第24話 明かされた真実

 明るい朝の陽ざしが窓から入ってきて、人々に朝が来たことを知らせていた。ルコンテ城は、秋の景色の中にくっきりと浮かび上がっていた。


 宿泊していた来客たちは次々に支度をして、来賓用の食堂に集まり朝食を摂(と)っていた。

 アステリア王国の若い王子は、よその城へ来て他国の人と食事するのが楽しいらしくはしゃいでいた。エレーヌに会うと、笑顔で会釈した。


「お招きいただきありがとうございました」


 年は若いが礼儀正しい。


「若い王子様に来ていただいて、こちらこそ楽しかったわ。昨夜はよく眠れましたか?」


「はい。ベッドがふかふかで、気持ちよく眠れました。昨日はみんな優しくしてくださって、楽しい会でした」


「喜んでいただけて良かった。またいらしてくださいね」


「わあ、嬉しい。エレーヌ様、早く怪我を直して元気になってくださいね。そしたら、ここから見える向こうのお山へも案内してください。アステリア王国には、あんな高い山はありませんので」


 エレーヌは、十歳にも満たない王子から怪我の事を言われて、恥ずかしくなった。


「もちろん、いつか必ずお山を見にお連れします。お約束しますとも」


 王子は、それを聞いてにこにこして食事を頬張った。


 ハロルドとヴィクトルは、少し遅れて姿を現した。エレーヌはハロルドがもう帰ってしまうと思うと、名残惜しくて仕方がない。またいつ会えるのかわからない。


「ゆっくりお休みになれましたか?」


「それがなかなか寝付けませんでした。エレーヌ様と同じ場所で休めると思うと、興奮してしまい……」


 ハロルドではなくヴィクトルが、そんなことを言った。先を越されたとばかりハロルドも負けていない。


「僕を、客人としておもてなししてくださり、ありがとうございました。あなたは、僕の城では、召使のお部屋を使っていましたからね」


「まあ、またそんなことをおっしゃって。ずっと召使の部屋というわけではありませんでしたが、あそこも楽しかったですよ。厨房の音が聞こえていてにぎやかでしたから」


「お会いできてよかった。今日のように何かがないとなかなか会えません。帰るのが名残惜しいです。食事が終わったら、あなたに話したいことがあります。ソファのところでお話ししましょう。来てくださいますね?」


―――話したいこととは、今ここでは言えない話があるとは……


「もちろんです。私はまだここにいますから、どうぞゆっくりお食事をなさってください」


 一行の食事が終わり、席を立ちハロルドはエレーヌの座るソファのところへ行った。二人の会話が気になるのか、ヴィクトルが少し離れたところで様子をうかがっている。


「どうぞお座りください。お話というのは」


「そんなに堅苦しくならないでください。でも真面目なお話です」


 ハロルドが、いつになく緊張した様子で下を向き、真剣な顔を上げた。言葉を探しているようだが、その困ったような横顔も美しい。


「え~と、エレーヌさん、兄とは婚約解消したことですし、これからは僕と会ってくださいませんか。え~と、要するに、僕と付きあってほしいということです」


 日頃話をする時とは全く違って、緊張していた。しかし目は真剣そのものだった。


 その申し出を内心期待していた自分の気持ちに気が付き、すぐに答えた。


「はっ、はい。私も、ハロルド様とお会いしたいです。よ、よ、要するにお付き合いさせていただきます」


 二人の視線がぶつかり合い、そのまま数秒間止まった。心待ちにしていた瞬間がやってきた、とエレーヌは夢心地になった。ところが、今まで二人が話していても何の反応も示さなかったヴィクトルが、つかつかと傍へ寄り間に割って入ってきた。彼は真っ赤な顔をして怒っている。


「どういうことだ、二人とも。エレーヌさんは、僕との仲がうまくいくようにと、山へ奇跡の石を採りに行って、斜面を転がりこんな大怪我をしたんだ。俺は、昨日彼女の侍女のリズさんにその話を聞いた。僕はいてもたってもいられなくなった」


