第24話 後始末



 大嶽丸を倒し、茨木童子を解放した四人は長居は無用とばかりに退散することになった。

 ボスを倒された大嶽丸の一党が復讐戦を挑んでくる可能性があったからである。


 もちろん、小鬼どもでは、酒呑童子にも命にもクンネチュプアイにも勝てない、というより勝負にすらならないが、これ以上無用の殺生をする必要もまたない。

 復讐心が戦力判断を上回り、無謀な攻撃を仕掛けてくる前に立ち去ってしまうのが上策というものだ。


 それに、茨木童子の治療だって必要なのである。

 クンネチュプアイはエルフの秘薬で完全回復しているが、さすがのエモンもあんな便利アイテムを二つも三つも持ってない。

 まずは本拠地である酒呑童子のマンションに戻るのが肝要だ。


「これで、めでたしめでたし、とはいかないだろうな」


 助手席の命が呟く。

 後部座席には酒呑童子、茨木童子、クンネチュプアイの三人。酒好き鬼としては両手に花の状況だが、とてもそれに喜ぶ気にはなれないだろう。


「大ボスを倒して万事解決、というのはゲームの世界だけですからな」


 ハンドルを握ったままエモンが笑った。

 べつに大嶽丸が、いまの京都の状況を作り出していたわけではない。

 観光客が多いのも、マナーの悪い者がいるのも、ずっと前からあったこと。それによる悪い感情の充満だって、今に始まったことではないのだ。


 あくまでも彼は、あるものを集めていただけ。

 非常に悪い言い方になるが、尻馬に乗っただけなのである。

 大嶽丸を倒そうが調伏しようが、なんにもかわらない。


「現実も、ゲームみたいに簡単だったらいいのにね」


 肩をすくめるクンネチュプアイ。

 基本的にゲームというのは、クリアさせるために作られる。もちろん非常に難易度が高いゲームだってあるが、それでも絶対に解けないということはない。

 もし絶対にどうやっても解けないゲームとかアトラクションがあるとしたら、すくなくともそれは娯楽としては零点である。


 しかし現実をみれば、解けない問題もクリアできないトラブルも世の中に溢れている。

 現実なんてクソゲーさ、なんて言葉は、あながち間違いではないのだ。


「ただまあ、妙に作為的なものは感じるけどね」


 京都に溢れる負のエナジー。それを吸収してパワーアップしようなんて、普通の鬼は考えない。

 ちらりとクンネチュプアイが視線を動かせば、酒呑童子が頷いてみせる。

 彼だってそんなことを考えたりしなかった。


 この街に住む鬼の中で最も力が強く、違う言い方をすれば神格に最も近い男ですら、そういう発想はしない。

 むしろ、観光客を排除してしおう、という方向に思考が向かったくらいだ。


 というのも、無限に増え続ける負のエナジーの回収なんて、口で言うほど簡単なことではないから。

 取り込みすぎて暴走する、なんて可能性もけっして低くはない。


「じっさい、大嶽丸も暴走気味だったしね」

「だよなあ」


 なんとはなしに頭を掻く酒呑童子。

 まともに考えて、同族の女からエナジーを奪うとか、エルフの族長に手を出すとか、ありえないのだ。


「だからね。あるいは大嶽丸になんか吹き込んだヤツがいるかも」

「まだ終わりじゃないってことか……」


 苦々しく言って首を振る命。

 エモンが高級ハイブリッド自動車が、滑るようにマンションの地下駐車場に入ってゆく。

 ひとまずは、凱旋である。


 茨木童子の衰弱はけっこう深刻だった。

 数時間前に拉致されたクンネチュプアイとは違い、何ヶ月も前から大嶽丸の陣営にいたのである。

 奪われたエナジーだって大変なもので、存在を保てなくなる寸前といったところだ。


「あー、俺は見てないし、知らないから」


 女鬼を部屋に運び込んだあと、謎のセリフとともに命がリビングへと移動する。

 もちろんヌードだから気を使ったというわけではない。


 すでにエモンが妖術で作った服を纏っているし。

 それは、彼が陰陽師だから。


 陰陽師にとって鬼は調伏するべき存在だ。弱っているならなおのこと倒す好機である。

 本来、そこに同情が入り込む余地はなく、見逃すという選択などありえないのだ。


 が、茨木童子はともに死線をくぐり抜けた酒呑童子の恋人。

