第2話「お客さんがやってきた」

「それ持ってきて」


 きゅい、という小さな声が鳴った。ピンクで小柄なカワウソくんは私の言うとおり、小瓶を両前脚で抱えるようにしてちょんちょんと後ろをついてくる。

 でも何だか声に元気がない。やっぱり初日に目の前であんな言い合いをしてしまったせいだろうか。困った。ちなみにお父ちゃんとの話し合いは平行線。


 あのあと言い合って引き出したんだけど、お父ちゃんは私に何処かに嫁いで幸せになって貰いたいらしい。


 そりゃさ。お母ちゃんが死んでから、私を一人で育ててくれたことには感謝しているし、職人として稼いでいるから生活も何とかなってはいる。

 今日だって、本当は薪の日だから世の主婦は保存できるパイを仕込んで家のことをするのが普通で。それは、家族全員がしっかり日課をこなさないと生活が成り立たないからで。裁縫仕事とかあれこれをお父ちゃんの稼ぎで肩代わりしているだけなんだ。


 だから再婚しないで欠けたまま、というのは色々と言われてしまう。問題があるんじゃないかとか、私が不憫だとか。

 私はそれを聞いて、お父ちゃんの凄さを見ているからこそ。職人として認められ“ああ、職人一家なんだ立派だなぁ”みたいになりたいと思ったわけで。


 それと同じように、お父ちゃんは“娘は不憫なんかじゃなく良い所に嫁ぐことができた”という幸せを願っているらしい。勝手なんだ、お互いに。


「どうにかしないと……」


 お店に品を並べ終え、カウンターに座った私は思わず独り言だ。きゅい、と落ち着かずに横に座っていたカワウソ……いや契約時にペコと名付けたのだった。カワウソのペコは鼻をひくひくと動かしながらこちらをうかがっている。


「ペコ、どうしたらいいと思う?」

「きゅい?」

「何がって、あの頑固お父ちゃんのことだよ。どうしたら認めてくれると思う?」

「きゅきゅー」

「わかんないって、まぁそだよね」


 カウンターに座って、頬杖をした私は店内をぼんやりと眺める。狭いながらも棚にはびっしりと色んな動物の形を模した装具や魔道具が並べられていた。


 守護精霊の身体となる装具は色んな種類があって、具現化出来ない子は魔石化した素材を核に素体をつくる。

 ある程度出来る子は補助となる装具だけで良いけど、仕事内容や特性で素材の事情も変わるし、何より魚やら獣やら鳥やら形状も様々。


 今店内に飾ってあるのはサンプルで、そのまま使えるほどピッタリな子ならともかく、基本はお父ちゃんが依頼主とやり取りしながらつくるもの。

 色んな守護精霊が身を寄せられるよう素材を加工できるようにならなければならなかった。


「難しいのは知ってんだもん。だから、早く修行したいんじゃんね」

「きゅー?」


 なんて腐っていたら、窓の外からこちらを見る人物と目があった。

 何やら筋肉質な長身に垂れ目な男は、おそらく冒険者。毛皮のコートと背中にまわした剣が印象的だった。


 私は何事もなかったかのように背筋をのばし、向こうは何やら苦笑しながら店の扉をあける。


「あー、ここって守巫屋かみふやか?」

「そうだけど、お客さん冒険者?」

「ああ、先週こっちに来たばかりでな。守護精霊の装具を見てもらいたい」


 言いながら男は、腰に装着していたちょっと大きめな革袋から破損した装具らしきものを取り出してカウンターへと置いた。

 私はそれをまじまじと見つめてしまう。それは堅牢なお父ちゃんの仕事とは違う、飴細工を練って成形したかのような、見事な芸術品だった。


 艶やかに透き通った本体は卵型で、一抱えほどの大きさ。その中心にはおそらく核となっているだろう魔石が薄らと見えた。

 手足となる装具が接続されていないけど、おそらく守護精霊が宿れば手足や体は覆うように具現化出来るほどの力があるのだろう。


「お嬢ちゃん?」

「あ、ごめん。その、見事な品だったんで」

「良いだろう? 王都の腕利きの仕事なんだが、ちとダンジョンでな」


 言われて私は気付く。装具には一筋の亀裂が入っており、奥に仕込まれた核が割れていた。

 装具のように魔力を帯びた品、それも守護精霊が宿ったものを壊すなんて、よほどの攻撃だったんだ。


「守護精霊は?」

「無事だ。俺の力じゃ具現化できないんで、ほら」


 言うなり、男の周囲に橙色した光の球が浮かぶ。姿形は出せないが、常にそばにいる守護精霊はこうしてある程度の力を顕すことが出来る。


「良かった。でも、これを直せるかどうかはちょっと。お父ちゃ……店主でないとわかんない。でも丁度今日から素材収集にいっちゃって」

「まいったな。どの辺に? 帰りは?」

「あちこち巡って満足するまでは……」

「まじかよ」


 冒険者の顔が若干引き攣っていた。ここまで飛びぬけた一品だと、他では断られたのかもしれない。このあたりで素体から組める腕前があって冒険者組合と契約をしているのはお父ちゃんだけだし。それに、特性の相性もあるはず。


「父は火特性の装具士なので待っても完全修復は難しいかも」

「間に合うと思うか? 装具は生き物って話だよな……」

「一度起動した以上魔力で生きる道具なんで、このまま時間が経つと装具としては残念ながら」


 私はカウンターに置かれた素体を撫でた。武骨なお父ちゃんとは全然方向性が違うけど、素晴らしい出来栄えの作品。

 きっと精霊が宿って起動する姿も凄かったんだろう。それが死んでしまうというのは、守巫屋かみふやの娘としても悲しい。


「くそっ、弟子は居ないのか? 水と土の術者が居ればいけるはずなんだ」

「え?」

「それなのに皆びびって断りやが……」


 水と土? 私は、その意外な台詞に相当間抜けな顔をしてしまったのか。困り顔だった冒険者がこちらに気付いて言葉を切り、不思議そうな顔をし始めた。


「もしかして、君が?」

「え、いや」


 これは、チャンスなのかも。水と土では火を継げないけど、水と土の技術は確かにあるんだ。しかも今、目の前に。

 戸惑う私を余所に、隣で様子を見ていたペコがきゅきゅ! と鳴いて、短い前脚をピシっと冒険者の方へあげていた。

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