第4話 救助要請

 僕らと入れ違いに基地を出発した作業班が穴を塞いだのは、それから二十分後のことだった。その間にかなりの空気が漏れてしまったようだ。

 穴が開いたのはやはり新しい洞窟だったらしい。それを知ったのは、研究室に戻ったときの事。中で待っていた山崎に事情を聞いた。

「それで、空気漏れは止まったのか?」

 僕の質問に山崎は荷物をまとめながら答える。明日、地球に帰るための準備だ。

「ああ。応急措置だそうだが。それにしても隔壁をさっさと閉じればいいのに、なにをグズグズしていたんだろうな」

「故障じゃないのか?」

「かもな。この基地もそろそろ老朽化してきたし。空気漏れはおまえが見つけたらしいな」

「違う。この娘だ」

 その時になってようやく山崎はこっちを振り返り、小太刀珠の存在に気がついたようだ。

「紹介しよう。小太刀珠さんだ」

 小太刀珠は山崎にぺこりとお辞儀する。

「始めまして」

「ああ。君か。俺の交代に送られてきたのは。狭い研究室で驚いたろう」

「いえ、そんな事は」

「寝泊りする場所は他にあるから安心してくれ。しかし、仕事はこの狭い部屋でこいつと二人っ切りだ」

 山崎は僕を指差す。

「襲われそうになったら、大声で助けを呼ぶんだぞ」

 しねえよ!! 

「は……はあ」

 小太刀珠は困ったような顔で僕を見る。

「でも、兄の話では佐竹さんは禁欲的ストイックな人だと聞いてますが」

「いやいや、こいつはそう見えて、実はムッツリ……」

「いい加減にしろ!!」

 僕は山崎の頭をはたいた。

「それよりあれはどうなった?」

「おお! そうだった」

 山崎はガラス瓶を取り出す。

「見てろよ」

 僕らの見ている前で山崎はビンをひっくり返した。ビンの蓋の裏に張り付いていた小さなアルミニウムの円盤が浮き上がりビンの底に張り付く。

「凄いわ! 完全に重力に反発している」

 小太刀珠は興味深げにビンを覗き込む。

 山崎は何度もビンを反転させながら説明を続ける。

「この試料にアルミニウム原子は〇・五モル含まれている。アルミニウム二七なら一・三五グラムだ。しかし……」

 山崎は作業台の上で逆さまにセットした質量計の下でビンの蓋を開いた。円盤がビンから飛び出し計量皿に張り付く。ちなみにこの質量計は月の重力六分の一Gを補正した値を出すようになっている。デジタル表示は〇・一二グラムを示した。ただし、この数値はマイナス〇・一二グラムという事になるわけだ。

 質量がマイナスになったという事は、エキゾチック物質の含有量が五十%を越えた事を意味している。ちなみに、地球上でもここと同じ装置で同様の実験を続けていたが、エキゾチック物質はほとんど検出されていない。つまり、エキゾック物質は月には存在するが地球には存在していないという事だ。

 考えられる原因は、地球の重力が強すぎたため地球の生成段階において、エキゾチック物質含有物はほとんど弾き飛ばされてしまい、月は重力が弱かったので含有物が月に留まれたという事だ。 だとすると、小惑星を調べればもっとエキゾチック物質が見付かるかもしれない。

 まあ、科学的好奇心を満たすのはそれでいいとして、これからはこいつが経済面、政治面にもたらす効果も考える必要が出てくる。

 エキゾチック物質が大量に手に入れば輸送システムに革命を起こす事になる。

 将来、この物質は高値で取引される事になるだろう。

 と、同時にこの物質は月にしかない、量もそれほど多くないとなれば、月の利権を巡って紛争が起きる可能性が出てくる。

 今のところ月の地下資源で地球に運んで採算が取れるのは白金やパラジウムなど一部のレアメタルぐらいだ。

 利益が出るといっても微々たるもの。

 戦争をしてまで手に入れるメリットはない。

 しかし、エキゾチック物質ともなると戦争をやってもお釣りがくるぐらいの経済効果が考えられる。

 もしかすると僕達はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。

 唐突に映話のコール音が鳴り響き、僕は思考を中断した。日本基地の本部からだ。

 ディスプレイに現れた四十代半ばくらいの男は日本基地の司令、桑島洋三。『佐竹君か。さっきはご苦労だった』

「はあ」

『空気漏れを起こした新洞窟だが、実は空気漏れが起きる少し前に、人が調査に入りこんでいたんだ』

「人が? それで隔壁が閉じなかったんですか?」

『そうだ。今日の救急当番は山崎君だったな。救助に行くように言ってもらえないか』

「待ってください。山崎は明日地球に帰るために資料の整理で手が離せないんです」

『しかし』

「僕が代りに行きます」

『いいのかね?』

「かまいません。それで洞窟に入り込んだのは誰です?」

『ユーロ基地の隊員だ。入ったのは三人。そのうち一人は自力で出てきた』

「わかりました。今から出発します。僕一人でいいですね?」

『ああかまわんよ。すでに他の基地からも隊員が向かっている。君が到着するまで終わっているかもしれん』

 ようするに、日本基地から一人ぐらい出さないと格好がつかないってことか。

「それじゃあ、そういう事なんで出かけてくるよ」

 僕は二人に手をふって出口に向かった。

「すまないな」

 山崎が僕に向かって手を合わせる。

 僕は研究室を出て、管理棟へ向かった。洞窟探検用の装備を受け取るために。

 狭い洞窟の中にいくつもの建物が並んでいる中を僕は歩いていく。洞窟の壁や天井は落盤を防ぐためポリマーでコーティングされていた。段差のあるところはすべて階段やスロープが設けられている。天然の洞窟とは言っても、基地の中は人が安全に活動しやすいように整備されているのだ。だが、これから行くところはそんなところじゃない。

「佐竹さん」

 背後から、小太刀珠の声がかかる。振り返ると、彼女は小走りにこっちへやってくるところだった。僕は立ち止まり彼女が来るのを待った。

「どうしたんだい?」

「あたしも連れていってください」

 どういうつもりだ? まあ、ここの環境に早く馴染むために、率先して引き受けようといったところだろ。その心意気はいいが、初心者について来られても邪魔なだけだ。

「だめだ。帰ってろ」

「あたし、地球でレンジャーの訓練受けてます。きっとお役に立てると思います」

「本当か?」

「はい。決して邪魔にはなりません」

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