第37話 窮鼠猫尾を掴む

 ――いいですね、柊朱翔という宇宙飛行士はいなかった。いなかったんです。


 敵巨大宇宙船でついに遭遇した知的生命体。

 それは巨大な三毛猫の着ぐるみのような巨人だった。

 巨大な肉球が朱翔とみそらを叩き潰さんと迫る。

 唸る肉球はまるで迫りくるビル解体のハンマー。

 まともに防ぎきれる肉球ではないと、朱翔とみそらは左右に散るようにして回避する。

「てめえ、俺様たちのクルーを捕まえて改造するとはどういう料簡だ!」

 膨れ上がった肺胞から怒りが爆発する。

 今まで突っ切ってきた床に散らばる液体を踏まえれば、多くのクルーが死亡していることになる。

「ったく、どいつもこいつも細胞古すぎてすぐ死にやがるから困ったもんだよ!」

 巨大猫は嗤う。嗤いながら左右の肉球で飛び回る朱翔とみそらを叩き潰さんとする。

 言葉は赤と青の補助もあり通じ合おうと話は一切通じない。

 その言動に良心の呵責が一切見えぬことが腹に来る。

 全員救うと誓った。救うだけの力を貸してくれた。

 現実はいつだって不条理でわがままだ。

 救う力を得ようと、救うべき相手がいない不条理が必ず付きまとう。

「みそら、落ち着け!」

「分かっているっての、まだ、だろう!」

 巨大猫は細胞が古すぎてすぐ死ぬと言った。

 目の前で液体となったクルーを思い出せ。

 あのクルーは三〇代前半だったはずだ。

 憶測だが怪獣への改造は細胞が深く関係しているようであり、年を重ねているほど死亡率が高いと読む。

 つまりは年若いクルーはまだ無事の可能性がある!

「おっら!」

「はっ!」

 みそらは壁を蹴り、勢いを増した蹴りを右から。

 朱翔は床を蹴って次に壁を蹴り上げれば、左に回り込み同じく蹴りを放つ。

「ふ~んっ♪」

 左右から挟み込むようにして迫る蹴りを巨大猫は鼻歌を交じえながら肉球を突き出す形で難なく受け止める。

 足裏に光纏わせ威力を底上げしようと肉球に陰りは一切見えない。

「ん? んんんんんんんんんんんん? なんだよ、おめーらの力、あいつらの、#&%$惑星の力だな!」

 広き空間に巨大猫の笑い声が爆発した。

「ふぎゃはっははははははっ! ぶぎぶひひひひひひひ、あ~細胞痛い! 腹ないのに腹痛い! あの秩序の守護者とまで謳われた#&%$惑星人が下等生物に憑依してまで生き残ってるなんて、笑える!」

「赤と青のことを知っているのか!」

 朱翔は蹴りを一切緩めず、巨大猫に誰何する。

「ああ、知ってるさ、よ~く知ってるよ! なんたって、この僕様が惑星ごと滅ぼしたからな!」

「なら、てめえが赤と青の母星を趣味で爆破した!」

「そーです。綺麗な花火にしてやりました! あ~綺麗だったよ、ちょいと女子供ひっ捕まえて怪獣に改造して惑星に放り込んでやったら、あいつら身内に攻撃できねーでやんの! 秩序の守護者? 宇宙の警備はお任せ? あげゃげゃげゃげゃ! 敵が身内になると攻撃できねーなんて、今まで敵は容赦なく倒してきたってのに、あれは面白かったな、暴れ回る怪獣の額にさ、子供の顔だけ出して、お父さん助けてとか泣き叫ばせるの、あれは耳に心地よかった! うん、サイコーオブサイコーだ!」

 瞬間、身の毛もよだつ怒りと恐怖が朱翔とみそらの全身を駆けめぐる。

 腹の底から厭悪えんおが噴き上がる。

 本能が、人としての善性が、大音量の警鐘で告げる。


『こいつは存在してはいけない生き物だ』


「#&%$惑星の近くにあった機械だらけの惑星爆破した時も、核の玉っころがどっか一つ飛んで行ってたな。あ~どこだったか……まいっか!」

「ぐあっ!」

「ぐうっ!」

 朱翔とみそらの蹴りの圧に冷や汗一つかかぬ巨大猫は腕を軽く振るって叩き落してきた。

 床と天井にそれぞれ背面から強く叩きつけられた朱翔とみそらは口から飛び出た血でバイザー内を汚す。

「こんにゃろ!」

「この程度!」

 激痛に苦悶しながらもすぐさま姿勢を整えた朱翔とみそらはバイザー開いて口元の血を拭う。

 幸いにも口内を切っただけだ。それに赤と青が光子の力で肉体が負ったダメージを緩和し修復してくれている。

 だから、多少の無茶ができる!

