第6話 ネット炎上。救いを求めて京都へ

「現状わかっている範囲で、友達や家族が自殺あるいは自殺未遂という書き込みが数件。番組あてに報告してきてる数なんで実際にはそれ以上いると思われます。本当に死んじゃった人の数は不明ですが、まあ……ゼロってことはないと思います」

「…………」

阿部ちゃんが淡々と読み上げる報告書の内容に言葉が出ない。

「自殺や未遂の他にも、体調を崩した書き込みは山のようにあります。無言電話とかポルターガイストとか窓の外に人影なんていうのはもう数えきれないぐらいなんで、途中で数えるのやめました」

「…………」

「炎上…って言っていいんですかねこれ、ウチに対するクレームっていうより、番組を観てた人達の結構な数がそれぞれ体験した心霊現象を報告してきてると。ネット上には怖いとか面白いとかの書き込みで…まあとにかく荒れてます」


報告を聞きながらスマホに目をやると麦かぼちゃさんからLINEが来ていた。

「とんでもないことになってしまって申し訳ないです。ごめんなさい」

責任を感じているようだ。

「大丈夫だから。麦かぼちゃさんの責任じゃないからね。責任は俺達にある。麦かぼちゃさんの周りでは変なことない?」

と送ったらすぐに既読がついた。

「ありがとうございます。ごめんなさい。私は大丈夫です。うちでは何も起きてないです。でも友達と連絡がつかなくて、LINEも電話もダメです」

「…………」

どうすればいい?

「月曜日学校に友達が来なかったら教えてくれる?それと、今日はなるべく家族と一緒に過ごしてね」

と送ると「わかりました」と返事がきた。

何事もなければいいが。


阿部ちゃんの報告が続く。

「ネット系メディアがほとんどですが、マスコミ関係からの問い合わせも結構来てまして、地上波も何件かありました。幸いなことに…というか逆に怖いというか、警察からの問い合わせは今のところありません」

警察か。

どういう対応になるんだろうか。

心霊番組を放送したら実際に霊が映って見てる人が死んだと。

これ俺達の責任になるんだろうか。

「うちの系列の出版社にオカルト関係の雑誌があるんで、そこの編集部に問い合わせてみたんですが、こういうのに強い編集者は取材で海外出張、他のスタッフや編集長からはまともなアドバイスは出てきませんでした」

「…………」

月刊OH!カルト。

一度だけ番組と雑誌でコラボしたことがある。

こんな時に不在とは篠宮さん、大ネタの取材のチャンスを逃してるじゃないか。

「…………」

いや。

困ってるのは俺達の方だ。

彼女なら何かしらわかったかもしれない。


阿部ちゃんの報告を聞いて誰も発言しない。

時刻は21時、放送から2時間たって関係者が民明放送の会議室に集まった。

民明放送の社長と幹部数人、ディレクターの阿部ちゃん他スタッフ、小林さんは病院で、右京さんは勝手に帰っちまったらしい。

「誤解のないように言っておきますが」

誰も口を開かない中で阿部ちゃんが続ける。

「生放送を決めたのは僕ですし、ジローさんは出演者という立場なので、なんらかの責任を取らされるとしたら僕ということになるでしょうね。そこらへんはしっかりと認識しておく必要があります」

阿部ちゃんが俺を擁護するのに対して、社長や幹部達は渋い顔をしている。

「いや、でも右京さんを呼んだのは俺だし、阿部ちゃんだけに責任取らせるつもりはないよ。メディアに出て説明とか謝罪とかする時は俺がやるから」

謝罪。

そんなことで騒動が落ち着くならいくらだってやるが、今大事なのは現状で何をするかだ。

と、社長が不意にウームと呻いた。

「まあ…そういった対応は誠実にやっていこう。それよりもこの状況で、その問題の箱も放置するわけにはいかないでしょ?そこらへんはどうするの?」

逃げ腰なのは間違いないが、部下に任せて知らん顔するつもりはないようだ。

阿部ちゃんが視線を俺によこして発言を促す。

「京都の高頼寺というお寺に持っていこうと思ってます。昔からこういうヤバいモノを引き受けて供養しているお寺です。現状の最優先はあの箱をお祓いしてお焚き上げすることなんで」

