食卓の上には

しゅりぐるま

梅干しおにぎり

 人間の身体はよく出来ていると思う。

 ここ最近、風邪をひくのはいつだって会社が休みの日だ。

 心地よい緊張を保っている平日は絶好調で、気の緩んだその瞬間に無理したつけが回ってくる。

 すっかり土日にしか風邪をひかなくなり、僕も立派なサラリーマンになったものだと、変に感慨深いものがある。


 今年も最後の月を迎え、もう間もなく冬期休暇に入る寸でのところで、久しぶりに熱を出した。予定のつまった休暇でなくてよかったが、まだもう一仕事残っている。明日の出社日には何事もなかったかのように会社へ行く。そう決めて一日中布団の中で過ごし、すっきりと目覚めた翌朝。顔を洗ってリビングへ行くと、テーブルの上には、ころんと丸まったかわいらしいおにぎりが、大好きな海苔にくるまれて並べられていた。

 梅干しが混ぜられた白米は、濃いピンクに色づき、見ているだけで口の奥からつばが湧いてくる。じわじわかいた大量の汗によって失われた塩分を、身体が心底欲しがっているのことに気付かされた。


「パパ、熱下がったみたいだね」

娘の言葉に微笑みを返しながら食卓につく。


 うちの梅干しは自家製だ。毎年季節になると袋入りの梅を買い、塩をまぶして天日で干す。出汁や蜂蜜は入れないから、そのままで食べるとかなり塩っぱい。だが、白米に混ぜたり、料理に使うと、食材の持つ甘さが引き立てられ、とても美味く感じるのだ。


 ありありと思い浮かぶその味覚にはやる気持ちを抑えて、おにぎりの横に置かれた白湯さゆに口をつけた。ほんのりとした温かさが、まだ少し痛む喉を通り抜けていく。


「そのおにぎり握ったの、私だよ。梅干し混ぜたのはお母さんだけど」

娘がトーストをかじりながら言う。

「形良く握れてるじゃないか。さすがお母さんの子だな」


 次から次へと溢れ出るつばを抑えきれなくなり、おにぎりに齧りついた。まろやかな塩分が口の中いっぱいに広がる。こころなしか米は柔らかめで、疲れた胃にするすると収まっていく。「そういえば、腹も減っていたな」一日ぶりの、形のしっかりした食べ物に食欲も満たされていく。


 二つ目のおにぎりを口の中に入れると、ガリッという音がして、梅干しの種にあたった。一つ目にはなかったから、きっとこっちに入っていると思っていた。口の中で種を遊ばせながら、残りのおにぎりを平らげていく。まるで今この瞬間、おにぎりを食べることが前々から決まっていたことかのように、僕の身体はその塩分を瞬時に吸収する。病に疲れた身体が、癒やされていくのを感じた。


 先程まで白湯の入っていた湯呑には、新たに温かいほうじ茶が淹れられ、湯気をあげていた。冷ましながら飲み終える頃には、僕はすっかり仕事をする活力を取り戻していた。


 シャワーで汗を流し、すっきりとして出掛けよう。嫁と娘に礼を言い、僕は食卓を後にした。

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