14話:尋問という名の交渉

「ナナ!」


 僕はユーリ達が避難した車両に入ると、そこには見慣れないダイバー達と満身創痍のナナがいた。

 見れば、ユーリがナナへ応急手当をしていた。ショウジはその隣に寝かされているが、まだ意識を取りもどしてないようだ。


 その周りで、どうすればいいか分からずおそらく新人であろうダイバーがうろたえている。


「アヤトさん、カドラーは?」


 ユーリが僕に気付き、手を止めずにそう聞いてきた。


「負けたけど、なぜか助かったよ。今は安全だ」

「良かった……ですが、ナナさんの容態は良くありません」

「だな。意識はないのか」

「はい……おそらく血を流し過ぎたのかと」


 ナナは真っ青な顔をして、腹には血が滲んでいる。


「すみません……僕達どうしたらいいか分からず……」

「……仕方ないが、応急手当ぐらいは覚えておけよ。それが生死を分ける事もある」


 僕は新人達にそう言いつつ、ナナの脈を測る。少し弱まっているがまだ大丈夫そうだ。


「しかし、ここから地上までは遠いな……」

「……致し方ありませんね。アヤトさん、代わってください。私が救助を呼びます」

「は? 救助?」

「ここであれば……すぐに来てくれるかと……ただし、アヤトさん含め【アルビオン】のメンバーは管理局で事情を聞かれると思いますが……どうしますか?」


 ユーリが判断をこちらに委ねてきた。ダイバー達が管理局に連れて行かれるのを嫌うのを知っているからだろう。

 だが僕も、もちろん【アルビオン】も、何も間違った事はしていない。事情を聞かれる程度なら構わないだろう。


 まあ問題はグリンと僕の固有武装についてだが……ここはユーリを信じるしかない。


 ショウジもナナもこのままここで手をこまねいていれば死が近付く。今は、人命優先だろう。


「構わない。それよりも一刻も早くナナ達を地上に運ぶ方が先だ。深層のアツシ達はその後でも間に合うと思う」

「――分かりました。では、救助を呼んできます」

「頼む」


 ユーリが車両の外へと出た。割れた窓越しに見ていると、ユーリは持っていた銃を空に向けて発砲。赤い煙の尾を引きながら銃弾はまっすぐに空へと向かっていった。


 おそらくあれは執行騎士同士で分かるなにかの合図なのだろう。


 そうしてしばらくすると、辺りに轟音が鳴り響いた。


「なんだ!?」


 僕が外に飛び出すと、目の前で――巨大な輸送機が着陸していた。


 上部に回転翼が二つ付いており、その機体のサイドには、ASCALONとペイントしてあった。


「嘘だろ……まだ動く奴があったのか?」

「……燃料が貴重なので滅多に使いませんし、空から侵入できるここにしか着陸出来ませんが……」


 機体のサイドが開き、執行騎士や、救助隊員らしき姿の男達が降りてきた。


「怪我人はこちらです! 他に怪我人が深層にいますが、そちらは後回しで結構です」


 ユーリが、テキパキと隊員達に指示を出していく。


 こうして、半壊した【アルビオン】と僕はアスカロンによってダンジョンから救助されたのだった。



☆☆☆



「――なるほどね。まあ大体の事は理解したんだけど……困るなあ……そのについて、ちゃんと話してくれないと」

「だから言っているじゃないですか、アキヒトさん。【アルビオン】の皆の救出および解放が条件だって。アツシ達、まだ深層にいるんでしょ?」


 ウメダ天空街。

 管理局内、尋問室。


 僕は、一人の中年男性――羅正らしょうアキヒトから尋問を受けていた。ユーリの上司っぽい感じだが、これが中々に喰えない男だ。短い黒髪にがっしりとした体型、重心の運び方や歩き方を見るに相当な手練れなのが分かる。柄だけ腰に差しているところを見ると、光剣タイプの固有武装持ちだろう。


「んーそれがさあ……んだよねえ。アヤト君が言う場所を探しても、その小屋もドワーフも一切見付からない。そもそもドワーフ自体も目撃証言があるだけで、実在については正直疑わしかったからねえ。ユーリが一緒に居たから一応信じてはいるけど……探しても見付からないとなると……ねえ?」


 アキヒトさんがコーヒーに口を付け、煙草を取り出した。1本僕に差し出してきたので遠慮無くいただいておく。


「普通、こういうの断るんだけどね。君は面白い」

「そいつはどうも。火、貸してくれますか? なんせ煙草は下々の民には貴重でね、火は持ち合わせていないんです」

「執行騎士を前にその口を叩けるのは良いリーダーの証拠だ。なぜアルビオンを抜けた? 君がメンバーに追放されたって噂だが、俺は信じないね」


 アキヒトさんはそう言いながら僕がくわえた煙草に火を付けてくれた。師匠の真似をして吸い始めたのだが、いかんせん高すぎるので、ここ数年ほぼ吸っていない。


 紫煙が、尋問室の中で揺れる。


 アキヒトさんは見た目は厳ついし、顔も怖いが、それはフェイクでかなり理知的なタイプの人間だと僕は推測した。僕が暴力や処罰を振りかざす奴にほど反発するタイプだと見抜いているというのもあるかもしれないが。


