6話:川の上


 スイタへの帰り道。

 グリンの存在がもっさんにバレてしまったので、僕は一部の事実は隠したまま、事情を説明した。


「なるほどなあ」

「あまり人目に触れさせたくなくてね。隠してて悪かったよ」

「いや、気にすんな。しかしグレムリンとはまた……俺はてっきり都市伝説だと思っていたし、機械屋としては……あまりお近づきになりたくない妖精だな」

「あたしは機械作ってくれる人は好きだよ?」

「そりゃあグリンはご馳走作ってくれる人は好きだろうけど、丹精込めて作ったもんを食われる側からしたらたまったもんじゃないだろ」


 僕がそう言うとグリンは少し拗ねたような声を出した。


「まあね……でもなんでもかんでも食べるわけじゃないもん……」

「ま、少なくとも、ジャンクション街では柄の中に隠れておいた方がいいな」

「あたしは気にしないんだけどなあ……」


 グリンがいれば目立って仕方がないし厄介事が増えるのは目に見えている。


「グリンにも驚いたが、グレムリンを従える喋るマモノか……上位種は人語を理解するって話は聞いた事あるが」


 もっさんはこの業界が長く、数々のルインダイバー達から色々の話を聞いているのだ。そういう噂話や都市伝説には詳しい。


「あれはおそらくAランクチームでようやく倒せるか倒せないかのレベルだ。僕一人では全く歯が立たなかった」

「グレンデルに続き、推定Aランクのマモノに未発見な大規模ダンジョンか……確かにヤバイ匂いがプンプンするな」

「流石の僕でも、管理局に報告せざるを得ない。あんまり関わり合いになりたくないけど……」

「じゃあ、ウメダ行くのか?」


 スイタの入口から、もっさんの店へと向かう。グリンは、言われる前に僕の【回帰に至る剣リグレス・ブレード】の柄の中へと隠れた。街は相変わらず雑多で、騒がしく、僕は嫌いではなかった。少なくとも、ダンジョン内にいる時の寂しさと比べたらずっとマシだ。


「そうするつもり」


 この辺りで一番近い管理局支部はウメダ天空街にある。

 そこは、この付近どころかこの島の中でも二番目に深いダンジョンであるウメダダンジョンが近いせいで、多くのルインダイバーとその関連業種の人々が集まっている街だ。


「そうか。寂しくなるな」


 もっさんが柄にもない事を言う。店につきシャッターを開けてくれたもっさんの後に続き、ジャンク屋に入っていく。もうこことしばらくお別れなのは、僕だって少し寂しい。


「もっさんもウメダに移住したらどうだ? こんな辺鄙なところじゃ扱えるコアも限られているだろ?」

「店の借金がもうすぐ返せる。そうしたらウメダに行くさ」


 もっさんは素早く持って帰ってきたゴブリンのコアを鑑定して、換金してくれた。


「あと、これは餞別だ」


 ぽいっと、もっさんが僕に投げて寄こしたのは、腰に巻くベルトが付いた長方形の箱だった。


「これは?」

「コアを使った警報器だよ。自分の周囲半径50mに新たなコア反応があったら音と振動で知らせてくれる。前から装着型の警報器は試作してたんだが、ようやく完成してな。音の出る出ないは調整できるから色々試してみてくれ」


 本来警報器は設置型のものがほとんどで、近付いてくるマモノのコアに反応して警報を出してくれるのだが、範囲が狭く一回作動すると、それ以降違うマモノが現れても作動してくれない。


 だが、どうやらこの装着型の警報器は一度作動しても新たな反応があればまた鳴ってくれる仕組みのようだ。

 ぶっちゃけていえば、ルインダイバーなら誰もが欲しがる一品だろう。なんせダンジョンにおいて、ルインダイバーの4割近くの死因を占めるのがマモノによる奇襲なのだ。これさえあればそれが防げる。


「待ってくれ、もっさん。これ、めちゃくちゃ貴重な奴じゃないのか?」

「他のコア職人が思い付いて作ってなけりゃ、世界にただ一つだな。いいんだ。俺はお前が有名なルインダイバーになるって踏んでるからな。先行投資だ」


 そう言って、もっさんはニカッと笑った。僕は深々と頭を下げてそれをありがたく受け取る事にした。当分はソロダイブに専念する予定なので、斥候を使えない僕には非常にありがたい装備だ。


