第13話

「そうです。ぼく魚釣りが好きなので、デー、いや涼介くんを誘ったんです。いまその帰りなんですけど、ちょっとお爺ちゃんに会いたくなって……」

 金太がいったのは嘘じゃなかった。あれほど嫌いだった学校や勉強を好きにさせてくれたのはほかでもない河合のお爺ちゃんだった。それがあって、机に向かったり教科書を開いたりするとき、いつもお爺ちゃんの顔が浮かんで来たりするのだ。お礼がいいたかったこともあるが、あの目を細めて話しかけてくれる顔が見たかった。

「あら、ごめんなさい。きょうお爺さまはお友だちに会うとかで、お昼からお出かけになられました。奥さまもお買い物で外出されてます」

「そうなんですか」

 金太は、期待が外れてちょっと残念そうな表情になった。

「でも、ごゆっくりどうぞ」

 君江さんは丁寧に頭を下げると、リビングを出て行った。

「これやってみないか?」

 デーモンは少し大きめの箱を金太の前に差し出しながらいった。

「なに、これ」金太は箱の蓋を覗き込んだあと、「うわァ、ヤッベ、これっていま流行ってるドローンじゃん。どうしたの?」

「うん、誕生日にパパからのプレゼント。それより、庭に出て操縦してみないか」

「いいけど、オレやったことないけど……」

 金太は以前からドローンの操縦に憧れていた。だが、当時高価なこともあったが、世間的に印象がよくなかった。さらには、ガラケーより先に遊び道具を買って欲しいとはいえなかった。それがいま目の前にあるのだ。

「大丈夫だよ、ぜんぜん難しくないから」

 デーモンは箱から本体を取り出すと、ビーサンを引っ掛けて庭に出て行った。

「どうやってやる?」

 金太は電源の入れ方から教わることになった。こわごわコントロールレバーに触れる。機体がわずかに浮上する。調子に乗ってレバーを操る。はじめての操縦はやはり簡単ではなかった。2度3度と地面に激突する。だがアスファルトではなく柔らかな土だったのでそれほど心配はしなかった。

「ちょっと貸して」

 デーモンがリモコンを受け取ると、巧みな操作で機体を上下左右に操る。まるで鳥のように庭の木々を掠めて飛んだ。

 金太はデーモンのようになりたくて何度も何度もトライを続けた。




 ドローンに飽きてふたたび家のなかに戻ったとたん、甲高い声がリビングに響いた。

「あーァ、ジュース飲んでる、いいなあ」

 その声の主は、涼介の3つ下の妹、優芽ゆめだった。目がくるりとして、左右にお団子を載せたヘヤースタイルがよく似合っている女の子だ。

「飲みたかったら君江さんにいったらいい」

 デーモンは、妹に見せつけるようにしてオレンジジュースを飲んだ。

「なあ、この子デーモンの妹?」

「うん。優芽っていうんだ。小学校6年生」

「ねえ、お兄ちゃん、この人お兄ちゃんの友だち? いまこの人、お兄ちゃんのことデーモンとかいった。名前知らないのに友だちなの?」

 優芽は金太と初対面にもかかわらず、ずけずけと遠慮がない。

「違うんだよ。この人は金太っていってお兄ちゃんの学校の友だちで、ぼくたちはニックネームで呼び合ってるんだ。そいで、お兄ちゃんはみんなにデーモンっていわれてる。この金太くんは、ぼくたちのお爺ちゃんとも仲がいいんだ」

 デーモンは妹を可愛がっているらしく、ちゃんとわかるように説明をした。

「えッ、優芽のお爺ちゃんと?」

「そうだよ。ぼくたちがニューヨークにいるときの話だよ」

「金太っていいます。よろしくね」

 金太は、知らない女の子と話すのが久しかったので、少し照れ臭そうだった。

「わたし、優芽っていうの。小学校6年生です」

 優芽は、きちんと挨拶をしたあと、くるりと踵を返して小走りでキッチンのほうに向かった。

 その後優芽はリビングに戻ってくることはなかった。


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