第26話 やきにく

 

 

 

「あ、あんた、その子……!」

「ああ、この子ですか? ……クー、おすわり」

「おすわりってなんなのだ!?」

 

 大声を上げたクーに、店主がたじろいだ。

 俺はかまわずにロープの先の彼女に話しかける。

 

「おすわりっていうのは、どうぞすわってくださいという意味です」

「ぜったいちがうのだ! なんかいやなのだ!」

「いやあ、だいぶお疲れのご様子だったので」

「つかれるに決まってるのだあ!」

「やっぱりそうですよね、でしたらお好きな姿勢で休憩していただいて」

「べつにからだはつかれてないのだ……、もうこんなのいやなのだ……」

「あっ、ほんとにおすわり、するんですね」

 

 ぐだっと座り込んで、「うあー……」と嘆く少女を俺は笑っておく。

 俺たちの様子にすこし警戒心が解けたのか、店主は口を開いた。

 

「大丈夫なのかい? その子」

「あー、大丈夫ですよ。このロープも実はなんの意味もないですからね」

 

 俺が声をかけると、ぶすっとした顔のクーは首もとのロープの金具に手をかけて、練習通りにかちゃりと外す。簡単にロープを外してしまったことに店主が驚き、それを見たクーがいやいやながら再び金具を取り付けた。

 

「いったい、どういう……」

「実はですね」

 

 俺は順々に説明をしていく。

 クーを捕まえ、話をしたことや、街の噂にはおかしなところがあり、彼女が街のヒトに誤解されていること。さらにはもうすでに何件かは誤解を解いたこと、ロープを繋いでいる理由から、クーの仕事を探しているということまで洗いざらい話してしまう。話し終える頃には、店主のクーを見る目が幾分柔らかくなっていた。


「……ってことは、その子はなにも悪いことしてないんだねえ」

「そうですね。さっきからじろじろ見てる野次馬のヒトたちはまだ何もわかってないと思いますが、とりあえずお店のヒトたちには先にお話をしておきたいなと思ったんです」

「なるほど。そうかい、なんだか悪いことしたねえ」

「いえいえ、あの噂がおかしかっただけですから」

 

 ぎゅうん。

 

 程よく話がまとまりそうなところで、力の抜けるような音が下から聞こえた。

 

「クーさん、朝ごはん食べたじゃないですか」

「もうお昼なのだあ……」

「あらあら、お譲ちゃん、おわびにこれ食べるかい?」

「えっ!?」

 

 持ってきな持ってきな、といいながら、店主さんはいくらかの果物を袋に詰めてくれる。クーは赤い瞳をキラキラさせながら、そのひとつひとつを目で追っていく。この分だと全部食べる気にちがいない。もちろんそれでかまわないけれど。

 

「ほら」

「わ! わあ! うわー!」

 

 ずしっと重そうな袋をクーははしゃぎながら両腕で受け取る。

 袋の口を覗き込む瞳がものすごく輝いて見える。

 

「あ、ありがとうなのだ!!」

「いいのよー、たくさん食べな」

「に、ニト! 手がふさがってるのだ! 食べれないのだ!」

「はいはい」

 

 俺は袋を受け取ろうかすこし迷い、かわりに中に入っているドウィートをひとつ取り出して、彼女の目の前に差し出した。何の躊躇もなく齧り付き、しばらくもぐもぐと口を動かしたあとで、まるでこの世の至福のような表情を浮かべた。

 

「あぁー……」

「甘いでしょう」

「うまいのだあー……」

「あはっはっは。いい顔で食べるねえ」

 

 まるで甘さの余韻に浸るかのように目を閉じ、天井に向けて嘆息した。

 たしかに、ほんとにおいしさが伝わってくるようだ。

 

「……もう食べないなら残りは僕がもらってもいいんで――――」

「いいわけないのだ!! あむうっ!」

 

 俺の言葉に即座に目を開き、彼女はもう一口頬張って、そしてまた天に召される。

 店主さんの陽気な笑い声が店頭に響いた。

 

 

 