「うんん…じゃあそうしてくれる?」

「わかりました。明日の朝イチで向かいます。それと……」

一旦間をおいて傾聴を促す。

「放送に関わったスタッフも全員行った方がいいと思います。箱だけじゃなくて我々自身もお祓いをしてもらう必要がある」

「でもそれじゃ明日の業務に支障が出るよ」

社長が困惑しながら文句を言う。

民明放送はそれほど大きな放送局ではないから、スケジュール調整もなしに10以上のスタッフが一気にいなくなると困るのだろう。

「それはわかりますが、危険な目にあわせるよりはマシかと」

などと話していたら小林さんが帰ってきた。


「戻りました……」

先ほどの取り乱した感じはすっかりなくなっているが、疲れ切っているのが見てわかる。

社長達に挨拶して、そのまま空いてる椅子に座り込んでしまった。

「ああ、ありがとうね。勧請院さんは?」

「意識が戻らなくて、スマホの緊急連絡先に登録されてた番号にかけたらお父さんが出て、すぐに来てくれました。今はご両親が付き添ってます」

「そう。容体は?ヤバそう?」

「全然わからないです。ただ意識がなくて、たまに少し痙攣するみたいな感じで。詳しく検査するって言ってましたけど……」

「わかった。小林さんは大丈夫?」

「大丈夫ですけど……怖いやら心配やら病院やらでもう……パニックです」

「だよね。お疲れのところ悪いけど、小林さんも会議に参加してくれる?」

「…………はい」

そうして会議が再開し、22時になる頃に終わった。


「…………」

自宅に帰り着き、手早くシャワーを浴びて浴室を出る。

いつもはゆっくり時間をかけて体が温まるまでシャワーを浴びるのだが、温水を頭からかけた途端に恐怖が襲ってきた。

ベタだがシャワー中に背後が気になる、というやつだ。

缶ビールを開けてパソコンの前に座る。

ツイッターを立ち上げる。

メッセージやリプライが山のように来ている。

どれもが苦情や相談あるいは心霊現象の報告などだった。

「…………」

今は全部に目を通す気にはなれない。

無責任だと思うが、今ここでまた何か起きたらと思うと無性に怖かった。

明日だ明日。

明日朝イチで病院に行って勧請院さんの容体を確かめ、可能なら詳しい話を聞きたい。

そして民明放送へ行き、局の車に箱を積んで京都へ向かう。

会議の結果、やはりあの場に居合わせたスタッフも全員行くことになった。

高頼寺には局のほうから事前に連絡を入れておいてくれるとのことなので、あとは事故らずに移動することだけを考えればいい。


ビールを喉に流し込んでようやく生きた心地がした。

ネットニュースを見てみる。

ご丁寧に今日の放送をキャプチャーした画像まで掲載して大騒ぎしている。

白い画面の左半分を埋めるほどの大きな顔。

こんな画面、よくスクショしたものだ。

スクショする事で自分に被害が出ないとも限らないのに。

「…………」

いや。

この騒ぎ自体が仕込みのネタだと思ってる人も多いのだ。

ネットニュースの記事もそんな感じで面白半分に書いてある。

当然っちゃ当然の反応か。

それにしても……。


改めてキャプチャーされた画像を見る。

真っ白な画面に映り込んだ大きな顔。

黒い靄が重なりあって濃淡をつけ、それが顔になって映っている。

昔の白黒写真を大きく引き伸ばして合成したようなその顔は、あの時たしかに動いていた。

口をパクパクと、何か喋っているように。

「…………」

何と言っていたのだろうか。

YouTubeやニコニコ動画には映像が上がっているだろう。

その映像を見た人にも心霊現象は起きるのだろうか。

この不気味な女の正体を考察しているサイトもある。

女優のあの人に似ているとか、笑いかけているように見えるだとか、唇の動きを読んだらこう言っているなどといった内容が早くも考察され、ツイッターなどで拡散されている。

「…………」

これが炎上か。

手に負えないほどの勢いで拡散していく心霊写真と映像。

もしもこれを見た人すべてに霊障や呪いがあるとしたら、もはや手がつけられない。

一度拡散してしまったら、完全に消し去ることはできないのがネットだ。

長い間心霊写真の中に潜んできた霊が、ネットの中に入り込むことはありえるのだろうか。

写真や生配信ならOKでネットはダメ。

そんな都合よく考えても無理がある。

明らかにネットを通じてリスナーさん達の周囲に現れている。

もしも明日……高頼寺で箱を見てもらって「抜け殻です」なんて言われたら…………。


ビクッとして目覚める。

パソコンの前でいつのまにか寝てしまっていたようだ。

窓の外が明るい。

どうやら昨夜は何事もなく夜を過ごせたらしい。

少なくとも俺自身には何も起きなかったようだ。

スマホを見ると朝8時。

何件かLINEが来ている。

ざっと目を通して安心した。

ヤバいメッセージは来ていない。

ツイッターは相変わらずだが、少なくとも俺の周囲では昨日から何も起きていないようだ。


勧請院さんが運ばれた病院に向かう。

