State of the Artistic Murder

imstiparo

Cloud Murdering

第1話 Cloud Murdering スタートアップ

「この中で先の期間にこの現場に行った人は挙手願います!」

 佐伯巡査は声を張った。


 少し古びており殺風景な会議室で問いかけると驚くことにその場にいた皆が躊躇なく手をあげた。見渡すのに時間はかかったが、確かに全員だった。


「そんな……」

 巡査部長の柳田は唖然とした。 声にもならない声でそう呟いた。


「本当に全員が7/10から7/14の間に行ったんだな!」

 もう一度念を押して今度は柳田は確認をする。


 皆が今度は手をあげるのではなく、各々が静かに頷く。


「困ったな……本当にこんなにいるのか……」


 先ほど手をあげたざっと百数十人が次に何をするのだろうと柳田の方を見ている。


「一人づつ聞いて回りますかね」巡査の佐伯は引きつった顔をしながら尋ねる。


「念のためにな。とりあえず今日は簡単でいい」


 柳田と佐伯は時計を見て悩んだものの、諦めて一人一人話を簡単に聞くこととした。


 ――


 少し前8月中旬、廃墟に近しいような山中の施設から遺体が発見された。

 損傷が激しく身元が割れるのも時間がかかっている。


 そこは人があまり立ち入らない地域であったが、

 なぜか一時期人をよく見かけるようになったと一部の近隣住人の間で話題になっていたそうだ。 近辺を通る路線は、人が全く乗らない日もあるくらいなのに、その期間は人が散見されたという。


 その動きが気になっていた地元の住民が来訪者がパタリと来なくなってから1ヶ月ほど経った後に、近辺を捜索し始めた。すると廃墟の中に突貫で作られたような櫓や様々な工具が置かれている場所を見つけたのだ。初めは特に違和感がなく、ただその櫓を作っていたのかと納得して見て回っていたが、最近の豪雨で土の一部が流れ出たためだろうか大分崩れかかっていた。妙にその部分のみ土壌が弱くなっていたようで住民は気になったそうだ。その崩れた部分を覗き込んだところ、複雑な構造をした櫓の下から白骨化した死体が垣間見えているのを発見した。急いで通報し捜査へと至る。


 捜査を開始して間も無く、来訪者の一人に接触できた。その来訪者に事情を伺ったところ、どうやら最近できた完全匿名クラウドソーシングサービスを通した依頼を受けて来たと言う。依頼内容は先の現場で組み立てや切削などの肉体労働作業をさせられたとのこと。その話を元に同様な依頼を洗い出しそれらの仕事の受注者に今回は集まってもらったというのが今回の背景である。彼らは2~3万円ほどの額を提示されており、通常の日給よりは比較的高いために多くの受注者が飛びついた形だ。


 死体の状況からは、まだ詳細は分かっていないものの、明らかに多数の外傷が骨まで届いていた。


 ――


 柳田と佐伯が簡単な聞き込みが終わった後、時刻は既に22時を回っていた。特によい手がかりはなく、新しい情報と言えば彼らは基本的に複数人が同じような時間に作業させられていたことくらいだ。また彼らはお互いのことを全く知らない様子だし、当日争ったという話も特になかったらしい。


 佐伯巡査は、淹れたてのコーヒーをすすりながら、柳田巡査部長に問いかける。


「どう思いますか。この事件」


「まだなんとも言えない。依頼されている内容にもちろん殺人などなかったからな」

 考えこんだ顔をしながら柳田が答える。


「わざわざ目撃者を増やしたんでしょうか」

 コーヒーを置いて柳田の横の机に半分腰掛けながら佐伯は再度尋ねる。


「どうだろうな。何か特別な事情があるのかもしれないが、

 わざわざ人目の少ないところで目撃者を気にする必要があるのだろうか」


「そりゃ、そうですよね。

 それよりは、被害者をこの山に働かせる名目で誘き出したとか」


「それは一理あるかもしれない」

 柳田はそう言って、自身のコーヒーの映り込みを見つめながら考え始めた。

 いつの間にか佐伯はその場を離れていた。


 柳田は全体がどうなっているのかを頭の中で整理しようとしたが、

 やはりどうも情報が足りないと感じていた。被害者がどういう人物だったのか、その人脈はどうなっていたのか、この労働と関係があったのか。

 とりあえず各個人の作業内容が辻褄が合うか確認するとか、実際に依頼された文章を確認するとかから始めようかと考え始めていた。


 半ば諦めてたところ、しばらくして、コーヒーを淹れ直してきた佐伯巡査が戻ってきた。佐伯巡査は何か言いたげな風だ。


「思ったんですけど、この人数いて誰も殺しを目撃していないの

 やっぱり不思議じゃないですかね。

 これだけの人数いたら一人くらい気付く気がしますけど。」


「そうなんだよ。誰も気づいていないんだ」 柳田は珍しく同意する。


「誰もいない時間にやったとか?」


「そうだったらなんのためにこの人数呼んでるんだ?」


「そうなんですよ。それが疑問ですよね。

 欲しいんですよ。たぶん犯人はこの状況が。」

 少しうっすら笑みを浮かべたような顔で佐伯は言う。


「お前は誘導しているのか?」


「いやいやまさか。私も今同時に考えていますよ」

 佐伯は今回は思いっきり微笑んだ顔を見せる。


「もしかしたらミスリードかもしれないぞ。

 昼間にやってるはずがないとこちらに思わせて、夜やっているというのも」


「それを疑い続けたらキリがないですが、そうですねぇ。一つ反論するとすれば、夜に足元も険しい中この山奥まで人を運ぶまたは連れてくるのは結構難しくないですか?とか」


「それは……」

 柳田は言葉に詰まった。言い返そうと思えばいくらでもできそうではある。だが、どうも柳田にもしっくり来ていなかった。


「それでは、まぁ時間帯をずらして行っていたことは一旦置いておいて、

 時間帯を同じにしていたときのことを考えてみます」


 佐伯は間をおいてから続けた。


「誰も気づかずに殺人があったと疑われるときに、可能性は二つあります。"本当に気づかれないように殺人を行ったか" または "殺人が行われなかったか" です」


「流石に後者はおかしいだろう。現に死体が上がっている」

 回りくどい言い方に嫌気がさし、柳田はやや強い言い方になった。


「そうです。上がってるんです。

 そこで今私は思いました。

  ―― 本当は誰も殺していなんじゃないか

 ってね」


 佐伯巡査は慎重にそう言う。


「どう言う意味だ。さっきと言っていることが全く変わらんぞ。事故ということか?」


「いえ、そうではありません。そしたら皆がその場で気づくでしょう。

 誰も気づかずに殺人が行われたということは、それは

 ―― つまり、ってことではないかと

 」


 柳田は黙ってしまった。強張っていた顔が少しばかり緩んだが、どちらかと言えば不安そうな顔になっていた。柳田はそこから考えられる全体像を思い描いてしまっていた。


「つまり、この今回の発注された工程はつなぎ合わせると、……なのか」 柳田は息を飲みながらそうつぶやいた。


 しばらくしてふと我に帰り、冷めたコーヒーを一気に口に流し込んだ。

 時刻はいつの間にか深夜の0時になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る