第37話 世界大陸と黒い霧

 

 

 

「できた」


「え、え? ……あの、なんていうか、雑じゃないですか?」

「それが、本当にこういう形らしいんだ。世界は」

「丸いんですか?」

「クーたちはまるの中にいるのだ?」

「これは空からみた世界の形だ。まずこの大きな円は全部が大陸で、その外側は全部海になっているらしい。海は聞いたことあるよな? 塩がたくさん取れて、どっちを見ても水しかないみたいな場所のことだけど」

「しょっぱい水がたくさんあるっていうのは聞いたことがあります」

「飲み放題なのだ?」

「飲めるかはわからないけど、とにかく全部が水らしい。いつかアライクンさんに映像を見せてもらった覚えがあるけどひたすら青いってだけで何もわからなかった。アホみたいに広いんだろう、俺たちの想像を絶するほどに」

「水に困らないのはいいことなのだ」

「そうだな。で、ここに国境線を入れると……」

 

 俺は円の両斜め上から、一本ずつ真ん中の円に向かって線を伸ばし、そしてその下からも真っ直ぐ海に向かって線を伸ばした。ちょうど円が三つに分けられるような形になる。

 

「この右下の国が東の国って言われている場所で、アライクンさんが言ってたように竜種が治めてる国だ。左下の国が西の国。それで、俺たちの国はこの上の国だな」

「はえー、こんな形なんですねえ」

「上を取ってるのだ! クーたちの国が最強なのだ!」

「まあ情勢はともかくとして、これが世界の形と三つの国の位置関係だ。それで、ボルクレツオとゴノーディスの勢力圏を表すと……」

 

 俺は自分の国の中央に、縦の点線を引く。

 

「この左側がボルクレツオ、右側がゴノーディスだ」

「お、大きさがなんだかもう、よくわからないのですが」

「どっちも踏みつぶせるくらい小さいのだ。大したことないのだな」

「いや、これは地図の話だからな? 実際にはすごい範囲に影響を及ぼしてる。力関係はややボルクレツオが上回ってるって話だけどな。ここらへんは国の端っこだからゴノーディスの話もあんまり出ないけど、少しでも西に向かえばすぐに耳にするようになると思う」

「いまここって、地図だと国のどこら辺なんです?」

「東端も東端だ。東の端っこ。すぐそこのボスメーロよりも東にパロームおばさんの街があって、そのさらにもう一つ東にある街はもう、東の国からの玄関口とも言われてる所だ。ここら辺は国境に近い。……だから地図でいうと、ここだな」

 

 俺は右斜め上の線から少し左のあたりをトンと棒を突いた。

 

「……わあ、ほんとにすぐそこに竜の国があるんですね」

「クーが縮んだのだあ……、点になってしまったのだ……」

「点でも見えたら巨人どころの騒ぎじゃないが。とにかくゴノーディスっていうギルドはとてつもないギルドだ。だけど、なぜかアライクンさんは繋がりがあるらしい。おかげで入るチャンスが与えられてる。どうする?」

「ど、どうするって言われても……、クーはどう思います?」

「うん? 全員ぶち抜くのだ」

「く、クーは強気ですね……。その、例えばノーヴィンさんとそのギルドを比べたらどっちの方が強いんです?」

「個人とギルドだったらさすがにギルドが圧勝するだろうけど、メンバーの話だよな?」

「そうです。ノーヴィンさんみたいなヒトもいるのかなって……」

 

 レフィの疑問に、俺は見たこともないギルドメンバーを想像してみる。

 レフィの元司令のような、顔に傷があるような強面の輩ばっかりが思い浮かんでしまうのは、恐らく俺の想像力が欠如しているのだろう。全員があんなのだったらむさ苦しくて敵わない。

 

「んー、これは想像でしかないけど、ギルド加入者でももちろん大会に参加するパーティはいるだろうから、そう考えたらやっぱり首都大会優勝はダテじゃないはずだ。パーティ単位で見るならやっぱりノーヴィンさんは最強なんだろう」

「や、やっぱりノーヴィンさんはすごいんです!?」

「でも、それに近い実力者はゴノーディスにもいるだろうな。少なくとも比較対象に挙げられるくらいのパーティはいくつかありそうだ。大会には興味がないけど、ギルド間の縄張り争いでは活躍しているようなパーティがいてもおかしくない。無名にも程があるような俺たちからしたら、ノーヴィンさんのパーティがいくつもあるような場所に飛び込むのとそう大差はないだろう」