「万年Fランクだったので、限界を感じて自ら抜けただけですよ」

「Fランクね……エンプーサのを倒しといてFランクとは悪い冗談だ」

「伝承体?」


 おっと知らない単語だぞ。伝承体? なんだそれ。


「おや、ユーリから聞いてないのか? よし、アヤト君、今の発言は忘れてくれ」

「そんな無茶な」

「ほだされて、全部喋ってると思ったが……ほんとにあいつはクソ真面目だな。よしあとで褒めてやろう」

「そこまで言ったら説明してください。なんですか伝承体って」


 僕の言葉に、少し間を置いてからアキヒトさんが喋りはじめた。


「伝承体ってのは、まあ読んで字の如く、伝承を体する者達を差す言葉だ。ダンジョンにはかつて世界で語り継がれた伝承や神話、おとぎ話、創作話から具現化した存在が潜んでいる。まあマモノなんかもそうだな」


 ゴブリンやインプ、グレンデルなども神話や民話に出てくる想像上の化け物らしい。だがダンジョンではそれらが実際に身体を持って存在している。


「その中でも伝承における強さや知名度なんかで、特別に高い知性や強さを持つ個体が現れるんだ。例えばエンプーサ。これは元々ギリシャ神話に出てくる化け物の名前だ。もちろんかつての地球には実在しないし、そもそもさして有名ではない。だが、こいつはアヤト君達を襲った。なぜ想像上の化け物にそんな事が出来たか。それはエンプーサという伝承、神話が異海の影響で具現化し、伝承体となってその存在をこの世界に確立できたからだ。なぜ、マイナーな存在であるエンプーサがそうなれたかは不明だが……」

「つまり、神話や民話上のやばい奴らが意志と肉体と高い知性を持ってダンジョンに存在している。そいつらを伝承体と呼称しているって事ですよね?」

「要約してくれてありがとう。まさにその通りなんだが、伝承体も正直存在は疑わしかったんだ。いるかもしれないと想定して、我々アスカロンはかつて地球上に存在した神話や伝承の復元にかなりの時間を費やしたんだ。いつかそれらが我々人類にとって脅威になるかもしれないと思ってね」


 ふむ。アスカロンと言えば、違反を犯したルインダイバーや遺産の違法所持をした者を狩る組織だとばかり思っていたが、どうも違うみたいだ。


「表向きはそうとも。違法な遺産、遺物が失われた伝承や神話に繋がる可能性があるし、違反を犯したルインダイバーは大抵。――君みたいにね」

「違反はしてないと思いますけど?」

「今のところは、ね。尋問室での喫煙は厳密に言えば違反なんだけどね。ま、俺はそんなつまらない手は使わないから安心して吸うと良いよ」


 急に煙草がまずく感じるよ!


「さて、問題はだ。君達が遭遇した――女神? だったか? と【抱擁する者カドラー】、こいつら二人については間違いなく伝承体だろうね。ただ、その元となる神話、伝承が今ひとつ分からない。女神に関してはヒントが少なすぎるしカドラーについては……逆にありすぎて絞りきれていない」

「グリンは……人の形をした竜だと」

「ああ。これは推測だけど、おそらくカドラーの真名は――だ」


 さって、また知らない言葉が出てきたが……腰の柄から微かな反応を感じた。グリンはどうも知っているようだ。


「ファフニール、ファフナー、抱擁する者、黄金を抱く者……色々と名前はあるが、古い言語の一つである古ノルド語の発音に近い、ファーヴニルとここでは呼称する。そいつが北欧神話に登場するこの竜の伝承体だと推測されるけど……なぜかその竜に関係深い他の伝承が入り交じっていて、正直困惑している」

「入り交じってる?」

「ああ。そこについては、推測に推測を重ねた物なので、まだ何とも言えない。ま、いずれにせよそいつを放置しておくわけにはいかないのだけど……正直我々の手に余る存在だと結論付ける他ない。既に宝物庫へと調査潜入させていた執行騎士が5人、灰も残さず消えた。その知名度、そして伝承内での強さ、何より竜という存在自体がその強さを強固にしている。ぶっちゃけて言うと打つ手なしだ。そもそもそのせいで、深層までの安全なルートが確立できていない」


 どうやらカドラー……いやファーヴニルは宝物庫に陣取って、あの深層へと行く道を阻んでいるようだ。


「なので、現状、君のお仲間を助けに行くのは非常に困難だと言わざるを得ない」

「では、条件は変えます。。その代わり、アツシ達の救助を手伝ってください。それと僕とグリンについては――黙認していただけると助かるのですが」


 ぶっちゃけファーヴニルを倒す算段は今のところないのだけど……名前とその存在が分かったのなら、何とかなるかもしれない。なんせ相手は竜だ。


 伝承を集めているアスカロンならばについてきっと何か知っている。


「くくく……良いねえ気に入った。なあ、アヤト君。君、執行騎士にならないか? 待遇も報酬も良い。バックアップも市井のダイバーとは比較にならないほど豊富だ」

「僕は、これまでもこれからもルインダイバーであり続けますよ。ですが、アキヒトさんが立場上僕をそうしないと動けないのであれば――一時的にという条件であれば、飲みます」

「お気遣い感謝だよ。ただそうなると、どう倒すか具体的に教えてもらう必要があるけど?」

「構いませんよ。ユーリから話は聞いていると思いますから」

「確かに。よしじゃあ、せっかくだ。ここで作戦をざっくり決めようじゃないか」


 こうして僕はアキヒトさんと、対ファーヴニルについて作戦を立て始めたのだった。


 そして僕は一時的とはいえ、執行騎士となった。


 次こそは、必ずファーヴニルを倒す為に。

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