第二十一話 「封印術士・禁后小鳥」

「あやかし悪霊怨霊怪異、妄念邪念すだま──おとろしかねぇ、おとろしかぁ。そいけん、希望なんて手放してしまえばよろしいわ。そーしたら絶望さんが真綿になって。御主おんしら全員、に包んでくれるきに。諦めんね、諦めんねぇ」


 しゃがれた声が甘く、厭に艶っぽく笑う。


 古く格式高い日本家屋の大広間。

 この村に着くなり、謎のに身柄を抑えられた一行は、この大広間に投げ込まれていた。

 折り重なるようにして四人が視線を向ける先──上座に、小さな影が腰掛けていた。


 背中の曲がった、ニヤケ面の着物の老婆。

 眼は白く濁っており、不気味に歪んでいる。


「おいおいおいクソババア! こいつはどういう了見だ!?」


 真っ先に噛みついたのは、当然のごとく保だった。

 彼はヒグマのような顔を真っ赤に紅潮させ、唾をまき散らしながら怒鳴りつける。

 しかし、老婆はそれに応じることもなく、ニタニタとこちらを見つめている。


 誰を見ているのだろう?

 自分たちを。

 或いは、誰かひとりを?


「この──」

「諦めない、ゼッタイ」


 保がさらなる怒りを重ねようとしたところに。

 希歌が、確と言葉を発した。


「諦めないよ、おばあちゃん。あたしは──あたしたちは、こんなちっちゃなことで、人生を棄てたりしない。だってみんな、夢があるもん」

「夢けぇ?」

「そう、あたしは最高の女優になりたい。田所ちゃんはカメラマンとして大成したい。カトーさんは借金を返したくて」

「黛ぃー」

「情けない声出さないでよカトーさん。そして、風太くんは、みんなを笑顔にしたい。だから──諦めない」


 キッと眦を決し、老婆と相対する希歌。

 老婆の盲しいた瞳が興味深そうに歪められ。

 一転して、楽しそうにコロコロと笑い声を上げた。


「よか、よか娘さんじゃ。そうよぉ、希望ってもんはねぇ。いっぺん手放したら、二度とは掴めぬものじゃけねぇ。ほんに頭のよか娘さんじゃ」


 感心したようにこくりこくりと頷く老婆は、ゆっくりと口を開く。


「さぁて、まだ名乗ってもおらんじゃったけぇの。ばあの名前は、禁后きんごう小鳥ことり。この箱屋敷で、代々〝おはこさま〟ば守る、箱憑きの家系。いまは小鳥刀自なんて呼ばれちょるがねぇ」

「大事なのはあんたの名前とかじゃねぇんだよ。俺たちは助かるのか助からねぇのか、どっちなんだクソババア!」


 歯を剥き出しにして敵意をぶつける保に、老婆は、


「わからんにゃぁ」


 あっさりと判断を投げる。

 唖然とする保に、小鳥刀自は嫌らしい表情で笑う。


「ばあにもわからんはことはあるよ。なにせ、この眼じゃしな。ふぉっふぉっ」


 そう言って彼女は自分の両目を指差すが。

 いやいや、ちっとも笑えない。


「冗句、小粋な刀自冗句でよ。しかし──」


 解ることもあると、彼女は言う。


「たとえば御主おんし御主おんしは、比べればそれほど火急ではなか」


 保、所在の順番で指差しながら、老婆はいう。


「取り憑いとるモンが、その祟りが、枝葉末節やけんじゃ」

「しよう……なんだ?」

「枝に葉っぱに根っこの端っこ。つまりは取るに足りない、怪異の端っこが、たまたま絡みついておるだけじゃ。そっちの……写真機……」

「カメラだ、カメラ」

「そう、〝かめら〟を持ったんなんて、その枝葉もほとんど吐き出してしまっちょるけんねぇ」


 プロである所在のカメラが揺れる。

 動揺も露わに、保を映すと、保は何かを思い出したように手を叩いた。


「あ、あれだ! 躯劾のおっちゃんが、田所の背中を叩いただろ、あんときにバケモンが身体から抜けたんだ」

「え、待って? じゃあ、躯劾さんはニセモノの霊能力者じゃなかたってこと?」

「そりゃあ黛、そういうことになるだろ。てゆーか、ずるくねーか、田所の分際で!」

「そりゃあないっすよ、保さん……」


 喧々囂々けんけんごうごうの口論に発展しそうなところで、老婆が口を挟んだ。


「……ばあには、ぜんぶの事情は、わからんがねぇ──ただ、お嬢ちゃんに取り憑いとるもんは、尋常のものではないよ。お嬢ちゃんは、かなり祟られちょる」


 ……なに?


「ふかぁい、深い、底なしの穴みたいな真っ黒いところから。細長ぁいなにかが伸び出して、鎌首ばもたげちょる。こりゃあ、躯劾には荷が重かろうなぁ。川屋の華子ちゃんならともかく、あの坊主じゃ本質も見誤ろう。ばあのこの眼じゃから、なんとか視えるのよぉ」

「おばあちゃんの目は」


 希歌が恐る恐る訊ねれば、老婆はにっこりと笑う。


「気にせんでええよ。生まれつきじゃもんて。箱憑きの家には、必ず生まれるのさ。開かない箱の中身を見るための、この世ならざるものば視える人間がねぇ。さあ、ついておいでー」


 そう言って、老婆が立ち上がる。

 曲がった腰を叩きながら、彼女は歩き出す。


「あとくされがなかごと、このばあが、全員助けてやるからねぇ」


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