「あ、こっちのが住み心地良さそう! ねえこっちに引っ越していい!?」


 目聡く警報装置を見付けたグリンがはしゃいでいる。


「こ、壊すんじゃねえぞグリン」


 もっさんが、それを見て慌ててそう言ったが、僕の返事を待たずにグリンは腰に装着したその警報器へと入っていった。


「分かってるって! ワオ! 結構広いし、綺麗な組み立て方……おっさん、顔の割には結構繊細な仕事するのね」

「お、おう……いいのかアヤト」

「まあ構わないよ。中身弄るなよ?」

「はいはーい!」

「だ、そうだ」

「ならいいんだ。今夜発つのか?」

「とりあえず肩の傷を見てもらってからだな。骨までいってないからすぐに治るだろうけど」


 僕は、ルインダイバー御用達のエイドキットに入れていた緊急治療パッドを貼り付けている肩をすくめてみせて。既に痛みも違和感もない。


「気を付けろよアヤト。ダンジョンに異変がある時、たいてい地上でもなんか起きやがる」

「もっさんもな。じゃあ、僕は行くよ」

「ああ。達者でな。またウメダで会おう」

「うん、ウメダで」

「おっさんバイバーイ!」


 こうして僕はもっさんと別れたのだった。

 その後治療院に行って、傷を見てもらった結果驚くべき事が分かった。


「傷……治ってますね。本当にここに怪我を?」

「はい……治療パッド貼った時は結構深い傷で血も出てたんですけど……」


 僕の肩は、傷跡一つなく完治していたのだ。


 治療士も首を捻っていたがとにかく、回復した以上は用はないので治療院を後にする。


「そういえば、背中を蹴られた時の痛みもすぐに消えたな……」


 考えられるとすれば、僕の肉体の回復速度が異常に早まっている事ぐらいだろう。エイドキットの緊急治療パッドはあくまで止血や感染予防にしか効果がなく、傷を癒やすなんて事は出来ない。


 ……単純に傷の治りが早い事は喜ぶべき事なのだろうが、何だか少し薄ら寒いものを僕は感じてしまった。


 僕は腰に差している、【回帰に至る剣リグレス・ブレード】へと視線を落とした。


「こいつを手にしてから、色々と起こり過ぎてるな……」


 力には代償が伴う……か。師匠が昔そんな事を言っていたのを僕はふと思い出した。


「身体の調子も良いし……もう行くか」


 宿に戻り、僕は身の回りの物を一つにまとめると、ウメダにある僕の部屋の住所を書いた専用の伝票を貼った。これで、宿の人がこれを後日この住所まで送ってくれる。


 僕はバックパックに肩の部分が破れたダイバースーツを着て、スイタの街を後にした。既に時刻は夕方に近付いている。


 今いるスイタから南に8kmほど高速を南下すると、モリグチジャンクション街がある。今日はそこまでとりあえず移動する予定だ。まあおそらく夜ぐらいには着く。


 そこで一泊して、明日は更に南東に高速を進み、ウメダ天上街へと一気に行く。少し急ぎめに行けば、明日の夜には辿り着くだろう。


「妙に身体が軽いな……どうなってるんだ?」


 僕はスイタを出ると、試しに走って移動してみる事にした。それなりに体力に自信はあるが……結構な速度を出しても息切れが起きない。


 端から見れば、あいつは何を急いでいるんだと思われるほどの速度でしばらく走ったが、足も肺も全く根を上げなかった。


 特に疲労は感じなかったが、念の為、僕は4km地点で一旦休憩を挟んだ。この時間に移動する人は流石に少なく、辺りには僕以外の影はない。高速の端には壁があるが所々崩れておりその隙間から見えるのは大きな川だ。


 どうやらここは橋の上で、下にはヨド川が流れているらしい。


「すっごい揺れたけど、ずっと走ってて大丈夫?」


 グリンが腰の警報器から出てくると、僕の右肩に座った。


「それが、全然平気なんだ。そういえば昨日も大して疲労を感じなかったな」

「んー【回帰に至る剣リグレス・ブレード】の力かもね……持ち主の傷や疲労を回復させるって謂れのある聖剣って結構あるし」

「再現してなくても、それは発揮されるのか……なんかそれだけでもかなり強いな……」

「あたしも正直まだよく理解してないからなんともだけど……」


 そうしてしばらくグリンと喋っていると――突如、腰の警報器が振動を発した。


 敵の奇襲を予測出来ても、音を出してこちらの居場所を知らせるのは愚策だと判断して振動だけの設定にしていたのだが……。


「……なぜ高速上で鳴る? まさか誤作動か?」


 僕は慌てて腰の柄を抜いて周囲を警戒するも、高速上には僕以外何もいない。

 あるとすれば少し先にある、下へと続いているであろう柱と階段だけだ。


「アヤト、その警報器の中身をあたし見てるけど……誤作動は絶対にないと思う。それぐらい、完璧に出来てた」

「だろうな。だったら僕は高速上にはマモノは現れない、という常識の方を疑うよ」


 そんな僕の言葉を証明するように、階段から少女の悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃああああああああ!! たぁぁぁすぅぅけぇぇぇてぇぇぇ」