朝の慌ただしさに紛れて小林さんから聞いていた病室へと入る。

1人部屋の病室に入ると勧請院さんは眠ったままだった。

検査着のようなものを着せられ、口に呼吸器をつけて眠っている。

それらの機器を見ていると後ろから声がかけられた。

「あの…どちら様ですか?」

という声に振り返ると、中年の夫婦が俺を見ていた。

勧請院さんのご両親だろうか。

「ああどうも、近藤と申します」

そう言って頭を下げる。

夫婦も揃って頭を下げ「立花です」と名乗った。

勧請院さんの本名が立花なのだろう。

「昨日の放送の場に私もいまして、それで…本当は昨日来るべきだったんですが……ええと……」

「いえいえ。そちらも大変だったでしょうから。さ、どうぞお座りになってください」

そう椅子を勧められ、思わず座ってしまった。

意識があれば話を聞きたかったが、ないなら特に用はない。

早く京都へ向かいたかった。


「あの、お嬢さんは昨日からずっと?」

そう聞くと父親の方が頷いた。

「はい。起きません。ずっとこのままで、時折、身悶えるような、そんなそぶりをするんですが、声をかけても反応しないし、呼吸も不安定で、医師の方々もよくわからないということで、しばらく様子を見ると」

はあ、と頷く俺に父親が話を続ける。

「あのう…昨日は一体…どういう状況だったんでしょうか?付き添ってくださった女性の方にもお聞きしたんですが、彼女もひどく怖がってらして、詳しい状況というのがその……わかりませんで」

そうだ。

俺はこの人達にもきちんと説明する義務がある。

気が早っていた。

申し訳ない。

「そうですね、最初から全部ご説明します」


そうして昨日までの経緯をすべて話した。

まずラジオ番組のリスナー投稿で心霊写真についての相談があったこと。

それを鑑定するライブ配信が急遽決まったこと。

局の方で霊能者を探してくれて、勧請院さんが来てくれたこと。

俺達を写した写真がなぜか出てきて、そこに写った勧請院さんの顔がおかしくて、数秒後には首を吊っている写真に変化したこと。

それで勧請院さんが倒れて、直後に霊の顔や人影が画面に映ったこと。

すべてを正確に伝えた。


そうですか、と言ってしばらく考えてから、父親が話し始めた。

「私らは元々霊媒の家系で、戦前は千葉の方で、戦後になってからは東京で、代々そういったことを生業としてきたんです」

なんと。

見た目は普通の中年男性だが、この人も霊能者なのだろうか。

「私は歴代に比べるとあまり力がなくて、もちろん嫁入りしてきた妻にもそんな力はありませんから、私の母、この子の祖母の代で霊媒の仕事も終わりだと思っていたんですが、この子は小さい頃から霊を見たり感じたりする力が強かったようで、この子にしかわからない恐ろしい思いをしながら育ってきました」

立花と名乗った父親はベッドに眠る勧請院さんの枕元に立った。

悲しそうに娘の寝顔を見ながら続ける。

「中学に入った頃から祖母の家に入り浸るようになって、自分から望んで霊媒の資質を育てていきました。祖母の代で霊媒の看板を下げるのを嫌ったんでしょうね。それで祖母が亡くなって、本格的に自分で仕事を受けるようになった」

手を伸ばして勧請院さんの頭に手を置く。

「この子がこんな風になるなんて、今まで一度もなかった。私にはわかるんですけど、おそらくこの子はもう目を覚まさんでしょう」

「わかるんですか?」

「はい。私は霊を見る力はそれほどないんですが、人の死期といいますか、死の匂いみたいなのがわかるんです。今のこの子からはその匂いがする」

勧請院さんも匂いがどうとか言ってたな。


「それで、今後はどうなさるおつもりですか?」

一通り話し終えて今度は俺に尋ねてきた。

俺はこの後、京都の高頼寺に箱を持っていき、お祓いとお焚き上げをする予定だと話した。

すると父親が同行したいと言い出した。

「その箱ですけど、私に運ばせてください。この子の因縁は私が引き継いでやるのが道理ですから。それにもしもこの子が助かるなら、一刻も早くお焚き上げをしてもらいたい」

そう言ってこちらへ向き直る。

母親の方はこのまま病室に残るようだ。

騒動の部外者を同行させるのは気が引けたが、父としての気持ちは理解できる。もしも勧請院さんがこのままでは本当に死んでしまうならば、親として出来る限りのことはしたいだろう。

父親――立花さんの運転する車に乗せてもらい、民明放送へと向かった。


局の倉庫に運び込まれていた箱を立花さんの車の荷台へ入れ、俺達は3台体制で京都へ向かうことになった。

先頭は俺達の車。

箱と同じ車に乗りたくなかった俺は小林さん他スタッフ数名と阿部ちゃんの運転する車に乗り込んだ。

真ん中に立花さんと箱を乗せた車。

最後に番組スタッフ7人を乗せたワンボックスが続く。

それぞれの車のナビに高頼寺を設定して出発する。

この時間に出れば夜までには着くはずだ。

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