【完結】美少女と距離を置く方法

丸深まろやか

1巻

第1話 美少女に恩を売る

① 「お断りします」


 俺は、『ぼっち』という言葉が嫌いだ。


 『ぼっち』とはつまり、友達がいなくていつも一人でいるやつのことだ。

 『ひとりぼっち』の略。なんともわかりやすい。


 なぜ嫌うのか。


 念のために言っておくが、俺自身がぼっちだからではない。

 いや、俺はたしかに普段ぼっち気味なのだが、それが理由ではない。

 この『ぼっち』は、常々悪い意味で使用される。

 早い話が、『ぼっち』は悪口なのである。

 なんと嘆かわしいことだろう。

 俺はこれに、声を大にして異を唱えたい。


 ……ん?


「ご、ごめんね、急に体育館裏なんかに呼び出して」


「いえ。それで、私に用とはなんでしょうか」


 俺は反射的に、物陰に身を隠した。

 どうやら、妙な現場に出くわしてしまったらしい。

 人が大事な話をしているときに、不愉快なやつらめ。


「ず、ずっと、橘さんのことが好きでした! 俺と、付き合ってください!」


 いいから、早く終わらせてくれないだろうか。


 壁によりかかりながら、俺は大きなため息をつく。


 仕方ない、話を戻そう。


 一人でいることは、悪いことなんかじゃないだろ。

 誰かと一緒にいるか、一人でいるか、どちらが好きかなんて、人それぞれだ。


 そして、俺は一人が好き。

 ただそれだけのこと。


 なのに、『ぼっち』は常に忌み嫌われる。

 俺のような選択的ぼっちにしてみれば、いい迷惑だ。


 だから俺は、ぼっちでいるのは好きだが、『ぼっち』という言葉が嫌いなんだ。


 決して、自分の絶望的なコミュ力のせいで陥ってしまったこの状況を肯定するために、そんなことを言っているわけではない。断じてない。

 お願いだから信じてほしい。


「申し訳ありませんが、お断りします。それでは」


 一刀両断。気持ちいいくらいの玉砕だ。

 ざまあみやがれ、青春の奴隷め。


 やはり、高校生活なんてのは一人でいるに限る。

 恋愛や青春なんて求めようとするから、そんな目にあうのさ。


 さて、終わったならさっさと解散してくれ。

 俺はそこを通りたいんだ、近道なんだから。


 決して、おもての道がリア充だらけで肩身が狭いから、とかではない。

 今度こそ本当に違うんだよ。


「えっ! ち、ちょっと待ってよ!」


「……まだ、なにか」


「と、友達からでもいいんだ! きっと俺のことを好きにさせてみせるから! だから、チャンスをくれよ!」


 なんだよ、まだ粘るのか。

 そのエネルギーには敬服するが、しつこい男は余計に嫌われるってもんだろうに。


「あなたにその機会を与えたいとは、私は思いません。失礼します」


「ちょっ!!」


 取りつく島もないな。

 だが、明らかに女子の言い分の方が道理に合ってる。

 本当に、相手の男子に興味がないんだろう。


 告白なんていうのは、極めて一方的な行為だ。

 特に、好きでもない相手にされたとなれば、それは好意の押し付けと選択の強要に過ぎない。


 その相手と付き合うか、付き合わないか。

 そんなこと、本来は考える必要なんてないのに、告白は人に無理やりその決断を迫る。


 そんな権利は誰にもないはずなのに。

 恋愛が理由になった時だけ、みんな自分に正義があるかのように、平気で相手に迷惑をかけるのだ。


「なんで!? ちょっと友達になるだけだろ!? せめて理由を聞かせてくれよ!!」


「……必要性を感じません。これ以上つきまとうつもりなら」


「く、くそっ!! 調子に乗りやがって!!」


「きゃっ!!」


 ……いや、おかしいだろ、どう考えても。


 告白を断られて逆上。

 そんなのは、絶対におかしい。

 自分勝手にもほどがある。


「美人だからって偉そうに!! 俺だって、本当はべつにお前のことなんて!!」


「や、やめてください! 痛っ!」


 ……くそっ。なんて運が悪い。

 こんなことなら、さっさと諦めて正門から帰るんだった。


 深く息を吸って、俺は物陰から飛び出した。

 そして、普段は滅多に出さないような大声で叫ぶ。


「武田先生! こっちです! 早く!!」


「せ、先生!? ……くそっ!!」


 生徒指導の教師の名前を、勝手に使わせてもらう。


 初めて姿を見たその男子は、意外と小柄で大人しそうなやつだった。

 ひどく取り乱した様子でその場を走り去り、角を曲がってすぐに見えなくなる。


 うーん……もっと上手いやり方があっただろうか。


 動き出すのが遅すぎて、手段を選ぶ余裕がなかった。

 イライラに任せてやってしまったが、やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。


「……武田先生は?」


 俺が頭を掻いていると、冷たくも透き通った、それでいて少し震えた声がした。


 そこにいたのは、女子の中でも小柄で、髪型もよくあるボブカット。

 だが、圧倒的な存在感を放つ、とんでもない美少女だった。


 凛とした目、スッと通った鼻筋、小さな口。

 心細げだが、それでも自信と余裕を感じさせる、堂々とした雰囲気。


 一目でわかる。

 この美少女は、自分とは真逆にいる人間だ。


 少しの間、俺はその姿に見とれていた。

 が、すぐに我に帰る。


 俺は美少女のセリフを無視し、早足で横を通り過ぎた。


 期待はしない。

 さっきも言ったように、青春なんて求めようとすれば、きっと痛い目を見る。


 今日はただ、たまたまあの男子の横暴さにイライラしただけ。

 たまたま通りたい道がふさがっていただけ。


 だからなにもない。

 これ以上はなにも起こらない。


「あの」


 そんな声も、俺には聞こえない。

 今からはもう、いつもの生活に戻るんだ。


 帰って、飯を食って、寝る。

 俺はそれでいい。


 それがいいんだ。


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