第2話 記憶になくても現実にいる幼馴染み×三

 ――お前が戻るんだ! もう戻れない俺たちの代わりに……


<Mission Cleared>


 リザルト画面が表示され、生き残った者たちに報酬のポイントが付与される。

 各人の装備や廃墟だった風景は消え失せ、広々とした校庭と校舎が露わとなった。

「よっしゃ、流石!」

 端末に表示された報酬に喜びのガッツポーズを取る者がいる一方、蒼太を筆頭とした戦死者はうなだれる様に落胆していた。

「おいおい、そりゃないだろう~」

 死んだ者が生きているのは別段おかしなことではない。

 蒼太を筆頭とした五人は確かに量憑獣に喰われて死んだ。

 死んで

 そう、ゲーム内で死んだことで一時的にゲームから除外され、デスペナルティにてスズメの涙と化した報酬に落胆していたのだ。


<クアンタムデヴァイサー>

 黒樫くろがしファウンデーション製、現実拡張Augmented Reality型オンラインアクションゲームである。

 プレイヤーはデヴァイサーとして各地に出現する謎の憑依型量子生命体と戦い、討伐成功にて付与されるポイントで武装を強化する。

 基本プレイ料金無料の課金システムが導入されている。

 何より楽しむことを主軸にしており、課金せねば先に進めない、更に強化できない、特定のイベントに参加できない、の三大ないが一切ない。

 課金により獲られるのは報酬ポイントの倍増、アイテムボックスの拡張、ゲームを有利に進めることのできるアイテム購入などだ。

 今までのゲームと異なりコントローラーでアバターを操作するのではなく、グラス型端末を装着し武器となるタッチペン型コントローラーを握りしめて自らの身体で動く。

 ARゲームの台頭はゲームとは部屋に引きこもってするという概念を打ち砕く一石となる。

 二一二〇年の全世界同時販売より早五年、アップデートを重ねることでプレイユーザー数世界一位を不動としていた。


「おい、朱翔、もうちっと早く呼べよ!」

 朱翔から仲間への返答は苦い顔だった。

 柳蒼太は、朱翔の幼馴染みの一人、らしい。

 顔は黙っていれば二枚目、実際は美人と巨乳に目がない残念な三枚目未満。陽気でお調子者な性格により自業自得の災いが多かろうと、誰かれ構わず幅広い交友関係を築くほど。ただしナンパの実行数は三桁を超えようが成功数は今なおゼロである。

「あんたね、朱翔にあれこれ文句言う以前にさ、自分で要請出すって発想ないわけ?」

 蒼太の頭を呆れながら軽く叩く少女は菊木きくきたんぽぽ。

 彼女もまた朱翔の幼馴染みの一人らしく、やや鋭い目尻と可愛らしい名前がコンプレックスだろうと、ショートヘアの似合う可憐な乙女だと朱翔は常々思っている。ただ強いて閉口するとすれば……。

「俺が頼んだわけじゃないし、俺が頼むと後でゴリラ女から高いスィーツたか、ら、ぶげしっ!」

 すっとぼけたように口を開く蒼太の腹部にたんぽぽの左拳がめり込んでいた。

「ああんっ、なんだって?」

 朱翔は頭を抑えながら軽いため息。

 見かけは可憐で身体の引き締まったスポーツ少女なのだが、残念にも口よりも拳が速いのが玉に傷である。実家が格闘道場であること、才覚が凄まじいこともあってか、男でも敵う者はいないから困りもの。

