9 ドナ ありがとう。ここまで来てくれたこと。本当に嬉しかった。

 ドナ


 ありがとう。ここまで来てくれたこと。本当に嬉しかった。


 ドナが目をさますと、そこはいつもの見慣れた自分の部屋の中ではなかった。そこはとても大きな今まで見たことないような、とても大きな神殿のような建物の中だった。でも、どことなく見たことがあるような気がする、そんな不思議な建物だった。

 とても古い歴史を感じる、ぼろぼろに朽ちてしまった、みんなに忘れ去られてしまった、そんな神殿の神様に捧げ物を捧げるための大きな台座の上にドナは横になっていた。

 しばらくの間、ぼんやりとそんな風景を眺めてから、ドナはその台座の上から神殿の石の床の上にゆっくりと動いで足をつけておりた。(……いったい私はどれくらい眠っていたのだろう? 体が弱っていて、すごく時間がかかってしまった)

 ドナはきょろきょろと建物の中を見渡してみた。時刻は、朝、だろうか? 朽ちた建物の隙間から光が差し込んでいる場所があった。その光が薄暗い闇を照らし出している。優しい風が吹いている。きっとどこかに大きな穴でも空いているのだろう、とドナは思った。ドナはそんな不思議な風景(ドナは一度も村の外に、それどころか滅多に自分の小さな家の外にすら出たことがないくらいの世間知らずだった)を見ながら、なんだかすごく楽しい気分になって、思わずくすくすと一人で笑ってしまった。

 ドナがこの空間の中にいる『自分以外の誰か』の気配に気がついたのはそんなときだった。

 気配のしたほうに目を向けると、……そこには『黒い一匹の狼』がいた。よく村にある貴重な本や古文書を読むことを許されていたドナは(それもきっと将来の生贄になるためのドナの義務であったのかもしれないのだけど)その黒い狼を見て、その黒い狼がドナを食べるために、つまり、ドナの魂をあの世に連れて行くために、この場所にいるのだということにすぐに気がついた。

 そのせいなのだろうか? ドナはそれほどこの黒い狼のことを怖いとは思わなかった。(この場所にくるまでは、……ううん。いま、実際にこの黒い狼と出会うまではずっと、本当はすごく怖かったのだけど……)

「こっちにおいで。そして私をお食べ」

 地面の上にしゃがみこんでから、手を差し出して、にっこりと笑って、ドナはその黒い狼にいった。すると黒い狼はゆっくりとドナのいるところに向かって、四本の足を動かして近づいてきた。(……私の死ぬ瞬間が、だんだんと近づいてきているのだ)

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