黒髪美少女と好きなものを探す話。

360words (あいだ れい)

第1話

「おーっす。きたぞ。」

 屋上への扉を開けると、そこではすでに繪乃咲かいの さきが踊っていた。

 天気は快晴。

 呼ばれたのでいつもどおりポカリを片手に屋上に来たが。

 雲一つない晴れた空の下で黒髪の美少女が踊っている姿に、不覚にも見惚れてしまった。

 踊っているのは彼女に似合わないヒップホップ。

 性格に似つかないクールな見た目と、持ち前の運動神経と物覚えの良さで、アップテンポな曲に合ったダンスを踊っていた。(正直カッコよかった)

 一曲踊り終わるとこちらに気づいたようで、

「あ、信。きてたの。」

 と、声をかけられた。

「来てたのじゃ、ねーよ。お呼ばれしたから来たの。」

「そう。それでどうだった?私のダンス。」

 こいつは基本的に人の話を聞かない。

「まぁ、悪くはない。」

「そう。それは、よかったわ。」

 クールな言動に似合わない、無邪気な笑顔。

「これだから美形は…。」

「何よ。」

「返事すんじゃねーよ、バカ。」

「何よ。」

「そっちも返事するのかよ…。」

 こいつ、バカだ…。




 その後も三曲ほど踊ったところで繪乃は、

「ちょっと休憩。」

 と、言って屋上の淵の段差に腰かけた。

「おつかれさん。」

 しれっと隣に座ってきた繪乃に買ってきたポカリを渡す。

「ええ、ほんとに。」

 空は日が傾き始めており、淡い青と微かなオレンジが混ざり合った幻想的な色をしていた。

 俺がそれに見惚れていると、繪乃が話しかけてきた。

「それで、あなたのほうはどうなの?」

「どれの話だ?」

 俺が少し自虐的に言うと、繪乃は笑みを浮かべた。

「ふふ、今回は曲の話よ。」

 繪乃が笑うのも無理はない。自分だってバカだと思っている。

 俺はいま、計3つのクリエイター活動をしているのだ。

「曲なぁ…。今でかい壁にぶつかってるとこ。」

「へぇ、どんな?」

「素材不足。」

「ふふふっ、素材不足って!」

「笑うんじゃねーよ。音源を買うお金がなさ過ぎてどん詰まりだよ…。」

 ほんと、バカだと思うよ。ほんとに。

「そういえば、バイトしてなかったわね。」

「そうなんだよなぁ…。バイトしたほうがいいのかなぁ…。」

 今の金欠のままでこれ以上活動していくのは厳しそうだ。

「私のバイト先だったら紹介してあげるけど?」

「マジ?」

「マジよ。」

「てか、繪乃、バイトやってたんだな。全然知らなかった。何やってるんだ?」

「知り合いのカフェの店員よ。」

 カフェの店員。繪乃が。

 俺の脳裏では、ウェイトレス姿の繪乃が笑顔で給仕をしていた。

『いらっしゃいませぇー!お一人様ですかぁ?ご注文をどうぞぉ!』

 脳内のリトル繪乃がかわいい口調で接客する姿が思い浮かんだ。

「気持ち悪いこと考えないでもらえるかしら。」

 ばれてた。




 話も煮詰まってきたところでふとまわりを見ると、もう夕日が沈みかけていた。

 夏直前とはいえ、まだまだ夜は肌寒い。

「そろそろ帰るか。」




「そういやバイトの話だけどさ、ちょっと考えるわ。」

「…そう。」

 なぜか繪乃は残念そうな顔をした。

 俺はそのことに首をひねりながら、帰り支度をした。




「それじゃあ、今日も付き合ってくれてありがとう。」

「おう。じゃ、帰るか。」




 帰りの駅。ホームのベンチで、一人考えた。

 繪乃が好きなものを見つけたとき、俺は彼女の隣にいるのだろうか。

 肌寒かったので、少し身震いをした。

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