第4話

 5月の微妙に暑い時期が過ぎ去り、季節は7月に差し掛かろうとしており、カーテンの隙間から入ってくる太陽のやや緋色がかった光を幸太はかるく鬱陶しく思いながら、中古で購入したノートパソコンを操作している。


『動画編集 初歩テキスト』


 幸太はそのテキストに書いてある事を2週間前から熱心にやっている。


『ブブブ……』


 二月前から内緒で貯めていた、生活保護費で家電量販店で格安で購入した、数年前のiPhone8からはバイブが聞こえ、幸太はキーボードを打つ手を止める。


『ねぇ、最近全然来てないけど、何かあったの?』


 マヤ、と書いてある、ゲームキャラのヒロインのラインアカウントからのメッセージを見て、幸太の顔が綻ぶ。


 幸太と麻耶は警察での一件が終わった後、図書館でちょくちょく顔を合わせ、世間話をする仲になっていた。


 毎日のように暇潰しに来ている幸太がここのところ来ないのを、麻耶は心配してラインのメッセージを送ったのである。


『いや、何もないよ、ちょっとね、用事があったんだよ』


(これは内緒にしておこう……)


 幸太はテーブルの上に置かれている、一枚のチラシを見やる。


『Z市動画編集者募集 選考方法 面接にて自分の紹介動画を持参 採用者は市役所PR課にて非常勤職員として二年間の契約勤務』


 スマホを置き、幸太は再度、パソコンに目を移す。


 ーー幸太は生活保護を受けており、世間様から見たら終わっている側の人間なのだが、このままでは終わるつもりはなく、このチラシはたまたま図書館で置いてあったのを見つけ、図書館から動画編集のマニュアル本を借りて二週間ほど前から一日暇人という身分を活かし、昼夜問わず勉強をしている。


 再度iPhoneが鳴り、LINEには繁の顔写真のアイコンが映るのが、幸太の視界に入ってくる。


『試験はいつからだ?』


『来週の金曜日だよ』


 繁は、幸太が試験を受けて自立をしたいと言った時に、試しにやってみろと後押しをしてくれたのである。


(来週の試験がんばらなければ……)


『てかお前スーツ持ってるのか?』


『うん、あるよ、昔のが』


『サイズは確認したか?』


『うんしたよ。てか、矢作さん達には内緒にしてあるよね?』


『あぁ、してあるよ』


 繁は昼休みなのか、直ぐにLINEが既読になり、返信がまめである。


 麻耶のアイコンが画面の上部に映り、何だろうかと思い幸太は見やる。


『幸太の借りた本の返却期限、今日までよ』


 幸太はLINEで本の返却日の事を思い出し、図書館の磁気カードを見ると、確かにそこには、借りた動画編集の本の返却期限が今日までと記載されている。


『やべぇ、直ぐに返しに行くわ』


『ねぇ、私の仕事終わったら喫茶店で会わない? 相談したいことがあるの。お兄さんには内緒にしてね』


「!?」


 学生の時に女友達はいたのだが、表面上での付き合いで相談事など持ち掛けられた事が無かった幸太は、自分が気になる存在である麻耶が一体どんな事で悩んでいるのか気がかりになり、直ぐに返信を送る。


『いいよ、お兄さんには内緒にしてあげるからね。図書館が終わる間際に本返しに行くから、その後にでも喫茶店で話でもしようか』


『うん、ありがとうね(^^)』


 幸太は、少し俺リア充なんじゃないかと顔を綻ばせて横になり、目覚ましを図書館が閉館する17時よりも1時間早い16時にセットして、目を閉じた。


 📖📖📖📖


 いくら夏に近づいているとはいえ、夕方は肌寒く、古着屋で購入した7分丈のシャツを羽織り、リサイクルセンターで5000円で購入した自転車を駐輪場へ置き、幸太は紅図書館館内に入る。


 今日は日曜日な為に子供がおり、子供のはしゃぐ声が耳障りなのか、幸太は軽い不快感を覚える。


 受付に行くと、麻耶がおり、何かを言いたそうな顔を浮かべている。


「返却お願いします」


「え、あ、はい……」


 幸太は本を返し、これ終わったら外に行こうと小声で麻耶にそう言って、二階にある休憩室へと足を進める。


(悩みってのは何なんだろうな……)


「やぁ」


 休憩室には、文庫本を片手に持つ直樹が椅子に座っている。


「直樹さん、あれ? 今日休みですか?」


「あぁ、今日休みを貰ったんでね……」


(麻耶とのことがバレないようにしないとな……)


 直樹は神妙な顔つきで、幸太を見やる。


「幸太くん……」


「は、はい……?」


「君は麻耶に惚れてるだろう?」


「!? え!? いや何で知ってらっしゃるんですか!?」


「んー、男の勘ってやつさ。俺は付き合うのは、今のままでは反対だなぁ……なぁ、麻耶」


 幸太は後ろを振り返ると、麻耶が複雑な表情を浮かべて立っている。


 辺りには、彼等以外誰もいない。


「ごめんね、お兄ちゃんが私のスマホを勝手に見て、問いただされたの。好きだろうと。……ごめんね、私生活保護を受けてる人とはあまり付き合いたくないの、ただ……」


「ただ?」


 幸太は、やべえこれは終わったかなと半ば諦めている表情を浮かべている。


「仕事が決まって、生活保護をやめるんだったら考えてもいいよ」


 直樹はうんうんと、隣でうなづいている。


「本当だな?」


「うん……」


(確か、試験の結果発表が月末だったな……)


「お兄さん、麻耶、あと一月待っててくれ、必ず俺は仕事を見つけるからな……!」


 幸太は、重大決心をした顔つきで、この場を後にした。





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