トレジャー・ボックス4

 FGOのデッキの最低枚数は四十枚だ。それ以下だとルール違反だし、出力も足りず、実体化できない。その上で、戦術のまとまりと確立を考えると、デッキの枚数は最低限に抑えるのがセオリーとされていた。


 だがブルーバベルのデッキは上限目いっぱいの九百九十九枚だった。


 そこから初手五枚を引く。


『弾くウォーター』『グレイトフル洪水』『停止カボチャ』『マザーなる海』そしてレアカード『カンブリア海産物』、この五枚こそ神をも殺せる最終コンボの必須カードだった。


 九百九十九枚の中で、それぞれのカードは一種類につき三枚まで、レアカードは一枚までしか入れられない。


 それが初手で揃っているのはイカさまをしたからだった。


 ファイターはイカさまをしない。埃やルールのためではなく、正規の手順を踏まなければ儀式が成立せず、カードが実体化しないからだった。


 だがブルーバベルは、カードすり替えの技術を極め、手品師顔負けのテクニックにより、儀式さえも騙しとおせるイカさまを体得していた。


 俺ならば神にも勝てたのに、悔しい思いを食いしばりながらコンボをスタートさせる。


『弾くウォーター』結界カードで、置いた場所を中心に一メートルの球形の中へ水属性のカードのモンスターと効果を絶対に内へ入れない。その代わり他の属性が触れれば一撃で割れてしまうメタ用の防御カードだ。


 次に『マザーなる海』、デッキの中にある水属性カードを全て『海フィールド』に書き換える。当然、デッキに残る九百九十四枚のカードは水属性だ。


 そして『グレイトフル洪水』デッキの中にある水属性フィールドカードを全て、つまりは書き換えられた九百九十四枚を場に出す。一瞬にして実体化した圧倒的な海水はレストランの広大なスペースに広がってなお水深一メートルに迫る量だった。だが、事前に使っていた弾くウォーターがそれらを弾き、水中にドームを作っている。


 その中で『停止カボチャ』を使う。実体化したのはただの小さなカボチャに見えるが、これがある限り、新たにデッキからカードを引く必要がなく、引けなくなって負けとなるルールから逃れられる。


 ここまで完璧、あと一枚で終わり、興奮しながらブルーバベルは最後のカード『カンブリア海産物』を発動させた。


 ◇


 突如の大洪水を前にしても、クラクに慌てた様子はなかった。


 ただ知っていたかのように素早く走り出すと、一番手前にあったテーブルの上に飛び乗った。


 それに倣ってテーブルによじ登ったヒニア、なんとか登り終えたと思ったら大波を全身に浴びる。


 べたつく感触、嗅ぎなれた臭い、鼻から口に入ってきた味は、紛れもない海水、それがテーブルに乗ってなお三十センチに届きそうな深さだった。


 そんな風景がフロア全体に広がっていた。


 溢れる海水に、だけども壁際のガラスは割れず、クラクの放った弾丸も硬い音で弾いた。特注性のハリケーングラスだとは聞いていたが、まさかここまで丈夫だとはヒニアも驚きだった。


 お陰で水を逃すことができない。階段やエレベーターの隙間からもさほど漏れ出ている様子もなく、天井の灯りも変わらず明るい。


 どうしたものかとあっけに取られていると、目の前に知ってる三角が、水面から飛び出た。


 黒い背びれ、鮫のシンボル、この近海では見られない肉食魚が、悠々と泳いでいた。


 それが、一つだけではなかった。


 透明度の高い海水の中、揺蕩うテーブルクロスの間を、いつの間にか現れた、様々なモンスターが泳いでいた。


 大小の魚に、貝に蟹、タコにイカ、それとよくわからない生き物に、生き物かもわからない何か、それらに共通するのはどれもが危険そうな見た目であることだった。


 カンブリア海産物、効果は場に出ている水属性フィールドカードの数だけランダムに水属性モンスターを召喚すること。つまり九百九十四体のモンスターが、ここを泳いでいた。


 圧倒的物量、これが神を殺せるといわれたコンボだった。


 そうとは知らないヒニアでも、ここがとても危険だとは気が付いた。


 どうする? ヒニアの本能が告げた答えはじっとして目立たないでいることだった。


 それを不正解だと言わんばかりにクラクは水飛沫を上げて跳ぶ。


 テーブルからテーブルへ、膝に届きそうな水深にも関わらず、それを感じさせない疾走に、水中のモンスターは反応した。


 最初に飛びかかったのはあのサメ、水面ジャンプで牙を向き、丸齧りにかかる。


 これにクラクは抜刀、一刀で下顎と上顎を切り開いた。


 二つに落ちたサメ、その血に興奮したタコが八本足を海上へ、クラクを取り囲むように突き出す。


 これにクラクは発砲、一本を撃ち抜いただけでタコは残り七本を引っ込めた。


 それからも代わる代わる遅いかかるモンスター、だけどもどれもが返り討ちにあって海水に戻る。


 心配なさそう。そう思った矢先、クラクの足が止まった。


 見つめる先は先のテーブル、その下、ヒニアの位置からは角度が悪くてよく見えないが、何か半球状の何かがあるようだった。


 そこへ、立て続けに発砲する。


 響く銃声、跳ねる水柱、だけども水の厚さに銃弾が抜けないのか、半球状に変化はなかった。


 それが敵の正体、察したヒニアを肯定するようにクラクは舌打ちを響かせる。


 銃をしまい、刀を抜くや新たなアジフライのようなモンスターがクラクを襲う。


 これを三枚に難なく下ろすも、その隙にさらなる魚介類がクラクのテーブルを囲っていた。


 それら全てを退きながら水中で刀を振るう。ヒニアの目からもできないことだった。


 フゥ。


 クラクが息を吐き、肩の力を抜いたのがわかった。


 そして刀を手にしたまま、空いてる左手一本で懐からタバコを一本引き出すと、口に咥えて青い炎で煙を上げた。


 大きく紫煙を吸い込むクラク、そして諦めたかのように、天井向けて吐き出した。


 雲のようなタバコの煙、漂って、天井に登るにつれて薄れていった。


 けたたましい警報が鳴り響き、海の広がる室内に雨が降った。


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