたらいいのか身の振り方を思案していたとき、ガラス戸が大きく開けられて金太が姿を見せた。ジョージは胸を撫で下ろしたものの、躰がちぢこんで動かすことができなかった。

 金太はジョージを見つけると、そっと手のひらで包み込むようにしながら、リビングに戻るのではなく、玄関のほうに回って、玄関から2階に上がった。

 ジョージを部屋に隠した金太は、なに喰わぬ顔でリビングに戻ると、

「いまずっと調べてきたけど、なにもいなかった。気のせいだったんじゃないの?」

 冷蔵庫のコーラを取り出しながら金太はいった。

「そんなことない、わたし目はいいから、絶対になんかいた」

 増美は、ミルクが沁み込んだフキンを流しで洗いながら金太を見る。その顔にはなにかに怯えたような悲愴感が滲んでいた。

「だって、オレ、部屋のなかを全部見て、窓の外まで調べたんだから」

 金太はなんとかして見間違いだったと思って欲しかった。これ以上姉に騒がれると、家中が大騒動になりかねないからだ。

 金太が自信を持っていったのが幸いしたのか、その後増美はなにもいわなくなった。

 夕飯は、母親が作り置きしておいたカレーを温め直し、炊飯ジャーで保温してあるご飯にかけてのカレーライス、それに冷蔵庫にある野菜サラダだった。

 金太は6時過ぎ頃からずっとリビングで国語の教科書を読んでいた。それには理由があって、下手に部屋で勉強してたりすると、突然ご飯の用意ができたといって部屋に入って来る可能性がある。それを防ぐために鍵をかけた日には、また余計な詮索をされかねない。そんなことがないように、先手を打ったのだ。

 1時間ほどして夕食の準備ができた。カレーラース、野菜サラダのほかに、増美の拵えたゆで卵が鮮やかな黄色で食卓を飾っていた。

 ふたりは向かい合っていつものように無言でスプーンを使う。スプーンの皿にあたるカツカツという音がなぜか淋しく部屋に響いた。


 金太は食事がすむと、後片づけを姉に任せ、「ごちそうさま」といい残して2階に上がった。もちろん金太の手にはちぎったレタスと、ゆで卵のかけらが隠されていた。

「さあ、晩飯だ。きょうはこんなもんしか持って来られなかった」

 金太は、ジョージが日本語がわからなくても自分の気持を伝えたかった。

 ジョージの食事風景を横で見ながら、金太は腕を組んで考え事をはじめた。

(このままでは、見つかるのは時間の問題だ。一刻も早くデーモンと相談して手を打たなければならない)

 金太は勉強机に向かうと、パソコンを立上げ、さらにメールソフトを開いた。

  《 金太です

    デーモン、ちょっと相談があります。

    あした午後に秘密基地に来て下さい。 》

 内容は一方的だった。それくらい金太は切羽詰まっていたのだ。

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