ライアン・シアターからサウス・ホスピタルへ
「最高だ! 感動した! いいもの見れた! 絶賛だ!」
両手を大きく広げ、大げさな動きでクラクに近寄っていた。
舞台の上にはクラクと二人だけ、他の人質やバニーテロリストはもう死んでいた。
「こんなエキサイティングなショーは初めてだよ! いやー迷ったけどこちらに残って正解だったよ!」
その言葉に、クラクはタバコを吐き捨てる。
……ヒニアのいる場所からは微妙にクラクの表情は見えない。だけど嫌な予感がした。
「そうだ記念に握手させて欲しい!」
右手を差し出してきたライアンに、以外なことにクラクは右手を差し出して握手した。
それがますます嫌な予感を掻き立てる。
「あの青い炎はどうやったんだい? 魔法? それともサイボーグかな? 誰に命じればできるようになる?」
テンション高めの子供のように質問責めにするライアン、対するクラクの声は静かで冷静で、だから怖かった。
「一つ、質問があるんだが」
「おい。僕が質問してるんだ」
クラクの言葉を遮る急に冷えた声、この反応の切り替えの速さが、セレブの特徴だった。
一見友好的に見えて、友人みたいに話しかけてくる。だけどもそれは見た目だけ、実際には絶対の上下関係がまだ存在していて、それを履き違えるとどんなに優秀で、これまで支えてきても、許されない。
無礼講の罠、というやつだ。
身分の垣根を忘れて、それでもなお尊敬していますよと示さなければならない。
だから笑顔のままへり下る術が、彼ら相手に仕事するコツだとヒニアは学んでいた。
そんなこと、知っていても絶対しないであろうクラクは、言葉でなく握手で応えた。
ボギン、響いた。
「あ、が、ぎゃあああああああああ!!!」
ライアンの悲鳴、顔を真っ赤にして、繋がり続けている右手を引き剥がそうとジタバタし始めた。
手の骨が握り折られたのだと、ヒニアはわかった。
「質問、三つだ」
クラクの声、小さく、だけど響く。
「俺がここに来た目的、『プラント』『コーポレーション』『白い寄生虫使い』知ってることを話せ」
完全な命令、応えなければもっと酷い目に合う。
普通の人ならば察するクラクの言葉、だけども命令された経験のないライアンにはわからなかった。
「放せこの貧乏人がぁ! 貴様の人生はめちゃくちゃにしてやるからな! 家族親戚恋人友人全部巻き添いだ! この瞬間やらかしたことを永遠に後悔させてやる!」
ヒニアは止めるべきだと思った。
だけど声を実際に出す前にクラクは、やってしまっていた。
掴んだ右手の人差し指、それを空いてる左手で掴んで、ドアノブを捻るように、捻った。
「あぎゃあああんんんんんん!!!」
後半から声になってない悲鳴、蹴り拳噛み付き、あらん限りの暴力で止めようとするもの、クラクは止まらず、捻り続けて、そして引き抜いた。
そして観客席に投げ捨てた指は、まるで茹でた蟹の足のように、付け根の先、手の甲の中にある骨まで引き抜かれていた。
……見ているヒニアさえ言葉を失う暴虐に、ライアンは震えて強張ることしかできてなかった。
だけどクラクは容赦しない。
「プラント、コーポレーション、白い寄生虫使い、だ」
「しらん!」
ライアンが叫び返す。
「プラント! コーポレーション! そんなのごまんと持っている! それだけでわかるか!」
「いいやお前は知っている。その上で教えておこう。俺の狙いは白い寄生虫使いだけだ。それ以外に興味はない」
……クラクの言葉に、ライアンは熟考した。
その沈黙は知っていると自白しているようなものだった。
「……だが、奴のことを話せば」
「今、どうされるかを考えろ」
脅しの一言に、離れているヒニアにも、ライアンが折れたのが見てとれた。
「奴なら、病院にいるはぁずずずずずずずずうずずず」
話の途中でガクガクと震えだすライアン、様子は痛みで苦しんでいるのとは違う、異常な状態だった。
それを感じ取ってかクラクも手を放して距離を取る。
刹那、弾けた。
顔、肩、首、体、腕に足、らいあの全身至るところから、白い針が、何本も飛び出した。
かと思えばそれら一本一本はへたり、しなると、ライアンの体に巻きつき始めた。
そのまま丸めていく。
比喩ではない。
手足を折り畳むのではなく、へし折り、角を丸め、押し込めて、真球へと整形していった。
そしてあっという間に、ライアンの体は白い毛糸玉へ、押し込まれていた。
凄惨な最後、どれほどの罪を犯せばこれだけの罰を受けるのか、ヒニアはただ呆然と見ていた。
……それを、馬鹿笑いが目覚めさせる。
クラク、舞台の上、響かせて、声の限りの大爆笑だった。
「ようやく、見つけた」
全身を使っての歓喜、そして溢れ出る憎悪、その姿は鬼ではなく悪魔だった。
恐怖がヒニアを襲う。
逃げなくては、一歩引いたヒニアの足音に、クラクは顔を上げた。
……目があった瞬間、逃げられないと悟った。
ヒニアの心は、恐怖に折れた。
◇
リッチメンズアイランドに病院は一箇所しかない。
サウス・ホスピタル、その名の通り島の最南端にあるこじんまりとした建物で、周りは倉庫、道こそやたらと広いが、中央から離れていて、交通の便は悪い。
ここを知っていても、訪れる人は少ない。
理由は単純で、セレブは病院に行かないのだ。
そうでなくても最高のサービス、健康管理は完璧で、怪我をするリスクさえない。加えて、例え体調を崩しても、セレブは、筆箱に定規を入れているように、召使いの中に専属医を一人二人入れているものだった。
だからこの病院を利用するのは三つしかない。
専属医でも手の施しようのない重症か、こっそりと美容整形を受けるためか、あるいはいらなくなった年寄りを入院という形で捨てるためだった。
こちらはあまり知られてないが、病院の半分は老人ホームになっていた。
……時々、セレブのお客様から、クリスマスや誕生日プレゼントの相談を受けて、選んで、メッセージカードと一緒に郵送することはあった。それに緊急時に送り届けるかもしれないので、住所だけは知っていた。だけどもヒニアがここに訪れたのはこれが初めてだった。
普段からこうなのか、あるいは今がこうだからか、建物には人がいるようには見えなかった。
潮風に軋む鉄の門扉を超え、敷地に入ると別れ道、右側が診療所で、左側が老人ホーム面会とあった。
クラクは迷わず診療所を選んで歩きだした。
その姿、死神にしか見えなかった。
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