第20話 繋ぐ可能性

 ――プロジェクト? なんだそれは? 知らん! 知らん!


 設定時間は三時間ではなく三分にされていた。

 だがチュベロスに自責の念など存在しない。

「三時間と三分間違えてら~まあ、どっちにしろ潰すから結果オーライか!」

 チュベロズは気にしない。早いか遅いかの些細な差。

 むしろ三時間後だと安心していた地球人の度肝を抜けるとナイスファインプレーの自分を褒めていた。

「あ~でもプチプチ潰してもつまんねよな~」

 圧倒的な力量差で潰した時に芽生える快楽は最高である。

 最高であるが、同じ行為の繰り返しはマンネリによる飽きを生む。

「ともあれ、どでかいの一発、開幕に行ってみよう! ぶっ潰して、ぶっ飛ばして、ぶっ殺しちまいな、爆鎧怪獣・ウルスドバーン!」


 天沼島に出現した巨大生物、改め怪獣は一言で赤いシロクマであった。

 ホッキョクグマと呼ばれ、北極圏に住まう地上最強の白き熊。

 極寒に適応したこの生物は、立てば二メートルを超える体躯、厚い脂肪に保温性の高い毛皮、短い足を持とうと速力は時速四〇キロだ。

 今回出現せしシロクマの怪獣は燃える様に赤い体毛、同色の金属プレートで全身を覆われている。

 ビルを超える巨大さと着込む鎧、赤い毛皮を除けばシロクマである。それさえ除けば……。


 天沼島沿岸部に出現した爆鎧怪獣・ウルスドバーン。

 足元では忽然と現れた怪獣に誰もが驚き嘶きと一目散に逃げだしている。

 赤きシロクマは眼下の人間に一切の興味を抱かず、つぶらな瞳を眠たそうにこすれば巨体を横にして惰眠を貪り出した。

「お~い、こら~なに寝てんだ! 動かんか!」

 チュベロスは叩きつけるように呼びかけようと一切の反応を示さない。

「創造主様たる僕の言うことが聞けないのか、ゴラッ!」

 島に響くのは人々の絶叫と建造物の倒壊音ではなく怪獣のいびきときた。

「あ~もう他と交代させようにも次元転送のリチャージ完了するの三時間後だぞ。暴れさせて使い捨るの前提だから、戻すなんて発想が元からないし、ああもう!」

 チュベロスは苛立つ様に全身の毛を掻きむしる。

 怪獣は命令一つで暴れ回るよう製作されている。

 命令には絶対順守のはずが、爆鎧怪獣・ウルスドバーンにチュベロスの声は届かない。

「これはあれか? 素体の素の性格が影響してんのか?」

 製作したからこそチュベロスは原因を突き止める。

 素材は拾い物だが、資質素質と揃っていて良い拾い物であった。

「一時間ありゃできんな」

 丸っこい手で握るのは工作器具。

 わちゃわちゃがちゃがちゃとした姿と音が切り忘れた撮影機材に映し出されていた。


 朱翔はARグラスを介して母親と通話していた。

「あ、うん、白花たちと地下の津波シェルターにいる。うん、分かった。母さんこそ気を付けて」

 嘘をついている自覚が朱翔の心を罪悪感で締め付ける。

 確かに天沼島の地下にいる。安全な地下にいると嘘は言ってない。シェルターではなく秘密の格納庫であるのを除けば。

「……ごめん、母さん」

 通話を終えた朱翔は母親に届かぬ謝罪をした。

 生みの親であり育ての親であるのは間違いないだろう。

 目や鼻の形はよく似ているから、記憶がなくとも間違いなく朱翔の母親なのだろう。

 友たちと別れ、一抹の寂しさを抱いて帰宅した時、おかえりの言葉が記憶喪失にて生まれた心の虚をどれだけ溶かし埋めてくれたことか。

 毎日、ベッドから起こし、食事を作り、進展せぬ息子の色恋沙汰を突いてくる。

 父親とて家庭のために毎日働いてくれている。仕事の疲れがあるのに、愚痴が言いたいだろうに、家では一切口に出さず今日は楽しいことがあったのかと聞いてくる。

 息子が巨人となり巨大生物――怪獣と戦っているのを知ればショックを受けるはずだ。

 ただ今は謝ることしかできない息子を許して欲しい。

「だああ、もうなんで起動しないんだよ!」

 黒いARグラスと腕輪を装着した蒼太が何やら吼えている。

 ほっ、とっ、はぁ、しぇーなど様々なポーズを取ってはあれこれ試行錯誤を繰り返していた。

「何やってんだ、お前?」

 エビ反り状態の蒼太に朱翔は呆れた目線を向ける。

「起動しないんだよ!」

 ズボンの膨らみは見ないことにした。

「さっきから動かそうしてもうんともすんともいわないのよ」

 たんぽぽもまた同色のARグラスと腕輪を装着し、動かぬロボットに歯噛みしていた。

「なにか形成中の文字が表示されていますね」

 冷静に状況を分析するのは白花だ。

 かけていた黒いARグラスを外せば、朱翔にグラス裏に表示された文字を見せる。

「エネルゲイヤーΔか……」

 白花に黒いARグラスを返した朱翔は吹き抜けから金属ベッドで横に伏せる黒き巨体を見下ろした。

「聞きしに勝るとはまさにこのことだな」

 前回の怪獣を倒した謎の黒きロボット。

 デュナイドによれば既視感レベルで覚えがあるらしい。

 それは朱翔にも言えたことだ。

「チュベロス……くっ、なんだこの苛立ちは」

 声を聞く度、姿を見る度、朱翔の心をかき乱し苛立ちを募らせる。

 あいつを知っている。あいつと会っている。あいつをぶっ飛ばしている。