 まず、彼女が俺に捕らえられている、という状況を周知する必要があった。

 拘束もなしに俺とクーが一緒に歩いていたら、彼女が油断して街中を歩いていると勘違いして捕まえようとする輩が出てくるかもしれない。そうでなくても、危険な少女が野放しになっているということで兵士が動く可能性だってある。どちらも面倒だ。

 そして店頭に着いたら、俺はできるだけクーを上から目線でいじり倒す。どれだけバカにしても、クーが暴力を振るったりしないということを見せ付ける。さらには万が一にでも、俺やレフィがクーに脅されていて、彼女は悪人ではありませんと“言わされている”なんて印象を抱かれないためでもあった。

 店のヒトには嘘をつかず、真摯に全てを話し、クーにも普段どおりに振舞ってもらう。そして少しだけ、一般のヒトよりも優遇するような言い方で伝える。秘密の共有や裏話みたいなものは、仲良くなるのにうってつけだ。

 

 ひととおりのお店は回りきり、話が出回るであろう頃合を見計らう。そして依頼主である街の商業ギルドに向かい、事情を説明して、解決料として依頼の報酬を受け取った。

 どの店に確認を取ったところで噂されていた被害自体が存在しないのだから反論のしようもない。むしろよく事実確認もなく依頼を出したものだと思う。

 

 例の迷惑な少女をついに捕まえたというのはそれなりの手柄であり、俺の言葉に価値があるうちに、黒い狼の情報を欲しがっていた金持ちの家にも向かった。

 あの狼はヒトを襲うつもりがなく、ヒトの言葉を理解し、ヒトを怖がらせるつもりはないからしばらく身を隠すつもりらしい。という適当な設定を作って伝えると、案の定「作り話だ、嘘に決まっている」と鼻で笑われた。

 最近では三日に一回は目撃情報がある、ということだったので、「それなら、これから三日間狼が姿を現さなければ信じてもらえますか」と聞いたところ、「十日間なら信じてやってもいい」と返されたので、その条件で呑むことにした。

 十日間、もしクーが変身しなかったとしてもいざとなれば嘘の目撃証言があったと言い張ることもできるだろうから、こちらはあまり期待していない。

 

 そんなことより、三日に一回はクーが壁に激突していたことの方が驚きだった。

 

 

 

「づがれだのだあ……」

「お疲れ様です」

「たいへんでしたね、クーさん」

 

 俺はがっくりとうなだれたクーの首からロープを外し、レフィは労いの言葉をかける。

 嫌味なほどでかい金属の門を出ると、すぐにいつもの街並みが広がる。金持ちの家ってやつはどうしてこう、いろいろなものを大きくしたがるのだろうか。あれだけの数の部屋を使いきれているのとは到底思えない。

 しかしまあ、クーが行儀良くしていてくれたのは本当に助かった。

 

「でもこれでクーさんが無害であることは証明されましたから。あとは噂の残党が駆逐されるのを待ちながら仕事探しですね。お店のひとたちも協力してくれそうな雰囲気でしたし、すぐに見つかると思いますよ」

「そうだといいのだあ……」

 

 ぎるう。

 聞きなれた情けない音に、俺は手で額を覆った。

 

「クーさん、お腹空くの早くないですか?」

「くだものはほんとにおいしかったけど、口の中で消えてしまうのだ。甘いだけなのだ」

「あれだけ食べて、お腹には何も残っていないというんですか?」

「まだなにも入れてないのだ」

「どんな胃袋をしているんですか……」

「ニトはばかなのだ? 胃袋はヒトには見せられないのだ」

「とても勉強になります」

 

 いずれ体内を透視できる魔法が開発されたら誰よりもさきに彼女にぶちこんでやることにしよう。なにか別の場所と繋がっているような空間の歪みが見つかるに違いない。胃袋に。

 

「ごはんか……、どうしますかね」

 

 言いながら、俺は空を見上げる。

 お日様は傾きかけてはいるけれど、その羞恥心をくすぐるような出来事はまだ起きていないらしい。日没にはそれなりに時間がある。

 ……ボリアの丸焼き、いってみるか。

 

「肉、」

 

 まだ言いかけの、たったひとつの単語だった。

 けれどクーの表情と耳を元気にするには十分すぎたようだ。その瞳の力強さに気圧されながら、俺は続きを口にする。

 