 階段から転がり出るように現れたのは、一人の少女だった。


 肩辺りまで伸びた赤髪に上下黒ずくめの何やら制服らしき格好。下のスカートは絶妙に短く、中が見えそうになったので僕は全力で目を剃らした。グリンは既に警報器の中へと隠れている。


「誰か! 助け――そこのルインダイバー!! 助けてくださあああああい!!」


 泣きそうな声を上げながらその少女がこちらへと全速力で迫ってきていたので、僕はクラウ・ソラスを再現させて、その後ろに迫るマモノを見た。


 それは、全長は5mはあるムカデだった。

 節くれだった背中は機械に覆われており、多数の脚を器用に動かしてその少女を襲おうとしている。


「グリン、あれが何か分かるか?」

「なんかキモいってのは分かるけど、ムカデ?」

「それは見れば分かるよ!」


 少女がこちらへと向かってくる。既にあのムカデにはもう僕らの姿は捉えられているだろう。


「グリン、隠れていろ!」

「うん!」


 少女とすれ違うように僕はムカデへと走る。


「キシャアアア!!」


 ムカデが巨大な牙を広げ威嚇。僕は構わずリーチを伸ばしたクラウ・ソラスを振り払った。


「嘘だろ?」


 ムカデは器用に丸まって、その機械化されている背中で僕の光刃を受けると、それをいとも簡単に弾いた。


「あの背中は全てを弾きます! 私の徹甲弾すら弾きますから!」


 その声に僕は振り向くと、逃げたと思われた少女は高速の端にある壁際まで後退していた。その可憐な見た目に不釣り合いなゴツい拳銃型の固有武装を構えており、それをムカデへとぶっ放していた。しかしそれは確かに背中に弾かれる一方だ。


「参ったな……クラウ・ソラスを弾くとかどうなってんだよ」


 そういえば、あのコウモリ女のカマキリの腕みたいな鎌にも弾かれていたな。

 虫とは相性が悪いのか?


「シャアア!!」


 ムカデは丸まった状態から一気に身体を伸ばし、鞭のように尻尾をこちらへと振ってきた。


「避けろ!」

「言われなくても!」


 僕は迫る尻尾を高速の端にある壁を蹴って、三角飛びの要領で跳躍し回避。同じように飛んでいた少女と僕の下をムカデの尻尾が通り過ぎ、壁へと衝突。


 破砕音を響かせながら高速の壁はあっけなく崩壊。着地した僕は、流石にあれを食らったら死んでしまうなと思い、どう素早くあのムカデをどう攻略するか思考する。時間を掛ければ掛けるほどに食らうリスクは増える。


 背中は弾かれるので、それ以外を狙いたいが……地を這うような動きのムカデの腹を狙うのは難しい。遠距離攻撃が出来る銃で近付く前に倒せれば一番なのだが……。


「もう!! なんで淀川にが出るんですか!! 瀬田川はもっと上流じゃないですか!! そもそもここはじゃないです!」


 僕の隣に着地した少女が理不尽だああと叫んでいる。


 セタ川? カラハシ?


 何の事だろうか。何となく、この少女はムカデの正体を知ってそうな雰囲気である。


「あれが何か分かるのか?」

「はいぃぃ!? 見て分かるでしょ!! 退の奴に決まってるじゃないですか!」

「タワラトウタ?」


 僕らは悠長に会話しながらも、ムカデの突進を躱す。尻尾や牙は脅威だが、動き自体はそこまで速くない。


「ルインダイバーの癖に知らないのですか!? とにかくそのせいで、遠距離攻撃は無効化されます! 八幡大菩薩の信仰が無くなった今の時代では、倒す手立てがありません!」

「待ってくれ……何の話だよ!」

「ムカデの話です!!」

「分かってるよ!!」


 ええい、なんか微妙に会話が成立しねえなこの子!


「あたし分かった!!」


 グリンが腰の警報器から飛び出してきた。


「あ、こらグリン!」

「分かったよアヤト! あいつを斬る方法を!」

「いやいや、クラウ・ソラスは弾かれただろ」

「うん。だから、あいつをを再現すればいいんだよ!」


 そしてグリンが自信満々でこう続けたのだった。


「川の上、大百足、因果は逆転してるけど……は整った!!」

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