第5話 ワルプルギスの夜 下

青年に世話になった私は、いつしか彼と一緒に暮らすようになっていた。

不思議な事に、彼は私が魔女だと知っても追い出そうとはしなかった。

それどころか、突然結婚しようと言い出したのだ。

そんな事を言い出す人は初めてだったし、そもそも魔女だと知って私を遠ざけようとしなかった人間はいなかった。

こんな平凡な幸せを得るのも良いかもしれない。

この時の私は本気でそう思っていた。


彼と暮らして数十年経った、あの日までは。



それは彼が病に倒れ、その命の残り火が今にも消えそうな時のことだった。

「……お前に会えて、一緒に暮らせて、俺は幸せだった……」

「私もよ、あなたが私を愛してくれたから、生きる希望を持てたんだもの」

彼の呼吸が薄くなる。

命が消えていく。

その時、私の指先が崩れ始めた。

灰になっていく。

そうか、私もやっと終われるのか。

愛する人と一緒に死ねるなら、これまでの苦しみも少しは報われる。

ゆっくりと、ゆっくりと灰になって崩れていく。

これまでの長い人生を数えるように。


「…………………だ」

彼が涙を流しながら何かを言った。

「どうしたの?」

「お前のせいだ!お前のせいで!俺は病で死ぬんだ!」

彼が突然怒鳴りだす。

何を言っているの?

灰になっていた体が再生していく。

「お前みたいな"魔女"を愛したから!お前なんかと出会ったのが間違いだったんだ!」

ああ、結局こうなるのか。

彼は他の人より少し我慢強かっただけだ。

これまで抑えつけていた感情が、死の間際に爆発しただけだ。

今までも、彼は心のどこかでそう思っていたのだろう。


私は命が尽きるまでの短い時間を、呪詛を吐くのに費やした憐れな男を置いて再び旅立った。



そして長い長い旅の末、今この街にいる。




「どう?つまらなかったでしょ?」

話し終わると、隣に座って私の話を聞いていた少女に向かって言う。

「つまらなくなんて無いです…」

そして、少女は寂しそうな顔でこう続けた。

「魔女様は、死にたいんですか?」

とても真剣な眼差しだった。

「ええ、そうよ」

「でも厄介な事に、両思いの相手が居ないと死ねないのよね…」

「だから死ぬために恋人を探している……探していたはずなのに、長く一人で居すぎたせいか、普通に誰かを愛したくなったの」

「私が死ぬためじゃなくて、普通に誰かを愛して、誰かに愛されたい、そんな風に思うようになったのよ」


私がそう言うと、少女は花が咲いたように笑った。

「だったら私を愛してください!」

「私も魔女様の事が大好きなので!」

「……全部話したら帰るって約束だったでしょ」

「さあ、帰りなさい」

私は少女の背中を押して、玄関まで連れていく。

「あっ!待ってください!」

「私、16歳になったらこの街をでなきゃいけないんです!」

「だからそれまで、ここに遊びに来てもいいですか?」

「……好きにすると良いわ」

「っ!ありがとうございます!」

丁寧に頭を下げて、少女は街に帰っていった。


それからもリリーは私の家に度々来ては、色々な話をしていった。

家がつまらないだとか、友達のレイナが美味しいお菓子をくれただとか。

そんなありふれた日常の話を。




そんな下らない話をした2年間は、私の人生の中で一番平穏で、楽しい時間だった。

あんな事が起きなければ、ずっとこうして居れたかもしれないのに。




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