セントラル・スクェア3

 公園は酷く荒らされていた。


 木々は押し倒され、ベンチは砕かれ、ごみ箱はひっくり返され、全部まとめて芝生の上でガソリンで燃やされていた。


 立ち昇る炎、汚れる大気、それを囲うゴブリンたちは宴会に狂っていた。


 酒は配送途中の車から、肴は配送途中のドライバーを、飲み、食い、狂い、バカ騒ぎが絶え間なく響いていた。


 彼らに緊張感はない。


 後先など考えられず、ただここで騒げるだけでもう勝利であって、当然のように見張りも警戒も武装もなかった。


 だから、バカ騒ぎの外から何かを投げ込まれても驚きもせず、それが閃光を見に行った一人の頭で、口にライフルの弾倉が詰め込まれていて、綺麗に炎の中に落ちても、笑うだけだった。


 ばぱぱぱぱぱばぱぱぱぱぱぱぱぱぱばばばばば!!!


 同時に複数の破裂音、炎に焙られた火薬が弾けて当たり一面へ金属片が飛び散り降り注ぐ。


 それを境に、バカ騒ぎは終わった。


「おいだれだあんなの放り込んだの!」


 それでも敵襲と気が付けない生き残りに、クラクは容赦なく弾丸をぶち込んだ。


 アーカーアサルトライフル、ゴブリンでなくても両手でなければ扱えない重火器、それを右手と左手、二丁をもって、公園に踏み込み乱射する。


 否、それは全て狙いすませた射撃だった。


 的確に的確に、素早く無駄なくゴブリンたちの命を奪っていく。


「敵だ敵だ!」


 やっと気が付いた賢いゴブリンは顎ごと喉を打ち抜かれ、反応して武器に手を伸ばしたゴブリンは右耳から左耳へと貫通した。


 そして左右三十発、合わせて六十発を撃ち尽くし、熱く煙を上げ始めたライフルをクラクが投げ捨てると、ゴブリンはいなくなっていた。


 いきなりで容赦のない虐殺、焚火に焙られた血なまぐさい臭い、ヒニアは呼吸も忘れていた。


 敵、を相手にして殺し合うなら、手加減なんて不要だし、相手が油断してるならつけ入るべきだ。


 だけど、これは、いくら何でも一方的過ぎた。


 何か恐ろしいことが起こってる。


 そう思えても、ヒニアは何もできず、ただ目の前で新たなアサルトライフルを拾い上げてるクラクを見つめるしかなかった。


 ……そこに、重低音の音楽が近寄って来る。


 公園の向こう、炎の光に負けない煌きは懐中電灯と携帯電話と燃えてる何か、灯りを引き連れ練り歩いてくるのは、大柄ででっぷりと太ったゴブリンの集団だった。


 でっぷりと出た腹、手足にもぜい肉を蓄え、指だけは細い。服は全身にぴったり張り付く黒のボディスーツ、顔にはありったけの顔料を塗りたくり、頭にはカツラを、そこにアクセサリーを乗せられるだけ、それでもヒニアには、彼女らが女たちであるとはすぐにはわからなかった。


 わかる前に、クラクがぶっ放した。


 ばばばぱぱぱ!!!


 ぶぶぶぷぷぷ!!!


 発射音と同じ数だけ遅れて肉に穴が空く音が続く。


 そして片手三十発を撃ち尽くして、倒れたのは最前列に並んだ四人だけだった。


「君ぃ、いきなり失礼じゃないかよ!」


 倒れた四人の影より現れたのはゴブリン、他と比べてもより小さく、だけども黒のシャツに白のスーツ姿の、スマートなゴブリンだった。


「ミニマツ・ザ・ハレム」


 クラクがその名を呼んだ。


 ◇


 ミニマツはゴブリンとしては小柄で、だけども賢かった。


 ただでさえ体の弱いゴブリンの中でより弱い彼は、体ではなく頭で生きぬこうと決心した。


 ただしその情熱は全てエロに傾いていた。


 女性へのアプローチ、ゴブリン文化で人気のある男は、そんなに暴れず、そんなに殴らず、そんなに奪わず、大人しさがポイントだった。


 それを徹底的に研究し、他種族の男からも教えを乞い、場末のバーで下っ端をしながら磨いたトーク力で、ミニマツはいかなる女ゴブリンでも口説き落とせるナンパ師となった。


 一流のヒモとなった後も研究は怠らず、ホストの存在を知ってから転職するのに迷いもなかった。


 そして、自分好みの大柄ぽっちゃりで固めたハーレムは、ホスト云々のレベルを超えた一大集団となっていた。


 そんなミニマツはより多くの女を手に入れるため、そして武装ゴブリン難民戦団はおこぼれで良いから女を貰うため、協力関係となった。


 そしていつの間にか、団をまとめる団長へと上り詰めていた。


 ……ここまで流れてきた理由は一つ、セレブなゴブリンを口説き落とすためだった。


 ◇


 ミニマツは足元に転がる亡骸に目も落とさず、一言命じる。


「片付けてください」


 控える女たちは速やかに従った。


 彼好みの大柄なゴブリンたちはまた前に立って肉壁となり、好みに届かない小柄なゴブリンたちは左右へ散会し、クラクへと襲来する。


 その胸にあるのは愛、例えわずかな可能性でも、ミニマツの寵愛を受けられる可能性があるならば文字通り命を懸けて実行する。狂愛がその身を走らせていた。


 そんなものに興味のないクラクは迷わず発砲する。


 しかし、小柄な的が走るのを左右で当てるのは流石に難しく、撃ち漏らし撃ち漏らし、どんどんと距離を詰められ、そして一人、接近を許してしまった。


 両手の銃口の間、懐に潜り込めたゴブリンはにやりと笑う。


 が、次の瞬間跳ね飛ばされた。


 クラクの前蹴り、引く動作無しの前に出しただけの動きで、小柄ながら一人のゴブリンを、宙高く蹴り上げていた。


 カチリ、と音をクラクは聞いた。


 そして蹴られたゴブリンが弾け飛んだ。


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