第25話 I can fly!

 ――へい、そこの彼女、俺様に電話番号教えてくれない?


<WANTED!>

 彼の四名、バリア解除装置を所持し、現在逃走中。

 柳蒼太、菊木たんぽぽ、伊吹白花、柊朱翔。

 島の平和のため、金塊のため、バリア解除装置を独占する彼らを拘束せよ!


 ネットワークに朱翔たち四人の情報が拡散する。

 最初は伊吹邸での騒動を撮影した一枚。

 この一枚を起点に、どこの誰で、名前は、学校は、あらゆる情報が拡散し続ける。

 執拗なまでにリアルタイムで更新され続けるのは位置情報。

 今ここにいるぞ。誰が持っている。

 追え! 囲め! 追い詰めろ!


 情報は人間の欲望を加速させる。


 とある繁華街の路地は喧噪と血に塗れていた。

 路地裏へと連なる道は顔面より鼻血流して倒れこむ人・人・人が折り重なって人体のバリケードを築いている。

 バリア解除の小箱は着物の女が所持している。

 男に抱えられて裏路地の奥に消えた着物女を追いかけたくとも、たった二人の高校生に行く手を阻まれていた。

「おっらっ!」

 豪気に猛るたんぽぽの拳が加減なしに炸裂する。

 殴り飛ばされた男が弧を舞い、駐車している乗用車の屋根に墜落する。

 背面より激突した衝撃で乗用車の防犯アラームが喧噪に負けんと鳴り響いた。

「ほっ、よっ、はっ!」

 たんぽぽの左を預かる蒼太は飛び込んできた中年男の顎に拳の連打を叩き込む。

 右に左にと顔の向きを強制的に変えては、身を屈めて足払い。

 大きくバランスを欠いた中年男の足を掴むのはたんぽぽ。

 中年太りの質量を活かし、遠心力でぶん回してはハンマーの如く迫る群衆に投げつけていた。

 硬い激突音が路地裏に木霊する。

「ひゅ~流石、たんぽぽちゃん、敵に回したくないね」

「そうね、今は敵を回しているけどね!」

 狭い路地に集団をおびき寄せたのが功を奏する。

 たんぽぽの一投により、路地裏に集う群衆は総倒れだ。

 加えて定期的に殴り倒して昏倒させた者を質量弾として投擲していく。

 だからか、当初は我先にと血走り先走っていた誰もが、殴り倒され、投げ飛ばされての光景を見て味わうなり、血気さは委縮し一定の距離をとって吼えている。

「なんだよ、こいつら高校生だろう、非常識すぎるだろう!」

「気をつけろよ、あの女、鮮血獅死ぶらっどたんぽぽだぞ!」

「うっわ~懐かしいね、たんぽぽちゃん、そのあだ名」

「小学生の頃に、あいつがつけたあだ名でしょうが、っと!」

 勇ましく飛び込んできた男に正拳突きを入れたたんぽぽは、昔を思い出して顔を嫌そうにしかめる。

 今のたんぽぽにとって不名誉なあだ名でしかない。

 幼き頃のたんぽぽは今以上に手が早かった。

 ただ誰かれ構わず拳を向けてはいない。

 師範である父親から、誰かのために拳を振るえと教え込まれたからだ。

 だからたんぽぽは誰かの、友のために拳を存分に振るった。

 友達の着物を汚した、おやつをとった、遠足先で他校の生徒をナンパするあいつをぶん殴った、修学旅行先で揃ってナンパするふたりをぶん殴った、人様のベッドに入り込んでいたあいつを隣家の蒼太の部屋に叩き込んだ……いつしか拳を向ける相手が固定化されていた。

 故に、相手は仕返しとして、鮮血獅死ぶらっどたんぽぽたる不名誉なあだ名を流布したのである。

 曰く、ひらがながツボであると。

「なら、隣は取り巻き、うごっ!」

「誰が取り巻きだゴラっ!」

 取り巻き扱いされた蒼太は靴先を蹴り入れ黙らせる。

 非常識であるが、相手を思う存分殴るのは痛快で爽快である。

 一歩間違えば、拳は人を壊すことができる。

 故に日々、己を律し、力を自制する精神力が求められる。

 だが、今この瞬間、友を守るため存分に拳を振るう。

 全てはただ友のために!


『次を右だ!』

 白花抱える朱翔はARグラスに展開されるデュナイドのナビゲートを頼りに進んでいた。

 デュナイドが天沼島に点在する防犯カメラの映像を解析。

 次いで人の流れを予測し、安全なルートを算出する。

 遭遇率を下げるため、電子ロックされた場所を通過する。

 解除もデュナイドがいれば問題なく、通り抜ければ再ロックするのも忘れない。

『一〇〇メートル先に集団がいる。気をつけろ、武器を持っているぞ!』

 ARグラスの一部が切り取られ、映像が展開される。

 目を凝らせば誰も彼もが手に武器を持っている。

 手頃な傘から、金属バット、角材、鉄パイプ、勇者の剣!

