第3話 満州鉄道のちょっと前のお話~後藤新平

 明治38年(1905年)11月。


 日露戦争が終わってしばらく経ったころ、台湾で民政長官をしている後藤新平の元にある手紙が届いた。


「児玉閣下からだ」


 他の手紙を放っておいて、後藤が大事そうに児玉からの手紙を手に取る。


「鋏、要りますか」

「ああ」


 早く寄越せとばかりに手を出してくる上司に中村是公なかむら よしことは鋏を差し出す。


 後藤は丁寧に封筒を開けて、中から巻紙を出した。

 その紙を開いて、後藤は文字に目を走らせる。


「満州司令部は25日に帰京するそうだ。東京に戻り次第、元老の山縣有朋と軍備拡張について議論をすると」

「そうですか」


 是公が頷いて様子を見ていると、後藤が目を細めて笑った。


「児玉閣下が一刻も早く台湾に帰りたいと書いていらっしゃる」


 うれしそうな後藤につられるように、是公も瞳を細めた。


「戦争が終わったら、その後は台湾で生涯を終わりたいと、児玉閣下は前のお手紙でおっしゃってましたものね」


 日露戦争に降格人事で参謀本部次長を引き受けることになり、台湾を出た児玉だったが、まめに後藤に手紙を出していた。


 開戦後も釜山経由で戦地に赴くこと、大連のこと、バルチック艦隊のこと、旅順開戦、奉天帰隊など毎月のように手紙があった。


 それらの手紙が来るたびに児玉が無事だとホッとしたものの、やはり離れているとどうしているか心配で落ちつかない日々が続いていた。


「児玉閣下はまだ50代前半だ。生涯を終わりたいなど早いだろう」

「そうかもしれませんが、児玉閣下がずっと台湾にいらっしゃるようなら、私もどうやらずっと台湾生活になりそうですね。あなたは児玉閣下が台湾にいるなら、ずっと台湾にいるおつもりでしょう?」


 腹心の部下の問いかけを後藤は否定しなかった。


「まだまだ台湾でやることがたくさんあるからな。新渡戸のおかげで精糖業が大いに発展したし、整えたい台湾のインフラもたくさんある。これまでの時間は地固めだ。台湾はこれからより伸びる島になるぞ」


 楽しそうに後藤が笑う。


 この時、後藤や是公はもちろん、児玉も台湾にずっといることを考えており、この翌年に自分たちが満州に行くとは予想だにしていなかった。

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