第6話

 ドナネは苛立っていた。

 一族の悲願であった、ウェストミース公爵家に番いを出すことができたのに、思うように事が運ばないのだ。


「ドナネ、無理をしては駄目だ。

 タイガ様の番いとは言っても、ボルガ様に嫌われたら、秘かに殺されて、何もかも駄目になってしまう」


「分かっています、お父さん。

 今迄の失敗は耳がタコになるくらい聞かされています」


 虎の威を借りる狐ではないが、赤狐獣人族は青虎獣人族に媚び諂って、厳しい闘争の歴史を生き延びてきた。

 その長い歴史の中で、公爵本家ではないが、兵士階級だけではなく、騎士や分家筋に赤狐獣人族から番いを出すことはあったのだ。


 だが、ウェストミース公爵家の歴代当主は、番いが出たことで赤狐獣人族を優遇するほど甘くはなかったのだ。


 ウェストミース公爵家の代々当主は、青虎獣人族の不利になるようなら、番いなった赤狐獣人と青虎獣人を人知れず処分してきたのだ。


 今回は奇跡的に、ウェストミース公爵家の跡取りとハリファックス子爵家令嬢が番いとなった。

 絶対に失敗する訳にはいかないのだ。


 現当主のボルガは決して甘い獣人ではない。

 歴代当主の中でも特に野心と猛々しさを持った青虎獣人だ。

 そんなボルガでも、跡取りの願いには逆らい難く、クラリスとの婚約を破棄しクレア伯爵家と絶縁してくれた。


 狡猾な特性を持つ赤狐獣人族の中でも特に謀略に長けた者が集まり、クラリスとの婚約を穏当に解消しながら、ウェストミース公爵家の突出した武力でクレア伯爵家を威圧し、引き続き経済的支援を出させようと画策していたのだ。


 だが、タイガの勇み足と、ゼノビアというトリエステ王国からの留学生の介入で、想定外の騒動になっていまっていた。


「ゼノビアは恐らくトリエステ王国の王族縁の者か、高位貴族の庶子だろう。

 表立って襲うのはリスクが高い。

 だがそれでも、排除しなければならん」


「お父さん。

 ゼノビアの事は、タイガが目の敵にしているので、私達が手を出す必要はないわ。

 むしろ問題はクラリスよ。

 クラリスが目障りなのよ!」


 番いの呪いなのか、タイガがもう歯牙にもかけていないクラリスなのに、タイガの婚約者であったと言うだけで、クラリスの事が憎く妬ましく、どうしても殺してしまいたくなるのだ。


「駄目だぞ、ドナネ。

 ウェストミース公爵家に謀叛を起こさせ、獣人族の国を建国するには、クレア伯爵家の財力がどうしても必要なのだ。

 もうこれ以上、クラリスに手を出す事は許さんぞ。

 クラリスには我が家の総力をあげて、伯爵以上の獣人族正室を世話するのだ!」


 ハリファックス子爵家当主のジョセフは、タイガを抑えられなかったドナネの事を内心怒っていたが、その怒りを抑えて念を押した。

 ジョセフは自分の娘に騙されているのだ。

 本当は番いの呪いでクラリスが憎くて仕方がないドナネが、タイガを唆して公衆の面前で婚約破棄を言い放つという暴挙をさせたのだ。

 

 本来の赤狐獣人族の計画は、クレア伯爵家には内々に番いの事を伝え、伯爵以上の獣人貴族家の婚約者を見つけてから、クレア伯爵家からウェストミース公爵家に婚約の解消を申し入れ、その後にタイガとドナネの婚約とクラリスと見つけてきた公子との婚約を公表する心算だったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る