地球人を食い物にする男

第16話 センチメンタルになって更生を促す

 ニググゲという町に着いた。

 酪農を含めた農業の盛んだったリジャムハの村とは異なって、多様な商売が営まれていた。

 工房があり、大きな賭博場があり、商人が構えた店も多い。

 それがここを町たらしめている。

 空気も風景も全く違うが、建物が立ち並んだ場所に来たためか俺は故郷を思い出した。

 東京に出る前に俺が暮らしていた場所も、都市と言えるほど栄えてはいなかったが、背の低い建物に満ちた町だった。

 流行の店は無く、チェーン店ばかり。

 電車に乗り損ねると、次が来るまで十分以上は待たされる。

 そういえば図書館も小さくて、小学生の時は目当ての本が無くてよく困ったものだった。


「ここにも図書館ってあるのかな」


 とアカリに聞いてみる。

 最近の俺は、わからないことがあったらなんでもアカリだ。


「本屋ですか? どこかにあるんじゃないですか?」


 さっぱりわからん、という顔をアカリはしていた。

 考えてみれば、村から出たことのないアカリにとっても既に知識の外の世界にいるわけだ。

 そう詳しいわけじゃない。


「本屋か。うん、探してみるか」


「意外と読書家?」


 それは馬鹿っぽく見えるってことだろうか。

 心外だが、良いとは言えない。

 本だってろくに読まない生涯を送ってきた。


「この世界の知識があまりにも足らないから、普段読まない本にもすがりたくなったのさ」


 三人組のことはシシキさんに任せる。

 シシキさんが引き受けると言ってくれたのだ。

 俺たちとしてもこういうトラブル対応の仕方なんて全く知らないから、やってもらう他ない。

 よろしく頼んで、俺たちは本屋を探してみた。

 道に少し迷った。

 入り口で案内図を配ってくれたらいいのに、なんてテーマパークを訪れたみたいな考え方をしながら探して、結局はアカリが商店の人に道を尋ねて見つけてくれた。


 売られている本はどれも、食べ物と比べると非常に高かった。

 どうして高いのだろうと思いながら、一冊を手に取って開いてみると、そこには手書きの文字があった。


「そうか、印刷じゃねえのか」


「そういうのはありませんよ」


 とアカリが言った。


「む。印刷を知っているのか?」


「知りませんけど、見当はつきます。とっても便利なものなんでしょ」


 アカリは勝ち誇った顔をした。

 物凄く見下されたみたいで悔しい気持ちになる。

 まだこっちに来てから日は浅いが、いい加減に順応しなくてはならない。

 いちいち異文化に驚く地球人ってアカリに馬鹿にされたくはない。


 アカリには聞かずに自分の力だけで、本が高い理由を改めて考えてみる。


 機械で印刷するような技術は無い。

 それはここに売られている本を見て明白だ。

 手書きで写しているのだ。

 しかし手書きとなると、人によって癖があって読みにくかったりもするのだが、ここに売られている本を作った写し主は非常に丁寧な字を書いている。

 丁寧で読みやすい字を書けることは大切だ。

 字が雑で読めない写し本なんて客足を遠のけてしまう。

 それに加えて、ある程度の速さは求められる。

 充実した品揃えは客を呼んでくれる。

 それを維持するためのスピードなり人員なりが必要だ。

 すなわち、識字者であれば誰でもできる仕事ってわけでもないのだ。

 意外と技術とか、才覚とかが必要とされる。

 優秀な人間には高い給料を払わないと、やる気を失われてしまったり別のところに引き抜かれてしまったりする。

 だから本の単価も高くしないと商売として成り立たない。

 そんなところだろうか?


「写し本屋さんも苦労が多いんだなあ」


 うんうんと納得していると、アカリが一冊の本を持ってきた。


「見てください。これ、私の家にもあった本ですよ。小さい頃、お母様がよくこの本からお話を聞かせてくださいました」


 タイトルを見るに、口承で伝わる各地の物語を集めて文字に記した本であるらしい。


「どういう話が載っているんだ?」


「ヨールヨールという昔に暗躍した盗賊の物語や、王者のカードを創造した巫女の子供時代の活躍を描いた物語……他にもいっぱい載っています。各地でイェン・ジェリカ様が起こした奇跡もありますよ」


「ヨールヨールはいいけど、王者のカードを作った巫女っていうのは気になるな」


 俺に直接的に関係のある話だ。

 自分に関係のある部分からこの世界について学ぶ方が、気も乗りそうだ。


「えー。ヨールヨールの物語も面白いですよ。その類まれなる能力で貴族たちを出し抜いて盗みを働く、天才ヨールヨール。だけどその栄光は永遠には続かず、やがて傍若無人な犯罪の罰を受けることになるんです」