「げほげほ、あ~もう、たんぽぽちゃんは加減してもこれだから嫌なんだよ!」

 蒼太のせき込む姿は仰々しさと嫌味の混じった演技だ。

「たんぽぽちゃん言うな!」

 たんぽぽの利き手は右。ちゃんづけのタブーを蒼太が口に出したのが仇となり右の一撃を受けては弧描いて校庭舞う羽目になる。

 蒼太は宙で姿勢を整えれば、四肢を張り付かせる形で校庭に着地、そのままの姿勢で四足動物の如く砂煙を巻き上げては、たんぽぽに笑いながら急迫する。

「拳入れたお礼じゃ! その引き締まった太もも、抱きついて頬スリスリのナメナメしてやるわ!」

「そういうとこだって学べ!」

 たんぽぽが蒼太の奇行に身を引いたのは一瞬だけ。すぐさま迎撃の蹴り上げを炸裂させていた。

「頭痛い……」

 校庭に仰向けに倒れる蒼太に朱翔は目頭を抑えてしまう。

「よしよし」

 そんな朱翔の頭を撫でるのは和服の大和撫子。

 日本人形のような長くて艶やかな髪を持つ少女の名前は伊吹白花いぶきはくか。たんぽぽと正反対で物腰柔らかで落ち着いた性格をした幼馴染み。正反対だからこそか、たんぽぽとの仲は良く、暴走しやすい彼女を猫のようにあやして落ち着かせている。ただ今回は蒼太の自業自得なのでたんぽぽを止める気はなかったようだ。

「え、えっと、白花、さ……ん、白花、援護ありがとな」

「いえ、これぐらいは、あ~でも」

 ねだるような白花の目に朱翔は観念する。

 視界脇では禁断のワードを口にした蒼太がたんぽぽからジャイアントスイングを受けているときた。

 竜巻のように砂塵巻き上げる回転力は流石たんぽぽであり、それを平然と笑いながら受ける蒼太もある意味流石である。

「ま、まあ俺にできることあるなら――はっ!」

 言葉とは仮初の弾丸である。一度放てば元には戻せないし、戻らない。失念だと朱翔は気づくも時すでに遅し。

「でしたら、こちらにサインをお願いします! さあ、今すぐ!」

 勢いある口調と形相で白花は和服の袖より一枚の用紙を取り出していた。

<婚姻届け>

「未成年だから無理!」

「婚約は可能です!」

 朱翔含めた四人は全員十六歳の高校生。

 女は一六歳から、男は一八歳からと日本の法律で決まっている。未成年だからこそ保護者の認可が必要だが、しっかりと双方の保護者氏名が記されているから困りもの。

「そ、そんな、約束したじゃないですか! 大きくなったら結婚しましょうと!」

「いつの話だ!」

「四歳と、一〇歳と、一二歳の話です!」

「記憶にございません!」

 朱翔の言葉に嘘偽りはなかった。

 柊朱翔、一年前、落雷により記憶喪失となる。

 己は誰か、名前や家族、友人知人、それどころか一般常識すら喪失してしまう。

 唯一記憶にあるのは学力のみ。周囲に支えられたリハビリも功を奏して、今では日常生活をある程度送れていた。

 ただ時折、空気の美味さに身体の重さ、己を知る知らない他人に寒気を抱き、幼馴染みであろう三人との間にある見えぬ壁、白花が好意を抱いてくれようと、この日常に物足りなさを感じ、どこか楽しめずにいた。

「仕方ないですね。では今度ゲームのポイント集めに付き合ってください。ちょっと欲しい銃がありますので」

「そういう意味での付き合いならオーケーだよ」

 折れてくれたのは朱翔としては助かった。

 女のにこやかな笑みに心揺さぶられる男がどこにいようか。

 すぐ脇ではたんぽぽに胸ぐら掴まれ、激しく頭部を揺さぶられている蒼太がいるも見なかったことにする。

「ではそろそろ教室に戻りましょう。昼休みもあと少しで終わりますから」

 可憐な笑顔はゲームでは得られぬ報酬だと朱翔は見惚れた一方、胸に巣くう虚無感は今なお消えずにいた。

(楽しいちゃ楽しいんだけど、足りないんだよな……)

 グラス型端末を手に朱翔はただ虚空を見上げていた。


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