「……肉、食べますか」

「にくっ!? にくなのだ!? 肉を食べられるのだ!? ニト! どうなのだ!?」

「草食の魔物の肉なので、もしかしたら肉じゃなくて草かもしれません」

「なんなのだ!? 草なのだ!? やっぱりクーは草なのだ!? 草しか食べられないじんせいなのだ!?」

「大方は草、といった感じの肉ですかね」

「どっちなのだっ!!? それは肉と呼べるのだ!?」

「肉の味のする草ですね」

「だったら肉なのだ!! やったのだあああ!!」

「ええ……?」

「ニトさん、あんまりいじめないであげてください」

 

 レフィの苦言ももっともではあるけれど、肉だ肉だと騒いでいるクーを見るかぎりまったく冗談が通じていないように見える。

 もはや肉の味がするものだったら何でもいいのかもしれない。雑草の味にもいろいろあるとか言っていた野生児だ。ここの空気は肉の味がしますと教えたら寝るまで深呼吸を続けるに違いない。

 

「レフィさんはまだボリアを捌けそうですか? 覚えてます?」

「よゆーですよ!」

「それなら調味料も買っていきましょう。料理長のオススメはなにかありますか?」

「り、料理長ではないですけど……。そうですね、わたしはそのままでしか食べたことがないので、そのへんはニトさんにおまかせします」

「そうですか。だったら香辛料の類ですかね。臭い消しになりそうなものとか、辛味のあるもので味付けしたらおいしそうですね」

「な、なんなのだあ!? よだれがでそうな話をしてるのだあ!」

「出そうじゃなくて、出てますケド……」

 

 レフィの言葉に、クーの口が「ひぐっ」と音を立てた。

 呆れ顔のレフィはしばらくクーを眺めたあと、はたと気付いたようにこちらを見た。

 

「ニトさん、そういえば魔物を食べるってどうやるんです?」

「どうやるというと?」

「だって殺すとクリスタルになっちゃうじゃないですか」

「ああ、それは――――」

 

 うぐ。

 

 言うより早く、クーが足元にタックルを仕掛けてきて危うく倒れそうになる。

 なんだ、一体どうした。

 

「なんなんのだ!? 食べれないのだ!? にく、肉! おにく食べれないのだ!?」

「お、落ち着いてください。食べれるかどうか、その真相を知っているのはレフィさんです。レフィさんに聞いてください」

「えっ? な? わたし、なにも……!」

「れふぃいいいいいいっ!!」

「やあああああああああああああああっ!?」

 

 今にも泣き出しそうなクーは、今度はものすごい勢いでレフィにしがみつく。まるで懇願するように頬を擦り付ける彼女を、レフィは必死で引き剥がそうとする。

 

「れふぃいっ! どうなのだあ!? 食べれるのだ!? 食べれないのだあ!?」

「ちっ、ちょ、離れてください! わたし知りません! あ、わあ、よだれが付きますう! ちょっと、クーさん!」

「クーさん諦めてはいけません。レフィさんはきっと何かを隠しています。肉を食べれるかどうかはレフィさんに掛かっています」

「ニッ!!? ニトさっ! ふざけ、わあ、もう、ほんとに、クーさん、ちょっと」

「れえええええええふうううううううう、うぃいいいいい」

 

 もはや何かのクリーチャーと化している。どうやら狼の姿に変身しなくてもクーは人外に変化する術を持ち合わせているらしい。

 食欲とは恐ろしいものだ。

 

「やめ、ひゃあ、クーさ、もっ」

「肉ぅうう、のだあああ」

 

 肌が剥がれるのではと思ってしまうほどの頬ずりだ。そのうち二人の境界線が曖昧になって、溶けて混ざり合って合体するのかもしれない。

 だとしたらレフィも近いうちに、のだのだと言い始めるのだろう。

 蹴るのだ。蹴るのだ。

 

 

 

 

 

「すねが痛いのだ」

「うん? クーのまねなのだ?」

「いいからはやく、ニトさんはやり方を教えてください!」

 

 憤慨したレフィの声が草原に広がった。

 ボリアの群れを遠くに見ながら俺はひとり足をさする。

 