 倒すというのは、さすがに心苦しい。

 職業的義務と個人的感情がせめぎ合った結果、彼の取った行動は見なかったことにする、というものだった。


 治療に手を貸すこともしないかわりに、害することもない。

 なんとも中途半端な行為だが、命の心情は理解できたためクンネチュプアイは肩をすくめて見送ったのみである。

 じっさい、咎め立てしている余裕もないのだ。


 鬼どもには怪我人を治す技能はない。そういう術もないし薬も作れない。

 これは鬼というのが人間たちよりはるかに優れた回復力を持っていることと、他者に手を差しのべるような存在ではないということに由来する。


 陰陽師以上にめんどくさい話だが、アイデンティティに関わることなので、こればかりは仕方がないのである。

 ということで、治療はクンネチュプアイとエモンの手に委ねられた。

 サナートたち金星人は、さすがに手を貸してくれないし。


「すべてのものに宿る精霊たちよ。友たるクンネチュプアイの頼みをきいて」


 ベッドに寝かされた女鬼の横に立ち、エルフが精霊魔法を行使する。

 壁といわず床といわず天井といわず、いくつもの小さな光が飛びだして、茨木童子の身体に吸い込まれていった。

 血の気のなかった顔に赤みが差してゆく。


「相変わらず見事なお点前ですな。アイさま」


 褒め称えつつ、エモンがハンカチでエルフの額の汗を拭う。

 手術のときの助手みたいだった。


「ここまで衰弱しちゃうと自力回復は難しいからね。むしろ私じゃなくて茨木童子に秘薬を使った方が良かったかも」

「いまさらですよ。あれを使わねばアイさまをお助けできなかったわけですし」


 肩をすくめるエモンだった。

 優先順位としてクンネチュプアイを助けるしかなかった。しかも、妖術を使えば大嶽丸に察知される危険があったため、アイテムに頼るしかなかったのである。


「そもそも、アイさまは薬を持っていないのですか?」

「あるけど狸谷山不動の私の部屋に置きっぱなしよ。荷物と一緒に」

「つ、使えねえ……」

「うっせ。だから精霊魔法を使ってんでしょうが」


 まあ、仮にクンネチュプアイが秘薬を持ち歩いていたとしても、大嶽丸の手によって素っ裸にひん剥かれてしまったわけだから意味はないのだが。


 実りのない会話の間にも、茨木童子の顔色はどんどん良くなってゆく。

 しかし、ある一定のラインで、彼女の身体から精霊たちが離れてしまう。


「んんんー、回復率としては二割いくかいかないかってところかあ」


 精霊魔法は万能の力ではない。

 そのへんにいる精霊たちから、少しずつチカラを分けてもらっているだけなので、おのずともらえる量だって限界がある。

 まさか、お前たちの存在と引き替えに助けろというわけにもいかないのだから。


「精霊力に溢れたエルフの郷ってわけじゃないしね。大都会じゃこんなものかも」

「では、ここからは拙の出番ですな」


 エモンとクンネチュプアイがポジションチェンジする。


 次は妖術による治療だ。

 懐から取り出した葉っぱを何枚か、茨木童子の身体の上に置き、むにゃむにゃと呪文を唱える。

 もわもわと煙があがり、女鬼の身体を包んでいった。


「相変わらず、まったく回復魔法には見えないわよね」


 エモンの額を、今度はクンネチュプアイが拭いてやる。


「仕方ありませんな。拙ども妖も、けっして回復術を得手としているわけではありませんから」


 それでもエモンが使えるのは、齢千年を超えるような大妖怪だから。

 クンネチュプアイと漫才ばっかりしていてとてもそうは見えないが、じつはすごい妖怪なのである。


「あとは、本人の回復力に任せるしかありませんな」

「ふたりで三割五分。そう悪くないでしょ。ここまでもってきたら間違いなく自力でいけるわよ。鬼なんだもの」


 心配そうな酒呑童子の肩をぽんと叩き、クンネチュプアイが部屋を出る。

 ゆっくりと寝かせてあげて、などと言いながら。


 そしてリビングで待っていたのは、やっぱり心配そうな命だった。

 関わらない、とかいっていたくせに。


 ほんと、めんどくさいんだから。

 くすりと笑うエルフだった。

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