「うう、う……、ちょっと、とんでもないのですが……」

「本当に、それぐらいとんでもない話だ。やめとくか?」

 

 レフィは俯いて首を捻る。

 こちらに向けられた脳天と耳が相変わらず殺人的だ。

 

「ニトさんは入ろうと思っているんですよね……? それはどうしてです?」

「メリットはたくさんあるが、拠点を手に入れるためっていうのが一つと、何よりもケツ持ちがいるかどうかで今後の狩場での立場が大きく違う。ゴノーディスのメンバーってだけで安全なんだ。相当のバカでもない限りケンカは吹っかけてこない。誰もボルクレツオだとかゴノーディスなんかとやり合いたくはないだろうからな」

「ギルドの力で威張れるってことです? ……でもなんだか、それは」

 

 レフィの怪訝そうな表情に、俺はすぐに思い当たる。

 

「俺も正直言うと、いますぐゴノーディスに入りたいとは思わない。出来る限りは自分たちの力で、行けるところまで行って、俺たちだけじゃどうにもならなくなったときにこの推薦状を使おうかと思ってた」

「そ、それなら、どうしてです?」

「…………甘えかな、と思ったんだ」

 

 俺は立ち上がり、自分の描いた地図を見下ろす。

 

「狩りを続ける以上、どうせ縄張りの問題にはぶつかる。早いか遅いかだけだ。たとえば俺たちが一年かけて手ごろなエリアを狩り切ったとしても、その先に進むにはどうしたってギルドの力が必要になってくる。たぶん俺たちは、時がきたら結局ゴノーディスに入ることを決意すると思う。一度は危ない狩場を避けて、それからゴノーディスに加入して、またその狩場に行くようじゃ二度手間もいいところだ。それなら最初から邪魔をされないほうがいい。それに俺も強豪ギルドの中身なんてものはまったく知らない。いますぐにゴノーディスに所属するのと、一年後に所属するのじゃあ、この一年で得られる経験がケタ違いに変わると思う。慣れもあるだろうしな。トップクラスのギルドでしか知り得ないような情報もきっとあるだろうと思う」

 

 この推薦状に頼ること自体が甘えだと思っていた。

 けれど、使えるものは全て使って、割けるリソースを全て活用してみなければ見えない景色がきっとある。いつでもゴノーディスに入れるから、いつでも本気になろうと思えば本気になれるから、なんて先延ばしにして、可能性に安心しているうちは幸せだけれど、それはどこまでいってもただの可能性で、現実じゃない。

 

「もし“追い抜きたい誰か”がいるんだったら、達成したい目標があるんだったら、ここに入らないという選択の方が甘えになるかもしれない、と俺は思ったんだ」

「…………っ!」

「どうする?」

 

 そこまで言って、ようやくレフィは俺の真意に気付いた様子だった。

 アグニフを全力で追い越すためには。レフィが自分の成長速度を実感して、満足して、夜にぐっすり眠れるようになるにはどうするか。多少の無理をしてでも、自分に負荷をかけてでも、足取りを早めることがきっと必要になるはずだ。

 

「……ゴノーディスに入ったほうが、強くなれますか?」

「それは保証する。ただ、メンバーにどんな扱いをされるかはわからないが……」

 

 俺の言葉に、真ん丸な瞳は強い光を放つ。

 

「強くなれるなら、入ります! いきましょうニトさん!」

「はいるのだ!」

「よし、決まりだ」

 

 俺はまた地面に屈んで、地図に描き込みをしていく。

 

「この近く、クーの残り2エリアを出来る限り早く終わらせたら、俺たちはボスメーロから西の街へ向かう。西の街はボスメーロよりデカくて闘技場もあるって話だから、おそらくレフィがノーヴィンさんを見かけたのはここだろう。アライクンさんも、この街にいけばひとりくらいはメンバーを捕まえられるだろうって言っていたから、着いたら協会あたりで聞き込みをする。メンバーを見つけたらこの推薦状を見せて話をする。以上だ」

「はい! ニトさん質問です!」

「はいレフィ」

「この辺りでやることはもうないんです? まだ他にエリアはあるんじゃないです?」

 

 その目を見るだけで、強くなりたくてうずうずしていることがよくわかる。

 

