第八話 「オカルト体当たり系ゴスロリユアチューバー」

 徒歩一時間圏内に、コンビニなんてものがないような。

 そこは寂れた街の一角。

 閑静とは言い難い住宅地に建つ一軒家だった。


 保はぶっつけ本番とは言ったものの、その家──表札は出ていないが金泥かなさこ家という──にいきなり押しかけるのではなく、周囲の住民達への聞き込みから、収録が始まった。


「画面の向こうの皆さん、オドロにちわ! オカルト体当たり系ゴスロリユアチューバー、黛希歌です! 今日は噂の都市伝説、泥泪サマの真実を確かめに来ました。それじゃあ、まずは泥泪サマに関わって、お子さんが失踪した人の情報を集めていくね」


 一通り現状説明を行うと、希歌は近くの民家へと歩み寄り、インターホンを鳴らした。


「スミマセン。お隣さん──金泥さんについてお尋ねしたいのですが」

『金泥さん、ですか? 失礼ですが、あなたがたは……』


 隣のお宅に、インターフォン越しに話を聞く。

 希歌が、すかさず番組の趣旨を説明する。


「あたしたちは■■プロダクションのスタッフでして。このたび、過去の失踪事件を特集する番組を制作することになっていてですね。それで、金泥さんの娘さんが以前行方不明になったことについて、お話を聞かせてもらえれば──と」

『あー、あの事件……』


 希歌は保をチラリと見る。

 カメラを回す所在の横に待機している彼は、掌を開いて「五本まで」と指示を飛ばす。

 希歌は頷き、


「もちろん、少しですが謝礼を」


 と、ドアカメラの方に、手で隠した数字を見せた。


『あ、え? いやぁ、そんなつもりじゃ、無いんですが……ここだけの話ですよ?』


 急に態度の変わったお隣さんは、意気揚々と話を始めた。


「だいたい人ってのはおしゃべりなもんなのさ。金銭なんて、きっかけに過ぎねーのよ」


 保が真面目な表情で呟く。


『金泥さんは、早くに旦那さんを亡くしちゃって、それからお子さん──Kちゃん? 違うわ、みおちゃんを──女手一つで育ててきたのよ。だけど、あの騒動で澪ちゃんは失踪しちゃったじゃない? もう、十年以上前になるかしらねぇ……それからおかしくなっちゃって』

「あの騒動というと?」

『同級生が不審死したのよ。なんでも、グランドで溺死したそうなんだけど……怖い話よねぇ? それで、金泥さんおかしくなっちゃって──ほら、うちすぐ隣でしょ? だから聞こえるのよ』


 聞こえる?


『奇声……とはちがうのよね。なんかねぇ、お経みたいなのを大声で叫ぶの。あと、庭から腐ったみたいな臭いがして、見に行ったら……』

「見に行ったら、どうでしたか?」

『烏がいっぱい集まっていて、おサカナだと思うのね』


 魚?


『そう、魚の内臓! なんだかドロドロした液体が庭中にまいてあって。こう、一面にべとーって!』


 そりゃあ、最初はかわいそうだなぁと思っていたけれどと、お隣さんは愚痴をこぼす。


『そんなにいろいろ、恐いことされるとねぇ。変な宗教のひとが訪ねてきたりするし……最近は奇行もおさまってきたんだけど、かわりに、なきごえが聞こえるのよ』

「鳴き声、ですか?」

『なんて言うのかしらねぇ。ネコみたいな、ナー、ナーっていう……。家からもぜんぜん出てこないでしょう? そりゃあお隣同士だし、気になって様子を見に行ったりするのよ? でも門前払い。インターホンには出てくれるけど、顔は出さないし。最後に姿のを見たのだって、ひとつき近く前で……あらやだ』