 アカリはその話がかなり気に入っているのか、こっちの興味が付いてこないのに構わずあらすじを話す。


「その最期は凄惨で、今まで重ねてきた罪に対する罰が余さず降りかかってくるかのように酷い目に遭うんですね。悪事を働けば重い罰が与えられ、その身を滅ぼすことになる。そういう深い教訓がこもっているんです」


「へえ」


 泥棒だから釜茹でにでもされたのかな。

 最後までそのくらいの興味しかわかなかった。

 俺は巫女の本を探して、アカリが持ってきた本と共に購入した。



 三人組に下された裁きは随分と雑なものだった。

 町の外で起きた事件であること。

 危害を加えようとした側が返り討ちにあって負傷していて、しかも犯行は全くの失敗に終わっていること。

 そして三人組は自分たちの罪を認めていること。

 それらのことが理由になって、裁判らしい裁判もおこなわれずに処罰が決まった。

 いくらかの罰金。

 加えて、三人組が所有していた商売品の没収。


 没収された品々は町の広場で安売りされ、そのついでに安売りの場で三人組は見せしめにされていた。

 あんたたちが馬鹿なことをしたおかげで生活が助かるねえ。

 なんて嫌味を言いながら、町の人たちは安売り品を買っていく。

 その売上は行政のお小遣いとなるらしい。


 俺のその場に行こうとしたら、アカリに止められた。


「いや、やめておきましょうよ。嫌味でも言いに行くおつもりですか?」


「嫌味じゃないんだけどさ。俺たちがなにか、彼らに声をかけてやるべきなんじゃないかなって思って」


「刺激したら、また面倒事の火種になるでしょ」


 アカリは凄く嫌そうにしている。

 頼み込んでも付いてきてはくれない感じだ。

 罪人にわざわざ近付く道理がないのはもっともだ。

 だけど俺は、彼らになにかしてやりたいという気持ちが強くなってしまっていた。


「少し話してくるだけだから。嫌味とかは絶対に言わないし、俺一人でいいから。だから行かせてくれ」


「少しだけですよ」


 渋々とアカリは許可を出してくれる。

 アカリの気が変わらぬうちに俺は駆け足気味で売り場に行き、安売りに魅了された人混みをかき分けて奥へ入っていく。

 特別欲しい物などないのだけれども日持ちしそうな食糧を買い、三人組のうちの無傷で済んだ男に話しかけた。

 その男が、俺のいる位置からは一番近かったからだ。


「よう」


「あっ……」


 男はすまなそうな顔をして、うつむいた。


「あのさ、俺のいた国ではさ、とんでもない事件を起こしたやつが数年で牢屋から出てくることもあるんだ。更生して、社会に戻れって方針さ。でも、どうしてあんな悪人が数年で日の光を浴びられるんだ、って怒りがわくこともあるよ」


 買い物が終わったならどけという、町のおばさんたちの肉体的圧力を受けながらも、俺は彼に喋った。

 彼に喋りたいと思ったことを全部言わなければ、俺の心がすっきりしなかった。

 それはとても不思議な気分だった。

 捕まっているのは彼らなのに、俺もなにかから解放されたがっていた。


「本当に更生なんてできるのかって疑う気持ちも凄くある。だけど、俺はあんたらが堂々と日の光を浴びられる生き方をしてくれたら、それはとても嬉しい。いつか気持ち良く再会できる日が来ることを願っている。自分でもよくわからんが、そんな気持ちなんだ」


 返事はしてこない。

 だけど聞いてくれてはいるという手応えはあって、俺は話し続けた。


「だからさ、俺の願いを叶えてくれよな。よろしく頼む。また会おう」


 無傷の男はうつむいたままで、だけど小さくうなずいた。

 その小さな動きを見て、俺は許された気分になった。

 いい加減周りの視線も厳しくなってきたので、俺は退散した。


「結構長かったですよ」


 遠巻きに見ていたアカリに嫌味を言われてしまう。

 そしてシシキさんたちも来ていた。


「この程度の罰で済むのはラッキーだったよ」


 とシシキさんは言った。

 本来はもっと重い罰を受けるそうだ。

 軽くなったのは、シシキさんの口添えもあったのかもしれなかった。


「ありがとうございました」


 俺はシシキさんに礼を言った。

 シシキさんは、別になにもしていないと謙遜する。


 そうやって俺が彼らのことを気にするのが、アカリには信じられないようだった。


「コウさんは甘いですよ。ニホンってそういう国なんですか?」


「いいや、俺は日本の法律より甘いな」


「そうですか。コウさんのその甘いところ、危ういって感じます」


「うん」


 少し自覚するところではある。

 俺みたいな考えで法律が作られていたら、その甘さに付け込んで悪事を働くやつはごまんと出てくる。

 この調子でいればいずれ痛い目は見る。

 はたして俺は、痛い目を見る前に甘さを消せるだろうか。

 それとも痛い目を見ても懲りずに同じことを繰り返すのか。

 こういうことをうだうだと考えている人間って、きっと懲りずに変わらないタイプなんだろうな、と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る