「そんな、嘘だろう! エレーヌ様。それは本当なのですか? 確か病気に効くキノコを採りに行ったとか、お花を取りに行ったとか聞いたような気がするんですが……」


 もはや隠しとおすことはできない、とエレーヌは真正面を見据えた。


「お二人にすべて隠さずお話しします。私は父からヴィクトル様との婚約の話を聞きました。でも、自分に自信がなく、愛されるだけの魅力がないと思い奇跡の石を採りに行きました。その石は、持っていると意中の人が自分を愛するようになるというパワーを持っていると伝えられています。私は、図鑑を見てその石が必ず山のどこかにあると探しに行って……転落してしまいました」


―――ああ話してしまった


―――これからどうなってしまうのか考えるだけで恐ろしい。


「救助を待ちながらも私のそばまで来る気配がありませんでした。仕方なく、二日間山をさまよい気を失って倒れてしまいました。その後のことは、ハロルド様がよくご存じです」


「そうだったのか! 奇跡の石を採りに行って……あんな大怪我を……相当斜面を下ってしまったんだろうなあ。その後、ボルブドール城へ来てからも、また採りに行きたいと言っていたっけ。やっぱり、兄さんとうまくいくように、と思っていたのか」


 ハロルドが、失望し項垂れている。


「はい、その時は、心からそう思っていました」


「その時は、ですよね。でも、今の気持ちは違いますよね。お気持ちが変わったのではありませんか? 兄の冷たい姿を見て」


「はい。今の私は、ヴィクトル様と婚約する資格はありません。それに、そんな石で人の心は変わりませんから」


「そういうことだ、兄さん。いまさら石のことを言っても彼女の気持ちは変わらない」


 まだ、ヴィクトルは憮然としている。


「婚約解消を取り消しにしよう!」


「え――!」 「何だって――!」


 エレーヌとハロルドが、同時に叫び声を上げた。エレーヌが目を丸くしてヴィクトルに質問した。


「あんなに仲がよかった伯爵家のご令嬢コーデリア様とは?」


「ああ、あの方は幼いころからの知り合いに過ぎない」


 夕べリズと話していた嫌な予感は、見事に的中してしまった。


「そんな、軽はずみなことを……私、キスをしているところを見てしまったんですよ」


「ああ、それはあいさつ程度のキス。僕とのことを考え直してください」


 こんな展開は今までの人生で初めてのこと。二人の男性がエレーヌをめぐって競い合っているのだ。こんな時にどうやってうまく対処したらよいのか、いまだかつて経験がない。


―――もう自分の心を伝えるしかないのでは。


「私は、ハロルド様に親切にして頂き、その親切に頼り切っていました。ヴィクトル様と婚約解消した今、ハロルド様からの交際をお受けするのは構わないと思いました。ですから……」


「ちょっと待った―――! 僕にもチャンスを下さい。そして、初めからやり直しましょう」


 これは、本当に大変なことになってきた。


「ご兄弟で、競い合うなどというのは、決して良いことではありません。ましてや、私のような、ほら野生のクローバーのような女を……」


「だから、良いのです」


 ハロルドがひときわ大きな声で言った。


「はあ?」


―――誰かこの状況を丸く収めてくれる人はいないのだろうか?


「今日はお二人とも興奮なさっています。いったんお帰りになって、時間をおいてからまた考え直した方がいいのではないでしょうか。私もその方が気持ちも整理できると思います」


「う~ん、エレーヌさんの言うとおりだな! ちょっと頭を冷やしてから、理性的に考えてみよう」


 ハロルドが、ヴィクトルの顔を見て言う。


「そうかなあ、それじゃあいったん国へ戻って、もう一度考えてみるかな。気持ちは変わらないと思うが」


 二人は、そんなことを言いながらしぶしぶ階段を昇って行った。


 別れ際にエレーヌが言った。


「どうか、私のために喧嘩をなさらないでください。お二人には、また笑顔でお会いしたいと思いますので」


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