エルサベネットの事情②

蒼星は少し身じろいだが、感情を押し殺す様に話す彼女の想いを聞き漏らすまいと少し居直って言葉を待った。


「・・・でも、私には分からないの、あの男・・・おじさまがなぜそんな事をしたのか」

「えっどういう事ですか?」


 続く言葉の以外さに、蒼星は身を乗り出して聞いた。


「この村は、戦時中の一時期だけエルサドル公国の占領下だった事がありました、そしてその時この村を掌握していた将軍が、ドラグニア・ラルスだったのです」


 エルサは、手持無沙汰にテーブルの淵をなぞりながら、思い出す様に話を続けた。


「建国間もない頃のドリアードは、まだ地方への流通の整備等が行われておらず、今でこそ普通の生活を送る事が出来ているこの村もかなり貧しい状態でした、明日食べる事もままならないこの村で、私の父は村長をしていて、毎日村人の為に必死で働いていました、


 そんな最中、敵国のエルサドル公国が攻めてきてあっという間にこの村を包囲すると、すぐさま降伏勧告を出し、誰の血も流すこと無くこの村は公国の占領下となりました」


 ゴクンッ。


 蒼星は何も言う事が出来ず、只この話の結末が不幸な物になる事への不安で押しつぶされそうになっていた。


「あ、すみません私ったら! 今何か飲み物を持ってきますね」

「あ、いえ、お気遣いなく・・・ふぅ」


 蒼星は、あまりの気疲れで一気に年を取ったような感覚に襲われた。


 それにしても、ここまでの彼女の話を聞く限り、やはりドラグニアは蒼星がエウレーネ塔で見たヴィジョン通りの人格者で、いったい何がどうなって彼が大量殺人を行ったのかが益々分からなくなっていた。


「お待たせしました、コーヒーで良かったですか?」

「あ、ありがとうございます」


 エルサは台所から可愛らしいマグカップを二つ持ち席に戻ると、暖かそうな湯気の立つコーヒーをそっと蒼星の前に置いた。


「はぁ、あったかい、です」

「ふふっ♪ 良かった・・・じゃあ、続きを話しますね?」

「・・・はい」


 彼女は、一瞬だけ上機嫌に笑うと、また先ほどの真剣な面持ちで話し始めた。


「そして、ドラグニアは占領したこの村に対して本来兵站に使われるはずの小麦や野菜、飲み水等を与え、村人たちに野菜の作り方や家畜の育て方等を教え、この村が自給自足でやっていける様にと色々と心を砕いて下さいました、


 村長である私の父とも打ち解け、私に対してもまるで自分の子に接する様に優しくしてくださいました・・・それなのに」


 彼女はふぅっ! と一呼吸置くと、蒼星を真っ直ぐに見て続けた。


「公国の占領下になり一年が経ち、この村の運営もかなり軌道に乗ってきたある日、おじさまが血相を抱えて我が家に飛び込んできました、


 そして父とかなりの温度で口論をし、その次の日には、この村はドラグニア大隊の手により火の海になりました」


「なんでっ、ドラグニアとこの村の人達は上手くいってたんじゃないんですか? なんでそんな急に」


「わかりません・・・昨日まで友人の様に語り明かしていた兵士達が、その日突然村を襲い、村人の多くを殺害し・・・火を放ちました」


 エルサは今にも泣きだしそうな表情を浮かべると、何かをこらえるように続けた。


「あの日おじさまは父に何を話しに来たのか、私はそれが知りたいのです、あんなに優しかったおじさまが、なぜこの村の人々を襲ったのか・・・なぜっ」


 エルサは言葉に詰まると、テーブル突っ伏し静かに肩を震わせた。

 蒼星はしばらくその場に立ち尽くしていたが、意を決して口を開いた。


「エルサ、俺と一緒にエルサドルへ行こう」

「・・・へっ?」


 顔を上げた彼女の面くらった表情があまりにも面白くて、蒼星は落ち着こうと口に含んだコーヒーを盛大にぶちまけてしまった。


「・・・ちょっと」

「はい、すみません」


 文句を言いながら机を拭くエルサは、なんだか少しだけ嬉しそうに見えた。

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