サイドステップストーリー

盛田雄介

第1話 佐野歩

 紅葉が彩るこの季節に、今年の猛暑は名残惜しそうにまだ居座る。

幼い頃の記憶にある10月と言えば、鈴虫の音色に身を任せ、少し冷たい風を感じる穏やかな時期であった。

どうやら、皆で必死に食い止めている地球温暖化は、その努力の甲斐虚しく、俺と共に成長を続けている様だ。


しかし、タオルでこの汗を拭うのは温暖化のせいだけではない。

普段は退屈な高校もこの三日間になると一層輝きを増し、生徒達は遅刻という概念を忘れ、元気よく登校してくる。


朝礼が終わるや否や、皆各々のクラスやグループに分かれて準備に取り掛かる。

教室をお化け屋敷風に模様替えするクラス、焼き鳥の仕込みをするクラス、バンド演奏の練習を始めるグループ。


そんな中、雑用係に選ばれた俺は、校門前に建てる巨大なアーケードを造る係となった。

アーケードは全て木造で全長4メートルを予定。色は灰色ベースに塗装し、今はバラバラに置かれている部品達を組み立てれば、巨大な凱旋門の完成だ。


俺の役割はこの凱旋門の中央に「第100回 文化祭」と書くこと。


最初は面倒だなと嘆いたが、皆でアイディアを絞り、協力して制作していく中で、いつしか心から完成を待ち望んでいる自分がいた。


そして、これが最後の一筆となる。

「よし、これで遂に完成だ」歩の緊張で固められた顔は一気に笑顔へと緩む。


「お疲れ様」雑用係の仲間達から次々に激励の言葉が飛び交う。

「歩に頼んで正解だったよ」

「めっちゃ緊張したわー」歩はその場に倒れ込み空を見上げた。

気がつけば、空は夕日で真っ赤に染まっていた。

校内からは明日に向けて、楽しげに準備をする学生達の声が聞こえる。

そんな騒音を心地良く聞こうとするが、休む暇などなかった。

「申し訳ないんだけど、職員室からカメラ取ってきてよ」

「えー、今からかよ」

「じゃあ、一緒に組立てるか?」

寝転ぶ歩に、健太は凱旋門の部品を持ち上げて見せる。

「わかった。行ってくるわ」

「ありがとう。歩が戻ってくるまでには、完成させておくから、皆で記念撮影しようぜ」

「わかった。その代わり、絶対完成させとけよ」

「急ピッチで完成させます」歩は健太の敬礼のポーズを見届け、カメラを取りに職員室へ駆け足で向かう。


校内でも各出し物の準備は着実に進んでおり、既に完成している場所もある。

中を覗きたかったが、明日の楽しみにとっておこうと、誘惑に負けず職員室へ直行。


「失礼します」とドアを開け、暇そうに待機している先生からカメラを受け取り、メモリーの空き残量と充電量を確認しながら、校門へ向かう。

「よし、大丈夫やな」と確認を終え、校門へ目を向けると、そこにはフランスの凱旋門を彷彿とさせる4メートル以上の巨大なアーケードが既に建ち終えていた。


周囲に集まってきた学生達もその完成度に歓喜している。

その様子を見た歩の脳裏には、自然と準備に費やした二週間の思い出が走馬灯の様に流れ始める。

図面を皆で手がけて、役割分担したのに結局自分以外のパートも手伝ったりして、最高の時間だった。


「遂に完成したんだな。てか、建てるの早っ!」と、思い出に浸りながら、門の鑑賞を楽しんでいると健太の叫び声が前から邪魔をしてきた。

「完成したから早く来いよー!」

「今から行くよー!」と笑顔で返事をし、走り出す。

歩は、前方から次々に来る学生とぶつからない様に相手の動きに合わせながら風を切る。


歩は、明日の予定を合わせるカップル、安全確認を行う生徒会など様々なブロッカーを避ける。


ゴールポストまでの距離は残り10メートル。

前方の生徒会生の二人を抜けば、トライ出来る。と思われたが、ここで思わぬ誤算が生じる。

最後の二人を右サイドから弧を描く様に避けようとしたが、二人の後ろから、もう一人の壁が待ち受ける。


突如、死角から現れた壁に歩は一瞬驚くが激突する直前で、反射的にブレーキをかける事に成功した。

目前にいるのは、特段大きな相撲部や柔道部部員ではない。