 そこで、お隣さんは急に声を跳ね上げた。

 ゴトゴトと、家の中から物音が響き、小さな悲鳴のようなものもあがる。


『大丈夫ですか? どうかされましたか?』


 希歌が声をかけるが、しばらくは反応もなく。

 やがて。


『ご、ごめんなさい。澪ちゃんの妹の話とかもしたかったけれど、ちょっと用事があるのを思い出しちゃったわ、これっきりにさせてちょうだい』

「え? 妹さんがいらしたのですか?」

『終わり、とにかく終わりよ。これ以上は話せないから』


 と、一方的に会話の終わりを切り出されてしまった。

 希歌は保と顔を見合わせ、仕方なく首を振る。保も、是非もないという顔で了承を示した。


「……解りました。それでは、お礼の方ですが、口座の番号を教えていただければ振り込みますが」

『え? そういうものなの? 小切手とか切ってくれるんじゃなくて?』


 希歌が露骨に表情を歪めたのが解った。


「最近は、使途不明金に厳しくてですね」

『あー、じゃあ──』

「はい。はい、わかりました。ありがとうございます。また何かありましたら、こちらの番号の加藤保まで──はい、重ね重ねありがとうございます」


 丁寧に丁寧に言葉を重ね、希歌は取材を切り上げる。

 玄関先から戻ってきた彼女はカメラが回っていることを意識しつつ、それでも自分と保に苦々しい表情を向けた。


「どうする?」

「どーするもこーするもよ、突撃だろ。突撃」

「でもカトーさん、絶対ヤバイ人でしょ、この金泥ってひと。お経とか聞こえるって、宗教のひとじゃん」

「ヤバけりゃ再生数が稼げるだろうが。エクスタシィ、足りてるぞ」

「うへぇ……宗教家の相手は女優の仕事じゃないって……ホンにも書いてないし」


 辟易と顔をしかめる希歌。

 すこしだけ自分は考え、


「希歌さん」

「なに?」

「耳にゴミがついてるから、動かないで」

「え? マジ?」


 身じろぎする彼女の、ヘッドドレスの裏へと手を伸ばし。

 引き戻して、その手を開いて見せた。


 ぽん、と。自分の手の中に、ペットボトルが姿を現す。


「────」

「およよ? 希歌さん、耳にペットボトルがついてたよ?」

「そんなわけ無いでしょ」

「だとしても、まあ一服して。落ち着いて」


 その間に、自分が保と話をしよう。


 そんなふうに視線を向ければ、彼女は渋々といった様子でペットボトルを受け取ってくれる。

 所在と希歌を残し、少し離れたところに保を連れ出せば、彼はあからさまに不機嫌そうになっていた。


「どうしましたか?」

「どーもしねーよ、このええかっこしい」

「……? 次の取材、その金泥って人にするのでしょう? ぼくにやらせてくれませんか」

「なんでおまえに」

「逆に、問題が?」

「ある。大アリだぜ」


 いーっと歯を見せる保。


「いいか? この動画を見てるヤツの目的は、美人ゴスロリ女優が、わけのわからんオカルトに体当たりで挑戦し、あられもない姿をさらすことだ。間違っても、化粧もしてないピエロじゃねーのよ」

「ぼくはピエロではなくて、クラウンです。涙のメイクはしていません」

「どっちでもいいンだよ、そんなのは」


 とはいえ、彼の言うことにも一理あった。

 お客が求めていないものを提示する、というのは商売としては最善ではない。

 けれど、本当にいま必要なのは頑張る希歌の姿だろうか?


「なにが言いてぇ?」

「再生数がほしいのなら──それこそ、ヤバい本人を視聴者は見たいのではないですか?」

「…………」

「希歌さんは確かにプロです。けれど、人の心を理解するプロじゃない。お色気は武器ですが、この場面でそれが必要になるでしょうか?」

「……センセーなら、金泥なにがしを引きずり出せるって、そー言いてぇワケか? 隣人にも顔を見せないような、偏屈を?」


 確約はできないが。

 でも、やってみないとわからない。


「はっ! とんだハッタリだぜ、そいつは! けどよ──」


 彼はチラリと、疲弊した顔で水を飲む希歌を見つめ。


「花屋敷大先生の太鼓判だしなぁ」


 強がったように、笑う。


「まあ、いっちょやってみるか」

「ありがとうございます。必ずチャンスをものにしてみせます」


 大丈夫。

 意外と自分は、勝負強い方だ。


「へっ、礼を言われることじゃねぇよ。苦労するのはセンセーだしな。おーい、黛! 予定変更だ!」


 希歌を呼び寄せ、かいつまんで事情を説明し。

 そして。


「初めまして、金泥さん。ぼくは、■■プロダクションの橘風太。大切な話をしにきました──あなたの娘さんについてです」


 古びた家屋。

 築三十年ほどだろうか?

 あらゆる窓は閉め切られ、カーテンが深く光を閉ざしている。

 内部の様子はまったく窺えないが、お隣さんの言うとおり、ナニカの腐ったような生臭さだけが、ときおり漂ってくる。


 金泥邸。

 そのチャイムを鳴らし、インターホンに話しかける。


「新たな事実が判明したのです。だから、お子さんの行方について、詳しく話を──」


 子を失った母親が、その話題を出されて沈黙するとは考えがたい。

 あまり褒められた話術ではないけれど、相手を揺さぶるには、不安になる言葉を投げつけ、その上で救いの手を差し伸べるのが一番効果的だ。

 しかし──


「…………」


 返ってくるのは、沈黙。

 真っ暗闇にノックをしたような、手応えのなさ。


 保、希歌と顔を見合わせ。

 これはダメかと、もう一度チャイムを押そうとしたとき。


 ガチャリ……と、扉が開き。


 暗闇から、淀んだ片目と闇黒と。

 異常なほど赤い唇が、金切り声を叫んだ。


「この──人殺しが……ッ!!」

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