 記憶にない記憶が朱翔に囁き呻き続け、鼓動を高まらせる。

「変身さえできれば……」

 朱翔は無意識のまま腹部に手を当てていた。

 付着した妨害粒子のせいで変身は不可能。

 エネルゲイヤーΔを幼馴染み三人が起動しなければ島と共に運命を共にしていたはずだ。

 今の頼みはエネルゲイヤーΔであるが、起動できぬ状況が焦燥を駆り立てる。

「不幸中の幸いはクマが居眠りしだしたことだろうな」

 チュベロスの映像配信は継続している。

 配信者が切るのを忘れて配信続けるなどよくある事故だ。

 撮影機材に背中を向けては工具らしきものを手に何かを製作しているようだ。

『ぐへへへへ、これ一発で目覚まさせてやるからな~』

 不気味に笑うことさえ聞き流せば、どうやら怪獣を強制的に目覚めさせる道具を製作しているようだ。

「朱翔、映像見てくれ!」

 蒼太が青き顔して叫ぶなり、朱翔はARグラスをかける。

 データリンクにして展開される映像を閲覧した。

「避難が完了したから攻撃しているのか」

 天沼島近海に展開した海自の自衛艦隊が怪獣に攻撃を開始している。

 ド派手な爆音が響くも、怪獣の瞼一つ動かす効果すら発揮していない。

「爆発しているのか!」

 目を凝らせば怪獣の纏う金属プレートが着弾と同時に爆発している。

 たんぽぽが思い出すように言葉を走らせた。

「もしかして爆破反応装甲!」

「ああ、確かクアンタムデヴァイサーで八月二日はパンツの日とかでパンツでパンツッアーとかいうゲーム内イベントで出て来た装甲か!」

「そう、それよ、戦車型の敵出てきて、攻撃しても着弾時に表面の装甲が爆発してダメージを分散させるの。加えて飛沫破片のパンツでダメージ与えるおまけつき!」

「ああ、確か下着モデルに秘書が登用されたから、報復に社長がふんどし姿でリアルイベント出る羽目になったあのイベントか」

 おぼろげながら朱翔は思い出す。

 下着と強敵にノリノリであった蒼太とたんぽぽと異なり、白花の笑顔が妙に怖かったことも。

 下着姿の秘書に見惚れたわけでは、見惚れたわけでは……。

「普通なら一回ぽっきりなんだけど、非常識の塊だから何度でも使えるみたいね」

 赤きプレートは減ることなく爆破し続けようと砕けぬ堅牢さを保っている。

 怪獣が煩わしそうに片目を開ける。開けるもひと欠伸した後、再び閉じては寝入っていた。

「相手にすらならないってわけね」

 流石は格闘道場の娘。相手の力量を図れるだけの心眼は流石である。

<形成が終了しました>

 ふとエネルゲイヤーΔから発せられた電子音声が格納庫に反響する。

 機体内部から何かが稼働する音がすれば、次に床下を移動する音、続けざま朱翔たち近くにあるコンソールが動き出す。

「うお、またなんか出て来た!」

 コンソール下部が開けば、トランクケースを排出していた。

 蒼太たちの話によればエネルゲイヤーΔを操作する黒いARグラスや腕輪もこのコンソール下部から出て来たようだ。

「これは……」

 ケースを開ければ、見たことのない端末が収納されていた。

 手の平に乗るほど小さく、黒いかまぼこ板のようだ。

 朱翔のARグラスにデータ受信を確認。

 送信先はこの端末からだ。

DUNEXデュネクスGEARギア

 使用用途の疑問を抱くよりも先に動いたのはデュナイドだ。

『朱翔、今すぐこのARグラスをあの端末に近づけ欲しい!』

「わ、分かった!」

 ARグラスを外した朱翔は言われるがまま端末に近づける。

 端末に光が灯ればデータ交信が開始、一分もかからず終了した。

『朱翔、この端末があれば変身できる!』

 誰もが驚き顔を見合わせた。

『原理は分からないが光子変換力を増幅させ、なおかつ妨害の妨害を行う機能があの端末に供えられているようだ』

『ぐへへ、流石は僕だ! 完璧に仕上がった!』

 疑問も怖気も抱いている時間はない。

 配信先のチュベロスもまた何らかの装置を完成させている。

「これも可能性の一つなら、今を未来に繋いで見せろ!」

 ARグラスと端末がリンクする。

 第一工程として端末を腹部に添える必要があり、添えれば端末端より展開するベルトが朱翔の腰に巻きついた。

 端末に赤き光が灯り、鼓動のような音が響き出す。

「朱翔さん……」

 誰もが心配そうに見つめている。

 特に白花は目の前で倒れるのを目撃したからこそ、その根は深い。

「行ってくる」

 だから朱翔は白花の身体をぎゅっと強く抱きしめた。

 感じられる体温、匂い、温かさ。今ここにある可能性。

 そうだ、朱翔が巨人となり戦う道を選んだのも全ては守りたい人がいるからだ。

 全ての可能性を救う。抱いた決意に嘘偽りはない。

 ただ全ては、その根幹は、君だけを守りたい!


「デュナイセット!」

 白花より離れた朱翔の身体が赤き光輪に包まれる。

 腹部より淡き緑色の粒子が現れようと端末より発せられる白き光により抑圧される。

 赤き光輪は輝きを増し、朱翔の包み込む。

「アームドアップ・デュナイド!」

 朱翔の肉体は赤き粒子となり消え、赤き巨人は再臨する。

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