「あるけど、死ぬかもしれないからダメだ」

「しっ……!?」

「ハウジールドの出る山があるだろう? あれよりも北のエリアに入ったら死ぬだろうし、この妖精の花畑よりも南に向かっても死ぬだろな」

「え、え?」

「知ってるのだ。死にたくなかったら“みち”を歩けって言われたのだ」

「おっ、クーはよく知ってるな」

「えっへんなのだ!」

 

 ふふんと胸を反らすクーを尻目に、俺は地図の大きな円と中央の小さな円の中間に、もう一つだけ円を足した。

 

「これが“道”だ」

「みち、ですか」

「レフィがあのパーティで旅をしていたときも、大きな道からはほとんど外れないように歩いていたはずだ。違うか?」

「……たしかに、そんな気がします」

「それがどうしてかを教えておく。この世界のマナは真ん中と外側に集まっていると言われているんだ」

 

 俺は大きな円の外側と、中心の円をがしがしと塗り潰す。

 

「そういえば、その真ん中の小さな丸はなんなんです?」

「山だ。それも果てしなくデカくて高い山だ。トモロスとかいう名前の山らしい。この山の付近と、外側の海はマナが濃すぎて黒い霧のように見える場所があるといわれている」

「ま、マナが目で見えるんです!?」

「そう。海をさらに外から囲うように、黒い霧がずーっと続いているらしい。霧の向こうが晴れてるのか、それともずっと霧なのか、なにか別の大陸があるのか、まだ誰も知らない。トモロスも、そのふともまで見た奴はいるらしいけど、中腹より先を見た奴はまだ歴史上いないっていう話だ」

「ど、どうして見れないんです?」

 

 おそるおそる訊ねるレフィに、俺は静かに口を開く。

 

「……バケモノが出るんだ」

「ば、ばけもの?」

「化けるのだ?」

「魔物とすら呼べないような、“何か”が出るらしい。恐らくは濃すぎるマナのせいで強くなりすぎた魔物が住んでいるんだろうと思うけど、誰もその姿を知らない。……陸地のまま黒い霧の中に入れる場所はこのトモロス以外にもう一箇所だけあって……」

 

 俺は東の国から、海に向かって小さなトゲのようなものを描き加えた。

 

「ここ。東の国だけはこの尖った陸地の部分が海側の霧の中まで続いているらしい。戦争が終わってしばらくした頃に一度だけ世界中の猛者が集められて、この霧の先に何があるのかを探索しようということになったそうだ。知りたくなったんだろうな。この先が別の大陸に続いているのか、それとも違う世界に繋がっているのか。あるいは何もないのか」

「……どうなったんです?」

「全滅だ。たったひとり生き残ったオトコは『黒いものを見た』とだけ言ったらしい。そのオトコも気が狂って死んだらしいけどな。あるいはソイツさえ生き延びていなければまだ望みはあったかもしれないけど、目撃者がいたとなったら全滅はほぼ確定だろう」


黒い霧の先には“黒い何か”がいるんだ。恐ろしくヤバい何かが。

最後にそう言うと、レフィは息を呑むようにして黙り込んでしまった。


しまった、脅かしすぎたかもしれない。


「まあとにかく!」と俺は空気を換気する。

「大陸の内側と外側。どっちに向かっても、魔物が段違いに強くなっていく。逆に言えば、魔物が弱くて安全なのはその中間ってことになる。この円だな」

 

 そう言って、俺は付け足した円を示してみせる。

 

「この中間の“道”を歩いていくだけで世界を一周できるし、ほとんどの街を回ることができる。基本的に街や村は必ずこの道沿いにあるからな。この道さえ外れなければ迷わないし、ヤバい魔物に出会うこともない」

「なるほどです。……こう見るとずっと歩いてたら元の場所に戻ってきちゃいそうですケド、一周するのに何日くらいかかるんです?」

「歩きっぱなしで一年って言われてるな」

「いっ!? 一年ですう!?」

「おねえさんになってしまうのだ」

「ちょっと想像がつかないかもしれないが、それが世界の広さだ。魔物の強さから考えて基本的には道沿いの魔物を倒していくことになる。レベル1って言われているエリアだな。それより奥にあるレベル2のエリアはまだ俺たちには早い。内側にしても、外側にしてもだ。だから道沿いの魔物を狩りながら西の街に向かう。そしてゴノーディスのメンバーを見つけて、推薦状を見てもらう。ギルドに入って拠点を手に入れる。以上!」

