4.恩返し

 何も無い部屋を眺めながら、膝の上で丸くなっているメルカバを撫でる。

 だが返って来るのはメルカバの気持ち良さそうな寝息だけで、主人たる俺に甘えて来る事は無い。

 そのおかげで、とてつもなく寂しいが、これも仕方ないだろう。

 何たってイルムが尋問小屋なる建物へと連れて行かれてから既に三時間が経っている。

 その時間を何も無い空き家でのんびりと過ごしていないといけないのだ。メルカバが眠りこけてしまうのもおかしくはない。

 

 それにしてもと、無防備な寝顔を見せるメルカバに感慨深いものを感じてしまう。

 森で出会った時はあんなに怯えていたというのに、今となってはこの懐きっぷりだ。

 たった一日しか経っていないと言うのに、なぜこんなにも懐いてくれたのだろうか? 

 こいつの仲間を目の前で殺したと言うのに、なぜ?

 仲間たちとはそこまで仲が悪かったとか、自分より強い相手なら誰にでも懐くとか、そんな習性でもあるのだろうか。


 そんな益体の無いことを考えていると、扉が二度叩かれた。

 

「開いてますよ」


「あ、ホントだ」


 拍子抜けしたような反応をしながら入って来たのは健人だった。

 その後ろにはイルムが疲れと共に、解放されたことに対する喜びを顔に出している。


「イルム、何もされなかった?」


 あの様子なら大丈夫だろうが、一応聞いておこう。


「大丈夫、記憶にある事全部話してたら長くなっただけだから」


「言っとくけど、俺達は野蛮人じゃねえからな? 見くびるな」


 心外そうに顔を歪める健人に謝りながら、片手で一向に起きようとしないメルカバを揺する。

 ようやく不機嫌そうに目を覚ましたメルカバを俺の膝から降ろし、こっそりと籠の中に入っている果物に手を伸ばすイルムに。


「それで、イルムは今後どうするの? 俺は今日か、明日にはここを出ようと思うんだけど」


「あ、え、そ、そうなんだ。じゃあ、私も一緒に行こうかな。ここからヘルトまで遠いし、一人だと怖いから」


 イルムは言いながら、開き直ったのか堂々と果物に齧り付いた。

 何にせよ、この世界を旅する以上はこの世界の人が居てくれた方が楽だし心強い。イルムが共に行動してくれるのはかなりありがたいな。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、イルムはニコリと笑って。


「アオトはまだ他の国に行ったことが無いんでしょ? 私が面白い所案内してあげるから、期待してて」


「おお、楽しみにするね」


 何となく顔が熱を持つのを感じながら、俺もイルムに笑顔を向けた。

 と、開け放たれたままの玄関から誰かが入って来る音が聞こえ、目を向けると靴を丁寧に揃えている木ノ下が見えた。


「木ノ下さん、どうしたんですか?」


「ああ、少し話をしようと思ってな」


 靴を整えたらしい木ノ下は俺を振り返り、疲れた顔を見せた。

 俺は居住まいを正し、床に胡坐をかいて座る木ノ下に向き直る。


「そんなに硬くならなくていい。健人、悪いけど少しの間出てて欲しい」


「はいよ」


 大人しく家を出て行った健人を木ノ下は見送ると、俺に向き直った。

 すると大きな溜息を吐き、ボロボロのスマートフォンを床に置き、


「山を下ってすぐの街に、俺の同級生がいる。そいつにこれを渡して欲しい。頼めるか?」


「構いませんけど……それって使えるんですか?」


 思わず率直な質問を漏らす俺に、木ノ下はそのスマホの画面を俺に向け、軽く左右に振った。

 すると、そのボロボロな外見には見合わない高画質なロック画面が映し出され、イルムが驚きで目を丸くした。


「凄いですね、てっきり充電も無ければ中身も壊れているのかと思いました」


「だろうな。とにかく、これを佐藤雄哉の住んでいる家に届けて欲しい。これが地図だ」


 スマホと一緒に一枚の紙を受け取り、その紙を開いてみるとどうやら手書きの地図のようだ。

 子供の落書きだと言われても頷けてしまうような、かなり酷いものだが、恐らくは無いよりマシだろう。…………恐らく。

 俺は礼を言いながらその紙とスマホをズボンのポケットに仕舞おうと――


「待て、もしかして今から出るつもりなのか? もう日が暮れるから、明日の朝にしな。もしそいつらが来ても追い返してやるから」


「……何から何までありがとうございます」


 これを届けるだけで恩を返したことになるのだろうか。出来るなら、もう少し色々と手伝ってからここを出たかったな。

 後悔にも似た感情が湧いて来るのを感じていると、木ノ下は立ち上がり、


「俺の家に泊って行け。ここまで寝袋を運ぶの方が面倒だ」


 俺のその感情をより強くするようなことを言い放った。

 一瞬、寝袋を自分達でここに運んで来て寝るべきではとか、少しでも迷惑を掛けない方法を考えたが、これを断るのは失礼だろう。

 