『剣まで持ち出すとは、そこまで本気か!』

「いや、あれは玩具の剣だから」

 一般常識(?)に疎いデュナイドを朱翔は嗜める。

 ARではないため、物質故に殴られると痛いのはどれの得物も同じである。

「迂回ルートを頼むって早いよ」

 口に出した時には既に選出は終わっていた。

「たんぽぽさんと蒼太さん、ご無事でしょうか?」

 抱きかかえる白花が不安を零す。

「大丈夫だってあの二人だぞ?」

「頭では分かっているのですが、こう心が……」

 白花は不安げに顔を俯かせては小箱を強く握りしめる。

「二人にはほどほど暴れて撤退してくれと言ってある。潮時を見誤るほどあの二人は戦闘中毒バトルジャンキーじゃないよ。むしろ、あの二人を相手にしなきゃならない連中に同情する」

 たかが二人、集団でボコせば問題ないと侮ったのが運の尽き。

 日頃加減を心掛けているが故に、この追われる状況は存分に拳を振るえる大義名分となる。

『朱翔、そこのロックを解除した。真っすぐ進んでくれ』

「はい、お邪魔します」

 店舗らしき勝手口から勝手に入った朱翔は漂うスパイスの香りからカレー屋であると知る。

 唐突な来訪者に目を驚かせる店員や客を横目に平謝りをしながら店舗を通り抜けた。

『その次は階段で屋上に向かうんだ』

「見つけた!」

 店を一歩出た途端、弾丸のように飛来する怒声。

 顔を向ければ、つい先ほど伊吹邸にて脱出時に張り倒した連中ではないか。

「やれやれ」

 困惑よりも迷惑だとの感情が朱翔に走る。

「その箱、寄こせ!」

「だが、断る!」

 朱翔は蒼太でもたんぽぽでもない。

 真正面から相手にするなど愚の極み。

 拳の威力はあの二人に劣ろうと、体力は誰よりもあると、この一年身に染みて自覚している。

 一目散に朱翔は階段を駆け上がる。

 当然のこと、連中は凄まじい形相で追いかけてきた。

「ほっ、よっと!」

 階段を駆け上がる最中、朱翔は途中にあるモップやバケツの掃除道具を下へ蹴り飛ばす。

 モップの柄は見事、追いかける連中の足に引っ掛かり、先頭の一人にバケツがホールインワンする。

 足を取られて倒れこむ光景を見送ることなく朱翔は階段を駆ける。

「屋上に出たぞ、デュナイド、次は!」

 屋上に躍り出た途端、突風が朱翔と白花を叩きつける。

 周辺には似たような作りのビルが立ち並び、ビル同士の隙間はARグラスによれば近くとも五メートルはあった。

『三二秒待ってくれ!』

 仕事の速いデュナイドらしからぬ文字であった。

『いいか、その位置を維持するんだ。絶対に動いてはならない』

「おいおい、どういうことだよ!」

 問いかけたと同時、階段が騒がしくなる。

 倒れこんだ連中が早くも復活して屋上に駆け上がってきた。

 数は増えに増え、三〇人はいる。

「追い詰めたぞ!」

「大人しくその箱を寄こせ!」

 散々コケにされたせいか、目が血走っている。

 大人しく小箱を渡したとしても身の安全は保障されないはずだ。

「朱翔さん!」

 逃げ場のない屋上故、ゆっくりと連中は朱翔と白花を追い詰める。

 心拍数が強制的に上がる。白花抱き抱える手が汗ばむ。緊張で喉が渇きを訴える。

 けれど、不安は一切抱かなかった。

『――朱翔、隣のビルに向かって全速力で走れ!』

 何故なら朱翔は相棒を信じているからだ。


「ぐっ!」

 唐突な強風が屋上を吹き付ける。

 舞い上がる塵に誰もが顔を腕で覆った時、まさかの光景を目撃した。

 屋上から男が着物女を抱え飛び出していた――

「アイキャンフラアアアアアアアアアアアアアアイッ!」

「きゃああああああああああああああっ!」

 着物女を抱えた男は一瞬の滞空を経て、隣のビルに飛び移らんとしている。

 何故か――風か!

 強風を利用して隣のビルに飛び移った。

 ARグラスによれば隣との幅は最短でも五メートル二三センチ。

 雲一つない晴天の中、どうやって風が吹くタイミングを計ったのか!

 疑問を抱いた時にはもう既に隣のビルに尻もちを突く形で着地していた。

 しかめっ面で起き上がれば、こちらに顔を向ける。

「てめえっ!」

 おったてる中指に誰もが怒りを噴出させた。

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