 さてさて、いつものように魔物を倒してしまえばクリスタルに代わってしまうのはレフィの言ったとおりだ。だとしたら、魔物を焼いて食べたり依頼やお金のために皮や骨などの素材を集めているヒトたちはいったいどうしているのか。

 いまはクーがいるので、ちょうどいい。

 

「クーさんは戦いはできますか?」

「たたかい? あそこにいるのとたたかうのだ?」

「そうです」

 

 俺が気楽に声をかけると、クーは存外にも暗い顔で押し黙った。

 なにか問題があるのだろうか。

 

「……たたかいは、嫌いなのだ」

「戦闘は嫌いですか? でも、スコールは」

「クーは走りたいだけなのだ! 走るのが、好きなだけなのだ」

 

 そう言って俯いてしまうクーに、俺とレフィは顔を見合わせる。

 スコールが変異種ミュランストレイスなら、それこそバリバリの戦闘型種族なのかと思っていた。そうでないとすれば、誇り高きスコールの末裔というのは戦いによる栄光ではなかったのかもしれない。

 勝手に勘違いをしていた。イメージとは恐ろしいものだ。

 何に優れていたのだろうか。伝達系の魔法がまだ開発されていない頃の伝令役なんかをしていたのだろうか。それなら足の速さは十分に役に立つ。やはり俊足を活かした仕事をしていたのだろう。

 

 ――――いや、でも「みんなつよいのだぞ」って、言っていたような。

 

「……それならいつも通り、レフィさんにお願いしますか」

「いいですけど、どうすればいいんです?」

「難しいことはありません。あのボリアを食べたいと思いながらトドメを刺してください」

「はい?」

「お腹が空いたー、でもいいですし、ボリアの皮が剥ぎたいなー、でもいいですから。ほらほら、さくっと一匹やっちゃってください」

「え、え?」

 

 俺に押し出されたレフィが何度もこちらを振り返りながら、おぼつかない足取りで前に進んでいく。そして首を傾げながらも構えを取り、いざ、というところでもう一度振り返った。どれだけ俺の指示が不可解だったのかがその表情によく現れている。

 

「食べたい、で、ほんとにいいんですね!?」

「いいです。どうぞ」

 

 やはり納得いかない様子で向き直り、レフィは宝剣を抜いた手の指先で軽く頭をかいた。

 そして群れのうちの一匹に狙いを定め、そろりと近づき、剣先を揺らして挑発する。それだけで簡単に敵意を露わにしたボリアが突進をしかけ、レフィはそれを軽くかわした。

 二、三度それを繰り返すと、釣り出されたボリアが先頭に一匹だけ孤立する形になる。群れの全体を見渡せる位置までくると、レフィは一気に反転する。

 

 軽い宝剣で目や頬、足を傷つけ、動きが鈍ったところへ、額に一突き。

 もう何度も見慣れた光景だった。

 

「うぁー……」

 

 小さな小さなつぶやきが隣から聴こえ、目をむけると、クーは今にも「痛そうなのだ……」とでもいいたげな表情で魔物を見つめていた。

 

 これまた、なんとも意外な反応だった。

 

 草を食って生き延びていたような野生児が魔物に同情をしている。スコール種は狩りを行わないのだろうか。もしかしたら畑中心の農耕種族なのかもしれない。


 いやいやいや、まてまてまて。


 クーは肉という単語だけであれだけ興奮していた。肉を食べたことがないはずがない。むしろ主食というか、大好物まであるはずだ。だとしたら狩りを行っていたのは里の強者たちだけで、クーは見学もしたことがないのかもしれない。


 調理済みの肉しか目にしたことがない俺と、実は感覚が近いのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、レフィの呼ぶ声が響いた。


「ニトさーん! すごいです! クリスタルにならないですっ!!」

「いいですねー。そうしたら一応サモクを撃っておいてください。その一匹を川まで引っ張りましょう」

「はい!」

 

 レフィは転がっているボリアの前に立ち、静かに構える。

 俺が駆け寄るより先にぼふっと砂塵が舞い、狩った一匹と群れとの間に砂の壁が出来上がる。目を閉じ口を結び鼻をつまんだレフィが中から飛び出してきた。

 

「レフィさん、一気に向こうまで引きずりますよー!」

「んあいっ、こっちの足持ちます!」

 