「はい、お邪魔します」


 俺の返答に、木ノ下はニヤリと嫌な笑みを作り、手で付いて来いとジェスチャーをする。

 ……ああ、これって何か面倒な仕事押し付けられるやつだな。まあ、それはそれで別に良いけれども。


 俺は、何かを察したらしいメルカバと、いつの間にやらもう一つ果物を食べていたイルムを連れて、木ノ下の家へと向かった。


 ★


 家に来てから一時間が経った。

 美味い飯も出され、今やっている作業を終えれば温かい風呂も待っている。


 ――――だが、この作業が終わるのはいつになるのだろうか。


 チラと見ると、イルムは腕がへとへとなようで、剣を研ぐ動きがかなり遅くなっている。

 だが、俺が代わりにやってやると言うわけにはいかない。

 何たって、俺の元にも数百の武器が積まれているのだから、これを先にどうにかしなければならない。

 そう、作業とは村人たちの使った武器の手入れだ。

 今回の戦闘で傷んだ武器たちを磨いたり、研いだりしなければ使い物にならなくなってしまうらしい。

 まあ、ここにある内の半分くらいは手入れをしないで放置していた物らしいから、その分時間が掛かってしまうのだが。


「アオト、何で私達こんなに色々やらなきゃいけないのぉ?」


「……恩返しってことで」


 言いつつも、とっくに恩を返し終えたような気がしてしまう。

 何にしても請け負った以上はやれるだけやろう。そこまでやれたら恩返しを終えたと胸を張って言えるだろう。

 

 そんな事を考えつつ、力を入れ過ぎないように気を付けながら刀身が六十センチ程度の剣を丁寧に研ぎ石に擦り付ける。

 既に力加減を間違えて三本の剣と槍をへし折っている。これ以上は気を付けなければならない。

 と言っても、元々使われないで放置されていた物だから脆くて簡単に折れてしまったのだから仕方ないと言えばそうなのだが。


「メルカバ、これを村長に渡して来て」


 横で暇そうにゴロゴロしていたメルカバはやっと出番が来たかと言わんばかりに尻尾を振ってそれを咥え、村長がお茶を飲んでいるであろうリビングへと駆けて行った。

 俺は左右に揺れる尻尾を見送り、次の武器に手を掛ける。 

 相変わらず刃こぼれの酷いそれを力加減に気を付けながら研ぎ石に擦り付け、刃先の小さな凹みを少しずつ削る。

 何となく俺の腕が上がっているような気がしていると、俺の耳が外の騒ぎ声を微かに捉えた。

 耳を澄まし、声のする方に集中する俺に、勝手に休憩に入っていたイルムが。


「外騒がしいね、気晴らし程度に見に行ってみる?」


「じゃあそうしようか」


 ハッキリ言って俺も作業には飽きて来ていたし、木ノ下もある程度やったら休憩入れても良いと言っていたし、別に行っても問題は無いだろう。

 それに、聞いていると怒声のような物も聞こえるし、揉め事の可能性が高そうだ。

 

 丁度村長の元から戻って来たメルカバと、作業をサボれるからと大喜びのイルムを連れて、音の発生地と思われる村の入り口に向かう。

 心配そうに村の入り口側を見つめる村人たちをチラホラ見ながら、そこにゆっくりと歩いて行くと、再び怒声が聞こえた。


「ふざけんな、何で俺達が入ったらダメなんだよ! こっちはいきなりこの世界に呼び出されて、死にかけたんだぞ!」


 どこかで聞き覚えのある声で、俺は思わず立ち止まった。

 この声、間違いなく半田だ。俺の胸倉掴んで怒鳴って来た時の声と全く同じだ。


「そんなこと言われても困るな。誰も入れるなとは村長の命令なんだから」


 面倒くさそうに言葉を返す門番に内心同情しながら、早く見に行こうと俺を急かすイルムと、何かを察したらしく警戒するように尾を立てるキャッサバに、


「さっき俺がここに来るまでの事話したろ? 門番と言い争ってるのってそいつらだよ」


「……うわぁ」


 イルムは嫌そうに顔をしかめ、その足元で毛を逆立てているメルカバを抱き上げ、踵を返した。

 門番には申し訳無いが、流石に三十五人のキチガイ集団となんて関わりたくない。

 明日、門番の人に会えたら謝罪でもしておこうと考えつつ、俺もイルムの後を追おうとした所で――――爆発音が響き渡った。


 振り返ると、もくもくと煙が上空へと昇って行き。

 そして微かに同じクラスだった女子達の耳障りな悲鳴と門番たちの怒声が聞こえる。

 そう言えば、半田の持ったスキルって全ての攻撃に爆発を纏わせるとか言う【爆弾魔】だったよな。半田が癇癪を起したのだろうか。

 

「行った方が良くない? このままじゃ門番さんたちが危ないよ」


 イルムが心配そうな声を上げるが、俺の耳には奴らが慌てた様子で逃げて行く音と悲鳴、そして門番が怒声を上げながら追いかけていくのが分かる。


「いや、大丈夫。門番にビビッて逃げて行ったから」


 癇癪を起して門番たちを殺そうとしたんじゃなく、単に脅そうとしたのだろう。

 それによく考えてみればあいつらが人を殺せるほど肝が据わっているとは思えない。

 武装した村人たちが慌てた様子で駆けて行くのを横目に、俺達は村長の家へと戻った。

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