第6話 無限階段 その二
無限に続く階段。
上の階がどこまであるのか、果てがあるのかもわからない。
その階段を無我夢中でのぼっていく。
背後の闇のなかから、ハアハアと獣の息づかいが聞こえた。ガラン、ガラン、ジャラジャラと、ケルベロスが足かせをひきずる音もする。
「くそッ。あきらめないヤツだな」
「……たつろ、さん。僕もう……走れな……」
青蘭は足がもつれて、今にも倒れそうだ。龍郎だって息は切れていた。ここはもう戦うしかない。
「かまれると体が腐るとか、そんなヤツじゃないといいけど」
「…………」
青蘭はなぜか黙りこんだ。
単に呼吸が苦しかっただけかもしれないが。
いつものように青蘭をうしろにかばい、龍郎は剣をかまえる。
足場は悪いし、せまいし、走りっぱなしで疲労もしている。敵の動きについていけるか心配だが、青蘭だけは守らなければならない。
来た。
さっきの狼だ。
龍郎たちを見て、グルルとうなる。
今の状態で長期戦は難しい。
それなら先手必勝だ。
龍郎は大上段で剣をふりかぶり、いっきに間合いをつめる。階段だから上部から攻撃できるのは有利だ。薬丸自顕流の威力が増す。
だが、ようすがおかしい。
狼はいぶかしむように、こっちを見たまま身動きしない。
龍郎の剣が頭上にまで迫ると、狼は姿勢を低くし、伏せのポーズをとった。犬が飼いぬしにやるやつだ。
「……待って。龍郎さん。その狼、なんだか、なつかしい匂いがする」
青蘭が言うので、龍郎は剣をさげた。
「なつかしい?」
「うん。知ってる……ような気がする」
青蘭は子どものころから霊的なものが見えたようだ。それに成長してからは、ずっと悪魔退治をしてきた。悪魔に知りあいがいても不思議はない。
まるで龍郎たちの会話を理解したように、狼は頭をさげたまま近づいてきて、青蘭の指さきをなめた。
いやに、なついている。
まあ、これなら噛みつかれる心配はない。
「襲ってくることはないんだね?」
「うん。たぶん」
「じゃあ、少し休もうか。青蘭も疲れたろ?」
「うん」
狼に追われて、だいぶ走ったから、ヘトヘトだ。
また階段にならんで腰かける。
狼も青蘭の足元によりそうように座りこんだ。
「龍郎さん。眠くなってきちゃった」
「いいよ。おれが見張ってるから」
青蘭は龍郎のひざまくらで目をとじる。
二人いっしょに寝てしまうには危険な場所だ。何が起こるかわからない。
この狼だって、まだ完全に信用できるという保証もない。
龍郎は青蘭の髪をなでながら、警戒を続けていた。そのうち、青蘭は気持ちよさそうに静かな寝息を立てる。
龍郎は上着をぬいで、下着姿の青蘭の肩にかけてやった。
そのまま、どのくらいの時間がすぎただろうか。
いつのまにか、龍郎はうたたねしてしまっていたようだ。
グルルとうなり声を聞いて、ハッと目覚める。龍郎たちが寝入ってしまったのを見て、狼が本性を現したのだと思った。
が、あわててうかがうと、狼はまだ伏せの状態で、階段の下方を見ている。
龍郎たちに対してではない。何か別のものの気配を感じとったようだ。
龍郎も目をこらして、薄暗がりをながめた。とくに変わったことはない。さっきと同じ闇のなかへと、カーブを描きながら階段が消えていく。
が、そのときだ。
安心しかけた龍郎の耳が、かすかな物音を聞きとった。
カリカリと石の床を小さな虫が這うような……。
何かいる。
あの光る虫だろうか?
でも、あの虫は体長一センチほどだ。それに、あんな音を立てるような足がない。いわゆるイモムシ形なのだ。
(何か……いる?)
龍郎はじっと闇に目をこらした。
あの光る虫のように害のない生き物かもしれない。それならいいのだが。
見つめていると、カーブのさきから這いだしてくるものがあった。
やはり、虫だ。足がある。クモのようなものだろう。かなり大きいが、危険なものじゃない。
ほっとして、龍郎は吐息をついた。
神経が過敏になっている。
油断のならない場所だからしかたないが、この無限階段からぬけだすのに、あとどのくらいの時間がかかるのかわからないのだ。少しは休んだほうがいいのかもしれない。
龍郎は目をとじた。
きっと、異変があれば、また狼が知らせてくれるだろう。狼が龍郎たちに害をなそうとしているのなら、さっきのあいだにできたはずだ。それをしなかったのは、する気がないからだと考えた。
だが、今回は眠ることはできなかった。
龍郎が目をとじるかどうかに、狼がうなった。さっきより大きな声で。
かんべんしてくれ。
ちょっとは眠らせてくれよと言おうとして、龍郎は息を呑んだ。
虫なんかじゃない。
階段の下から這いあがってくるのは、人間だ。いや、正確には人間の腕だけが見えている。さきほど虫だと思ったのは、指の部分だった。
ギョッとする龍郎の前で、それはさらに頭、肩、背中——と現れてくる。
生きている人間でないことは、すぐにわかった。死体だ。腐乱している。指さきは骨が見え、皮膚も青白い。ところどころ赤く
一体ではない。
死体が次々に階下からやってくる。
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