 

 さくっとまとめると、レフィは二度頷いた。

 クーはまだ何か思うところがあるような表情で俺を見上げている。

 

「たべものは買ってくのだ? たりるのだ?」

「ボリアの平原がアホみたいに広いから食料は問題ない。水だけは一応用意しておこう。夜営のことはレフィの方が詳しそうだから、街で必要なものをいくつか買っていこうと思う」

「レフィにまかせるのだ」

「そ、そんなに詳しくはないですケド……」

 

 頼られたレフィは少し恥ずかしそうに笑った。

 

 

 

    *   *   *

 

 

 

「ど、どうでした?」

「ほんとにちょっと変わったのだ! 速いのだ!」

「ええ? ほんとです?」

「だから言っただろう」 

 

 レフィはいまいち納得いかない表情をしているけれど、その血色は良い。

 昨日はよく眠れたという。

 

「ありがとうクー、また走ってきていいぞ」

「はしるのだ」

 

 俺が礼を言うと、野に放たれたクーは元気いっぱいに駆け出す。

 運動と喜びを同時に得られるその性質は、正直言ってうらやましい。俺も走りこみは続けているけれど、さすがに楽しいとまでは思えない。ただ最近では、心底辛い、という感じでもないように思える。

 

「なんで場所を口にしたら速くなったんです?」

 

 いまだ納得いかない様子のレフィは俺を見上げる。

 レフィにわかりやすく理解してもらうために、彼女にはまったく同じ地点を想定して、それぞれ音指ノートの出し方だけを変えてもらった。『あそこまで走れ』、『クー、黄緑の30、走れ』。この二つのパターンを試してもらい、後者の方が効果が高まることを実際に確認したところで現在に至る。

 

「音指が明確になったからだ」と俺は答える。

「……どういうことです?」

「あそこまで走れ、っていうのは、走ることだけ明確だけど、“あそこ”っていうのは場所の指定としてはすごく曖昧なんだ。それに誰が走るのかもわからない。音指を受け取る戦士ボルダーの名前、場所の正確な名前、具体的な行動。似た音指でも指定した情報が多くて、より正確な方が戦士は力を発揮できるんだ」

「……うーん、名前と走れっていうのはわかりますけど、あの位置を黄緑の30だなんて言ってるの、たぶんわたししかいないんじゃないかと思うんですケド……」

「司令本人が正確だと思ってることが大事だ。逆に言えば、そこに並んでる石の数と違ったとしても、レフィが正しいと思っていればそれでいい。今回は距離を測って30くらいだったけれど、もしレフィの目算であそこが28だと思ったんなら、28と言ってしまったほうが効果が高い」

「……そんないい加減でいいんです? もしわたしが、あの位置を黄緑の1とか、2とか言っても、です?」

「それでレフィ自身が納得できるなら大丈夫だ」

「あ、そうか……。納得はできないですね……」

 

 ふんふん、とレフィは興味深げに頷いた。

 レフィの疑問はもっともで、しかも根本的な部分を訊ねてくるから俺としても教え甲斐がある。反応も手ごたえも良い。

 

「まあでもレフィの言うように、目測と実際の数字はできるだけ近いほうがいい。その理由を実感するのはかなり先のことになるだろうけど、石を並べてない時でも並んでいるときと同じくらいの精度が出せるようになればいずれ楽になる」

「そんなこと、本当にできるんですかね?」

「慣れだよこんなの。レフィも昨日よりもずいぶん場所を言い当てるのが早くなってる。そのうち何もない場所でも色と数字が浮き上がって見えるようになってくるぞ」

「それはそれで怖いんですが……」

 

 怪訝な顔をするレフィに俺は笑う。

 

「さて、今日の本題だが」と俺は背筋を伸ばす。

「場所の呼び方を早いうちに矯正しておこうと思う」

「キョーセーです?」

「いまのまま癖が付くと後々面倒になる。レフィはいつも便覧で勉強してたり、夜まで技の練習をしてくれているから、これ以上あんまり詰め込みたくはないんだが、これだけはいまのうちに直しておきたいんだ」