 砂煙が風で消えてしまう前に、俺たちはさっさとその場をあとにする。

 さっそく肉祭りだ。

 

 

 

    *   *   *

 

 

 

 眉間にシワが寄るほどうまい。 

 

「にぐううう、はああ。さいこうなのだぁああぁああ……」

「おいひーでふね」

 

 ぱちぱちと弾ける炎の音を耳にしながら、俺は汁の滴るやや赤みの残った肉にかぶりついた。火の通った柔らかい肉は食いちぎる必要すらなく、歯を立てた部分からむしゃりと頬張ることができ、口の中で肉汁と一緒に溶ける。

 すでに部位と焼き加減を心得ているレフィは、食べごろになったブロックから順番に手渡してくれる。金属製の串の先でじうじうと音と湯気を立てる肉は、もうそれだけで唾液が止まらなくなる。

 

「クーさん、クーさん、これかけてみてくださいよ」

「うん? このつぶつぶの砂みたいのはなんなのだ?」

「香辛料です。ちょーっとだけかけてから食べてみてください」

 

 手渡されたそれを、クーはおそるおそるといった様子で食べかけの肉にふりかけた。途端にこちらまで広がる香ばしい匂いに、クーが目を見開いた。開けっ放しの口からはいまにもよだれが垂れてしまいそうだ。

 

 彼女は俺を一瞥したあと、もう辛抱たまらないといった様子でかぶりついた。もしゃり、もちゃり、豪快にあごを動かす。ごくりと飲み込み、ぎゅっと目を閉じて、空へ息を吐いた。そのまま動かなくなってしまったかと思ったら、ずずっと鼻をすする音が聴こえる。

 また泣いてるよ。

 

「うぁあ、もうしんでもいいのだあぁ……」

「クーさん、ほら次のが焼けましたよ」

「はっ! はあっ、もらうのだ! レフィはてんさいなのだ!」

 

 両手に串を持ったクーはすごい勢いでボリアの肉を平らげていく。

 ずっと草を食べていたということは、彼女にとって肉を食べるのはどれくらい振りになるのだろうか。

 俺は果物屋で買ったうちの一つをナイフで斬り、手元の肉に数滴かける。がぶり。

 はあ。うめえ。俺も泣くかもしれない。

 

「にっ、ニト!? それはなんなのだ!?」

 

 目ざとくそれを見つけたクーが騒ぎ出す。

 俺は笑って、斬った果物の半分を手渡した。

 

「酸味のある果物ですよ。これもちょっとだけかければまた別の味になります」

「ほんとなのだ!?」

「こう、かるく押して絞るんですよ」

「かるく、おして、あっ、ぁあああ、かけすぎたのだあああああ!」

「まだありますから、大丈夫ですよ」

「クーのたからものがああああああ!!」

「だから大丈夫ですって」

 

 ずいぶんと安い宝物だ。

 

 んう、んうと泣き声を上げながら、クーも肉をまるごと口に突っ込む。たくさんかけてしまったからには、たくさん食べなきゃいけない、みたいな意思を感じる。

 

「んん~~~~~~っ!!」

 

 座ったまま、クーは手足をバタつかせる。

 すっぱかったのか、それともたまらないほどおいしいのか。はたまたその両方か。

 

「はあ、しぬのだ。しあわせすぎてしぬのだ。レフィにころされるのだ」

「そんな大げさな」

「レフィも食べるのだ! はやくはやく!!」

「ちゃんと食べてますから、大丈夫ですよ」

「これなのだ! これをかけるともっとおいしいのだ!」

 

 自分の幸せを早く共有したいのだろう。

 レフィは苦笑しながら果実を受け取り、自分の肉にかけてぱくりとやった。

 んふ、と零れる笑いに、クーとレフィは顔を見合わせて笑い出す。

 

「まだまだありますね。食べ切れますかね?」

「だいじょうぶなのだ! これぐらいならクーはぜんぶいけるのだ!!」

「さすがの胃袋ですね……」

 

 どんな雑草を口にしても具合が悪くならないクーは、本当に最強の胃袋の持ち主なのだろう。正直言って、ちょっとだけうらやましい。

 

 

 

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