第11話 2019年10月16日ー誘いの風

 冷たい太陽は地にえんじ色の光を注ぎ、月は天に向かってもえぎ色の柱を伸ばした。

 定まった姿形を持たぬ二つの神は、全知の主より地上で生命を営む権利を与えられた。

 目覚めの太陽と休息の氷を従える神は空を駆け抜け、再生の月と成長の緑を従える神は地に根を広げた。

 ハナサキ族とトビヒ族。各々の子孫は後に、生まれ持った容姿により住処を分けた。


「ここ、どこ?」

「は? お前表札も読めんとかよ。村雨家は苦労が絶えんな。雪平家うちが同情するなんて、次は千年先やろな」

 瑚子と利矢のローファーには、荒削りの砂利が貼り付いている。住宅街のブロックの先、田んぼ道の稲は刈られたばかりなので二人に頭を垂れることはできなかった。

「ねぇ、前から気になっとったとけど、なしてそがんの気に障ることしか言えんと? うちの両親と雪平君、面識のあるわけじゃなかとに」

 委縮の珠緒が一度弾けると、瑚子は横目でも利矢の姿を受け入れられるようになった。岩肌と細木の髪で覆われた山が木造一戸建ての背を押し、利矢の代わりに瑚子を見下ろしている。

 瑚子の自宅は一戸建てが並ぶ住宅街の一角なのでこの場の風景に驚いているが、砂利が風で転がる程度の認知だった。

「――村雨、俺が挑発ばしたとは自覚しとる。お前が今後どがん生き方ばしようと、俺の言動が妥当だという事実も変わらん。だからそいけん今、選ばせてやる。家族とお前自身、どちらの自尊心プライドば守る?」

 スカートの裾が両ひざに貼り付く。あり得ない方向から突風が瑚子に体当たりする。

「何ば言いよると? 私より両親が大事に決まっとるたい。勿体ぶらんちゃ、よ話ば進めんね」

「――後悔すんなよ」

 熟れた柿色の空に覆われ、利矢が瑚子に振り向いたのは一度。左手首を引き急かして、自宅の玄関へ駆け出した。

 瑚子は自身のリレー・タイムよりも早く知ることになる。


 利矢の腕力に逆らえないのは、性差よりも明確な理由があることを。

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