「ドンと来いです! なにをするんです?」

「そうだな。まずは“黄緑”を“一音”にしてみて欲しい」

「……?」

「まあそういう顔にもなるよな。黄緑を、レフィの一番しっくりくる呼び方に変えて、可能な限り短くして欲しいんだ」

「うん? えーっと……」

「例えば『きみどり』だったら、『ぎ』とかな。『み』だと緑とか水色と被るかもしれないから、黄緑だけをイメージできる一音をレフィに決めて欲しい」

「きみどりを、です? ええ……」

「黄緑色を思い浮かべて、最初に来る文字を言ってくれればいい」

 

 レフィは目を閉じ、眉を寄せて唸る。

 時折ぱくぱくと動く口からは何かしらの音が聴こえてくるけれど、小さすぎて何を言っているかは聴き取れない。

 黄緑か。俺だったらどうするだろうか。

 

「……………………みゅ?」と突然レフィが鳴いた。

「みゅ?」と俺は聞き返す。

「みゅ、みゅー、です」

「うん? どうした?」

 

 もう一度聞き返すと、レフィは頬を赤らめた。

 

「だっ、だから! みゅ! ですう!」

「ああ、黄緑が『みゅ』なのか」

「そう言ってるじゃないですか! もうっ!」

 

 レフィはそれだけ言うと、ぷいっと横を向いてしまう。

 

 なんだそれ。

 可愛いなおい。

 

「わ、わかったレフィ。みゅ、な? みゅでいこうな?」

「ふ、ふん! どうせわたしの感覚は変ですよう!」

「悪い。悪かった。変じゃないぞレフィ。ちゃんと一音になってるじゃないか! 素晴らしい! 偉いぞ! みゅ! いいじゃないか! みゅ!!」

「な、何回も言わないでください!!」

「偉いぞレフィ! ちゃんと夜に眠れて偉い! 今日も耳の毛並みが綺麗で偉い!!」

「馬鹿にしてますかっ!?」

「滅相もない!」

 

 ひと悶着はあったけれど、黄緑の次は緑、その次は水色と順々に音を決めていき、色が揃ったところで数字にも一つずつの音を考える。1から10はまだしも11を超えてくるとレフィもずいぶんと難しい顔をするようになった。

 

「……これって何の意味があるんです?」

「音指を短くするためだ。『あ!』って言うだけでも音指は発動するけど、それだと効果が薄い、だけど『クーさんは黄緑の1から黄色の20まで走ってください』なんて言ってたら、クーだったら言い終わるまでにそこに着いちゃいそうなもんだろう?」

「それは、そうですね」

「だから、最大限効果を出しつつ、できる限り短縮するんだ。例えばクーに目の前まで来て欲しいとするだろう? クーを『ク』にして、走るを『ソウ』とか『ソ』にしたとすると、レフィの場合なら『クみゅにソー』って言えばクーがこっちに走ってくることになる」

「くみゅにそ、ですか。なんだか元がわからなくなりそうですが……」

「いま決めてるのはとりあえずの一音だから、言いやすいものだとか、元の名前とか行動をイメージしやすい音が見つかればそっちに変えてくれればいい」

「わかりました。……ちなみにですケド、ニトさんの『い』と『も』はどういう意味なんですか?」

「へ?」

 

 俺は質問の意味がわからずに、レフィの真ん丸な瞳を見返した。俺がそのまま首を傾げると、なぜかレフィまで同じ方向に首を傾げた。

 

「……なんて?」

「だ、だから、『い』と『も』です」

「いとも、がどうした?」

「元がなんなんのかなと思ったんですが」

「もと?」

「ニトさん、わたしに音指をくれたときに『いも』って言ったじゃないですか。でもそれですごく速く走れたってコトは、何かを短くして『いも』になったんですよね?」

「………………ああ。そう、そうなんだよ。そう。それで『いも』になったんだ」

「どうして目をそらすんです?」

「いやー! レフィはやっぱり頭がいいなあ! そこに気付かれるとはー! そうなんだよー、最大限の効果を出そうとしたら『いも』になっちまったんだよなー! そうそう! 思い出した! そうだった!」

「ニトさん?」

「それじゃあ後はしっかり音を決めておいてくれー! 狩りの準備をしなくちゃなあ!」

「ニトさんニトさん、ニトさん?」

 

 後ろから服を引っ張る少女をはぐらかすのに、しばらく時間がかかった。

 

 

 

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