いたのは、黒髪で二つ結びの華奢な女子生徒一人。


歩はすぐさま、「ごめんね」と一礼し、左へ避けるが、同時に彼女も左へ移動してきた。


「あっ」と思わず言葉を漏らす歩は、続いて右へ避けるが、相手も同じタイミングで右へとステップしてきた。

「はっ」今度は女子生徒が声を漏らし、左へステップするが、歩も同方向へステップし、行手を阻んでしまう。

二人は互いに目を合わせ、苦笑いを浮かべる。


『彼女は右、左、右へと移動したから、次は左だ。つまり、俺から見たら、右側に移動するはず。それなら、俺がもう一度、左側に行けば彼女とすれ違える』と、瞬時に相手の動きを先読みする歩であったが、次の左ステップでも顔を合わせる結果となった。


再び、二人は間を置く。

『それなら、次はフェイントを入れてやる』歩は困った表情を浮かべながら、上半身だけを右に移動させ、再び左へステップを踏む。

しかし、彼女も同様に右へフェイントをいれ、左へステップを踏む。


『なるほどね。じゃあ、これでどうだ』苦笑いとは裏腹に歩は、続々と左右にフェイントをいれ、翻弄させようとしたが、その後も互いを避けれず、二人は同じ方向に動いてしまう。その光景は、まるで鏡の前でダンス練習をしている様だ。


左右へ何度もステップする二人は、徐々に肩で息を始め一旦停止する。

と、見せかけて右に行こうとするが、やはり、彼女も同じく右に来た。


『これも、駄目か。この子、一体何を考えてるんだ?』

互いに無言で動くこの状況で、歩の脳裏にあるシンプルなアイディアが浮かぶ。

『そうだ。俺が次にどっちへ行くかを教えれば良いだけじゃないか』

歩は早速、人差し指で右方向を指し、開口する。

」これで解決と思われた。しかし、目の前には同じ方向を指し、歩と声を合わせる彼女がいた。


互いに一瞬怯むが、すぐさま次の方向を示す。

」歩はとにかく追いつかれない様に指し示すがスピードは全く互角。


『このままでは、終わらない。よし、奥の手だ』

歩は空を指し、「UFO」とこれまた同時に叫んだ。

長きに渡ったラリーは二人が同時に天を指す事で終焉を迎える。結果はドロー。

奥の手は、彼女にとってもそうであったみたいだ。


一度もズレる事ない、二人の言葉やフェイントは、一言一句揃ってしまう。

「よし、一旦仕切り直そうか」歩は一時休戦を提案し背中を向ける。

フリをして、左側から抜こうとダッシュするが、やはり不発に終わる。

「やっぱり抜けないか」

万策尽きるとは、まさに今だ。

これ以上の打開策が浮かぶ見込みは全くない。

歩は、そろりと残る三枚の手札を覗く。

①彼女の股下をスライディング。

②彼女を投げ倒して強行突破。

③彼女が突然UFOに連れて行かれる。

『どれも無いな』

どうしても突破出来ない現状に次第に焦りを感じる。


『ただ、写真を撮りに行くだけなのに、俺は何をこんなに悩んでいるんだろう。そして、彼女にも用事があるに違いない。なんだか、申し訳ない気持ちになってきたな』

と長考しながら、急に左ステップをしてみるが、やはり息はぴったり。


『てか、俺達ってどんだけ思考パターンが一緒なんだよ』と考えながら、不意打ちの左ステップ。

「また、駄目か」

「そうですね」歩とは対照的にどこか余裕のある彼女。

「そういえば、まだ名前聞いてなかったよね」

女子生徒は、歩の言葉に表情を変えない。

「別に変な意味はないよ。なんだか、ここまで同じ行動をする人って会った事ないから気になってね」と右ステップをしながら自己紹介を続ける。


「俺は三年の佐野歩。今から校門の前で記念撮影しに行く途中なんだ」と、握るカメラを見せる。

「知ってます」

「あれ、この話した事あったけ?」

「そうです。私達は何度も会ってます。しかも、この場所で」

「この場所でってどういうこと?」

「私は二年の前田美樹。10分後の未来からタイムリープしてきました」

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