第3話 まぐわいの失敗

 押し倒してガッチャンコを楽しむ前に、まぐわいの儀式を済ます必要があった。ガッチャンコをするだけでは元気な国は産まれないのだ。まぐわいの儀式からのガッチャンコ。その過程をふんではじめて国が誕生する。


 それをイザナミに説明すると、「うん、わかった」と神妙に頷いた。


 まぐわいの儀式はオノゴロ島に最初に立てた柱『あめ御柱みはしら』を介在して行う。柱の前に立ったイザナギは、左右を交互に指差してイザナミに告げた。


「俺は柱の左からまわる。お前は右からまわってくれ」


 天の御柱の左と右からぐるっとまわって、出会ったところでお互いに声をかけ合う。それがまぐわいの儀式のしきたりであり、声をかけたところでふたりは正式に結ばれる。


 早くガッチャンコがしたい。イザナギはその一心で柱を左からまわり歩いた。ややしてイザナミと出くわし、早速声をかけようとしたが、先にイザナミが抱きついてきた。


「お兄ちゃん!」満面の笑顔を胸に押しつけてくる。「お兄ちゃんってイケメンだよね!」


 イザナギはイザナミを抱き返して言った。


「お前も最高にかわいいな! 国津神くにつかみのなかで一番かわいい。いや、天津神あまつかみを合わせても、お前が一番かわいい!」

「ありがとう、お兄ちゃん」イザナミの腕にぎゅーと力が入った。「嬉しい」


 妹の身体は思いのほか柔らかく、なんだか甘い匂いがした。イザナギは辛抱たまらなくなって、今度こそイザナミを押し倒した。


「イザナミ!」

「きゃあ、お兄ちゃん! 優しくして。乱暴なのはやだ!」


 優しくなんてできなかった。イザナギは欲望のままに激しくガッチャンコした。


 事を済ませたイザナギは、イザナミに腕枕をしながら、煙管きせるをプカプカふかしていた。イザナミは幸せそうな寝顔を見せていたが、突然目を覚ますと、かけ布団を跳ね除けて上半身を起こした。


「お、お兄ちゃん……」


 顔が青くて今にも嘔吐しそうな顔だ。


「どうしたイザナミ、気分でも悪いのか? 吐くなら吐け。そのほうが楽だぞ」

「う……」

「う?」

「産まれるかも……」

「出るの下かい! ていうか産まれるの早っ。さすが俺の妹だ。がんばれ!」


 しかし、しばらくして産まれたのは、手足のないぐにゃぐにゃとした不気味な子で、ひるにそっくりな水蛭子神ひるこがみだった。


「ごめんなさい……」イザナミはひどく落ちこんだ様子だった。「これ、国じゃないよね……」

「そうだな、違うみたいだな……」


 イザナギは水蛭子神を葦舟あしふねに乗せて海に流したあと、イザナミの頭を抱き寄せて優しく撫でた。


「ときには失敗することもあるさ。もう一回ガッチャンコしよう。かわいいお前となら何回でもガッチャンコできるぞ。底なしだ」


 イザナギはなんとかイザナミをなだめて、もう一度ガッチャンコした。ところが、次の子である淡島あわしまも、ちゃんと産まれずに流産してしまった。


 一度ならず二度までも。イザナミの落ちこみようは今までにないほどで、淡島を抱きしめたままわんわん泣き続けている。なんとかして慰めてやりたいが、イザナギはどう声をかけていいのわからなかった。


 なにも言えまま時間だけが過ぎていったが、ややしてイザナミの涙が少し落ち着いてきた。イザナギはそれを見計らって提案した。


「なあ、イザナミ、天之あめの先輩に相談してみよう。ガッチャンコの仕方になにか問題があって、国産みがうまくいかないのかもしれない。天之先輩ならわかるはずだ」

「お酒ばっかり飲んでて……」イザナミはグスっとはなすすった。「最後は魂だけになったポンコツな人だよ。そんな人に相談してなにかわかるの?」

「あれでも超絶大神五柱戦隊スーパーゴッドファイブレンジャーの大将をしてる偉い神さまなんだよ。きっといい知恵を授けてくれるさ」


 イザナミは飲んべえの天之御中主神あめのみなかぬしのかみをよく思っていない。しかし、イザナギが手を握ってやって歩きだすと、特に嫌がることなく素直についてきた。


 イザナギはそのままあめ浮橋うきはしまで戻ると、指パッチンをしてイザナミと共に天界にのぼった。


【第四話に続く】


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