「ったく、なんでこう下等生物はしぶといのかね? いいから、お前らもとっとと僕様の手で怪獣になりな!」

「「断る!」」

 朱翔とみそらは声を揃えて、巨大猫の顎下を蹴り上げた。

 蹴り上げるも岩石を蹴り飛ばしたような鈍い衝撃が蹴り上げた足に走る。

「てめえらのへなちょこキックが僕様に効くもんか!」

 巨大猫の猫目がカメラのレンズのように動く。

 光が奥底で集った瞬間、眩い閃光が空間を包み込んだ。

 閃光が収まった時、長き床は一直線に溶解し、赤熱化していた。

「あぶね~!」

「目からビームとか出せるのかよ!」

 寸前で透明カプセルに身を隠した朱翔とみそらは溶解した床に絶句する。

 直撃を受けていれば、どうなっていたか、想像に容易い。

「あ~どこ行った? すぐ側に隠れているのは僕様のヒゲで分かってんだぞ!」

 巨大猫は頭部を右に左にと動かし、朱翔とみそらを探している。

 透明カプセルの影で息を潜める朱翔とみそらはARグラスのチャットで意志疎通を行っていた。

『こいつ、強すぎる』

『そりゃ、赤と青の母星滅ぼしたんだ。冗談では済まないだろうよ』

 考えろと、頭を、思考を回せと、頭を回さなければ凡人未満だ。

 指導教官の言葉を思い出せ。

 どのようなトラブルでも必ずや解決の糸口が存在する。

 思考を回せ。周囲を見ろ。答えは必ず掴める位置にある。

 如何なる状況でも冷静に対処せよ。

『尻尾巻いて逃げてられる状況じゃないしな』

『尻尾?』

 みそらの発言が朱翔に違和感を走らせた。

 巨大猫は今までどのような攻撃を行ってきた?

 記憶の回廊で確かめた朱翔はとある仮説を立て、みそらに打ち明けた。

『リスクが高い……って今更だな』

『いい出した僕がやる』

『……任せたぜ、兄妹!』

 互いに強く頷きあえば、朱翔とみそらは離れて飛び出した。

「や~い、こっちだ、単細胞!」

 巨大猫の前に飛び出したみそらは巨大猫を挑発した。

 みそらを叩き潰さんと振り上げた肉球が宙で止まる。

 わなわなと肉球が、巨大猫の声が震えだす。

「あ? 単細胞だと、……誰が、誰に向かってええええええええっ! 下等生物ごときがあああああ僕様に向かって単細胞だと、ぷじゃけんじゃねええええええええええ!」

 挑発は思わぬ効果を発揮する。

 巨大猫にとって単細胞は禁句なのか、全身の毛を逆立てる怒りを噴出させ、踏み抜く床に亀裂を走らせながらみそらを追いかける。

 その表情から余裕と愉悦は消え失せ、殺意が渦巻いていた。

「やろおおおお、ヌッコロシテヤル!」

 音速を超えた肉球ラッシュがみそらを潰さんと迫る。

 みそらは右に左にと飛び交うことでラッシュをどうにか回避。

 粉砕された床片が眼前をかすめた時、肝を冷やす。

 避けられたのは青の力と持ち前の勘が上手く作用した結果だ。

「おらよっと!」

「光線なんて僕様に効くかよ!」

 みそらが両手に光を集させ放つ。

 だが、放たれたのは光の線ではなく光の波。

 フラッシュライトのように、急激に広がる閃光が巨大猫の目を焼き、巨体を怯ませた。

「ふぎゃあああ、目が、目が! って後ろかよ!」

 両目抑えて悶絶する巨大猫の背後目がけて朱翔が飛び出した。

 迎撃の右腕が薙ぐように来ようと身を沈み込ませる要領で避ければ、背中に強かな蹴りを入れる。

「そんな蹴り効くかっての!」

 なお目を抑える巨大猫が第二の振り払いを腕でした時、朱翔は巨大猫の尾を掴んでいた。

「手足とか目は自在に動いても、尾は動かないみたいだな!」

 朱翔は尾を掴む手に赤の力を行き渡らせる。

 違和感は確信を得た。

 背後からの不意打ちに感づかれようと、この猫は尾ではなく腕で迎撃した。

 尾のほうが柔軟に動くにも関わらず使わなかった。

 ならば導き出される結論は一つ。

 この巨大猫の尾は地球の猫みたく動かせるものではない。

「どりゃああああああああああああっ!」

 後は力任せに尾をひっぱり、巨大猫を引きずり倒す。

 巨体は尾に引き寄せられ、顎下から床に激突した。

「ふぎゃっ!」

 轟音と共に猫を潰したような悲鳴がする。

 掴む尾にみそらも参戦すれば、赤と青の力を借り、今なお赤熱化する床の上を一直線に引きずった。

「ふぎゃあああ、熱い! あっちいいいいっての! 焦げる! 削げる! もげる! ちょ、焼けるっての、あ~やめろおおお、んぐっ!」

 尾の主から抗議があろうと朱翔とみそらは一切聞かず。

 赤熱化する廊下を引きずられ、巨大猫はその巨体を強制的に焼かれていく。

 尾を掴む手に痺れが走る。それでも掴んだ尾は離さない。

 飛ぶに飛び、ひきずりにひきずった先、巨大な扉が立ち塞がる。

 朱翔とみそらは互いに頷きあい、掴んだ尾ごと巨大猫を扉目がけて投げつけた。

 巨体が扉に激突し、巨大猫から悲鳴が漏れる。

 背面から激突した衝撃で巨大猫の口が大きく開く。

 

 この瞬間を待っていた! 


「「喰らいやがれえええええええええっ!」」

 朱翔とみそらの腕に赤と青の光が集う。

 輝きを集いに集わせた眩い光は巨大猫の開かれた口目がけて放たれた。

「ふが、ふがっがあ、ふがああああああああああっ!」

 巨大猫は口に入り込む二色の光線にむせる、むせまくる。

 口を閉じようにも、激突した衝撃で口が閉じず、体内にエネルギーが強制的に注ぎ込まれる。

 打撃や光線を直に放とうと毛皮のせいか通じない。

 外側からがダメなら内側からが鉄板。

 それは人間に例えるならホースの水を直接胃の中に流し込む拷問と同じ。

 注ぎ込まれるエネルギーにより水風船のように身体が膨れ上がり、全身の毛皮から赤と青の光が漏れる。

「や、やめ、ふがががが、ふぎゃあああああああああああっ!」

 何倍もの体積に膨れ上がった巨大猫は注ぎ込まれたエネルギーに耐え切れず爆発した。

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