襲撃と防衛

『――緊急悪妖精アンシリーコート警報です』

 スマホから、ブザー音と合成音声が流れたのだ。

『強い妖精にご注意ください。市内全域に非常事態宣言が発令されました。市民は、指定の教会、寺院、神社などの聖域に速やかに避難してください。繰り返します――』


 一般市民用の妖精警報Fアラートだ。

 まさしく、外ではそんな事態に陥っていたのである。

 悪妖精が大群を率いて街を包むドーム状結界を急襲し、突破したのだ。市内外では、人の防衛隊が僅かな善妖精シリーコートたちと共に科学兵器や辛うじて身につけた魔法などでの反撃をしていた。

 なのに、ものともせずに空から陸から敵が押し寄せてくる。


『警告、悪妖精襲撃を感知』

 研究所の合成音声も警鐘を鳴らす。遅れて、振動まで襲った。

『主要設備の物理隔壁及び魔法隔壁を即時緊急閉鎖します、物理セキュリティ及び魔法セキュリティシステムを作動しました。研究所内の人員は、所定のシェルターに避難するか非常経路を中心に退避してください』


『澄恵!』

 父親が、スマホにテレビ電話で連絡してきた。出ると、彼はいつもの白衣姿で利発そうな中年男として映された。さっきの衝撃で軽傷も負っているようだ。

 どうやら走りながらしゃべっているらしい。火花があちこちで散り、画面が激しく揺れている。

 手ぶれのせいだけではない。澄恵がいる室内も時折鳴動していた。

「ど、どうしちゃったのよこれ!」

 壁に寄りかかるしかなく慌てて応答する澄恵に、父はまじめに訴える。


『大変だ! 部屋の掃除を忘れていた。今度こそやろうとしていたんだが、ママに叱られてしまうな』


「どうでもいいって! それどころじゃないでしょ、なんなのこれ。なんで妖精が!?」

『どうやら、ゼノンドライブの開発に感づかれたらしい』

「そんな!」絶句しそうになる澄恵。「……妖精来襲でこんなに地下が振動するなんて、ここは狙われにくいんじゃなかったの!?」

『街や研究所の防御は並大抵のものではビクともしない。かつてない規模で進軍してきたということだ。よほど確実な目星をつけているということ。やはり、人類側の密告か』


 そうだったのだ。

 市クラス以上になると警備も厳しく、妖精側にも相応の犠牲が出るので簡単には襲えないはずなのである。ゼノンドライブを首都圏ではない地方都市で開発し、欺いてもいたはずだ。

 その隙間を縫う裏切り者の噂はかねてからあった。

 いくら魔法が人界から忘却されたとはいえ、物理的に記録された人類史まで捏造するには実体が薄い妖精だけではまず不可能だからだ。

 これまでは妖精が最初に襲撃して以降も確実な形跡はなかった。この街を襲う日に備えて彼らが力を蓄えている期間、身を潜めていたのかもしれない。


「ど、どうすればいいのよ! パパは安全なの!?」

『時間がない、澄恵。あとで役立つよう、できればこれを記録してくれ』


 父に促され、慌てて娘は録画ボタンを押した。

 もう画面の光景は酷く歪み、砂嵐を交えて乱れている。ところどころで壁面から火炎や放電が噴出し、あちこちで人々が逃げ惑い、煙と破片が飛び交っていた。

 惨状を背に、傷だらけで薄汚れつつも父は必死に訴える。


『ローカルネットのデータでは、研究所の七〇%以上が損傷。警備システムと隔壁も作動している。あちこち崩れているし電子地図で把握する限り、おまえ以外にそのフロアに入れる者はいない。

 つまり澄恵、ゼノンドライブを装着できる人間は君だけということになる。この規模の襲撃だと結界システムも役立たないだろう。お願いだ、どうにかそれを持って脱出してほしい』


「パパは? パパはどうなるのよ!?」


『心配するな』案じる子供に、親は安心を誘うように明答した。『研究所は、いずれちゃんと案内するよ』


「どうでもいいよ!」

 今回は、娘に余裕を持たせようとわざとした発言だと、彼女は悟れなかった。

「あたしだって、どこにも脱出するとこなんてない!」

 周囲を見回しつつ、訴える。気付けば出入り口も非常口も崩れ、部屋は封鎖されていたのだ。


『……ケースのロックは遠隔操作で解除した』それでも父は、辛そうに継続するしかない。『ゼノンドライブの真下に立てば、そいつは君に装着される。基本的な扱い方からできることすべきことまで理解できるようプログラムもしてある。脱出はもちろん、パパもおまえもみんな助かるかもしれない。難問は名称を気に入っているかだが――』


 映像も音声もそこで途切れた。

「……それどころじゃ……ないじゃない」

 澄恵は四つん這いにくずおれ、涙する。彼女の嗚咽と、所内の崩壊音と阿鼻叫喚だけがしばし場を支配していた。

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