第36話 輪廻


苦境に立たされる邀撃隊。

僅か7機の<零戦>は、戦爆連合40機との空戦に入っていた。


飛び交う曳光弾。火を噴く機体。墜ちる・・・墜ちる敵味方。


「糞っ!一旦離れなきゃ囲まれるだけだ!」


指揮を任された堀越中尉は、小隊単位での戦闘も出来なくなっていた。

一撃をかけたまでは良かったのだが、その後が宜しくなかった。

敵F4Fの護衛を振り切ってドーントレスだけに攻撃を繰り返せばまだしも、向かって来た敵に応じてしまう愚を犯してしまったからだ。


味方の7機はF4F隊との単騎空戦に縺れ込んでしまった。

数で圧倒する敵機に射撃の機会を与えて貰えず、追い散らされる羽目になっていた。

それでも辛うじて撃墜を免れていたのは、部下の腕前が敵より勝っていたからだろう。


「とにかくだ。一旦離れて態勢を立て直さなきゃ」


堀越は部下に着いて来るようにバンクを繰り返しながら飛行場上空の空戦場から一機だけで離れてしまった。

味方機達は取り付いて来るF4Fとの空戦中で、堀越機に追従ができないというのに。




「ふむ・・・カモがネギをしょって来たか」


空戦を見下ろしていたF4F護衛隊隊長機<野良猫>の聖獣が目標を見つけた。

空戦場から、たった一機だけはぐれ出た<零戦>を。


「マスター、そろそろ今日の餌をくれないか?あのネズミ野郎を喰わせてくれよ?」


操縦者にニヤリと哂う野良猫の聖獣が、蒼い髪を逆立てて頼んで来た。


「良かろう、一撃で喰ってやれ」


野良猫の聖獣に応えた<野良猫ワイルドキャット>大尉が、無線に命じる。


「お前達はここで待ってろ!私はネズミを退治して来る!」


バンクを振り、増槽を右翼から落として左反転急降下に移った。

高度差を利して、一撃離脱ズームアンドダイブをかけようとした。




「あれは・・・中隊長機?堀越中尉だな」


巴戦を繰り返している空戦場から、一機の<零戦>が離れて行くのが判った。

バンクを振っている処から観て指揮官機だと踏んだヒカルが、何気なく上空に目を向けた時。


「いかん!主、<野良猫>野郎だ!」


上空から礫のような青い機体が降って来た。

真一文字に堀越機に向かって・・・


「くっ?!」


咄嗟にヒカルの左手がスロットルレバーを押し出す。

急加速に移り、機首を擡げて堀越機に進路を向けると。


「待て!この状態で空戦など無茶だぞ?!」


危険を察したレイが停めるのも構わず、堀越機の前方へ向けて発射把柄を握り締めた。



 タタタタッ!



7ミリ7の曳光弾が堀越機へ飛んで行く。

後落する曳光弾に、堀越はなんの反応も示さない。


「気が付いて!」


もう敵機から射撃されてしまうと焦ったヒカルが、20ミリのノッブを切り替えた。



 ドドドドッ! タタタタッ!



操縦桿を引き付け、堀越機へ射撃を加えた。気付いて避けてくれるように。

眼に映るのは堀越機に肉薄して来るF4Fと、未だ動かない堀越機。

後方の空戦場に目を向けてしまっているのか、目前を飛ぶ曳光弾に気付かないのか。


引きっぱなしの発射把柄から一旦力を抜いたヒカルが、フットバーを蹴り飛ばし無理やり上昇をかける。

機首を降下して来るF4Fに向けたのだ。



 ミシッ!



途端に左翼が悲鳴をあげた。

直し切れていなかった翼端から、何本かのビスが抜けとんだ。


「馬鹿ッ!無茶だ、空中分解をしてしまうぞ?!」


ケモ耳を逆立てたレイが振り返ると、決死の表情で操縦するヒカルの顔が紅い瞳に写った。


「もう、目の前で喪わせない。手の届く処で殺させたりはしない!」


降って来た敵機に機首を向けたヒカルが叫んだ。



「おやおや・・・もう一匹現れたようだな」


野良猫の隊長がヒカルの<零戦>を見つけた。


「手負いみたいだな、それにしてもいい度胸だ」


ブスリと呟く<野良猫>の聖獣が、蒼い髪を振り乱してマスターに注意を促した。


「正面刺違えは辞めた方がいいぞ。マグレ当たりってことがあるからな」


聖獣は知っているのだろう。<零戦>には20ミリがあるってことを。

炸裂弾頭の威力は、マグレ当たりにしろ脅威なのだと。


「分かっている。最初に狙ったネズミに射撃をかけるさ」


上昇して来る<零戦>はこの際無視し、漫然と飛ぶもう一機を照準器に捉えて。


「くたばれ!<サンシャルネス>のネズミ野郎!」


光輪に浮かぶ<零戦>目掛け、操縦桿のトリガーを握り締める。



 ドルルルルッ!



両翼に装備された12.7ミリ4丁から、曳光弾が弾き出された。



「しまった!堀越機に射撃を加えた?!」


敵機はヒカルの想いを逆手に取るように、初めからの狙い通りに射撃した。

流れ飛ぶ火の弾を観たレイだったが。


「なっ?!躱せたのか?」


弾が当たる直前、堀越機は回避運動に入っていた。

ギリギリのタイミングだった、もしかすると何発かは当たっていたかもしれない位の。


「ダメージを受けたかもしれないわ。機体がふらついている!」


撃墜は免れたが、操縦に支障があるのだと判って。


「奴に追い縋られないように、喰い止める!」


降って来たF4Fとの一騎打ちに入ると宣言するヒカルへ。


「相手の腕前に注意するんだヒカル

 敵は自分の腕に自信があるから単機で襲って来たんだぞ?!」


状態が状態だけに、レイはF4Fだろうが侮れないと忠告した。


「言ったでしょレイ喰い止めるって。叩き墜とすなんて言ってないわよ?!」


一旦F4Fをやり過ごし、後方へ廻り込もうと反転をかける。


「それに、やり損なったアイツが諦めちゃいないようだから」


堀越機に追撃をかけるF4Fの斜め後方へ廻り込みながら、射撃のタイミングを計る。


「レイ!上空のF4Fを見張っていて!」


上空に待機している3機のF4Fが、いつ襲って来るのかが全てを決める事になる。

単機で襲って来た事から、このF4Fはかなりの手練れであるのは想像に容易い。


「うむ、まだ動きがない」


救援に馳せ参じる気配は、今の処みせていない。

ならば、<零戦>を相手にしても勝てると思っているのは間違いないだろう。


「力比べよ!レイ、エン君を呼んで!」


ケモ耳聖獣は驚いた。今迄一度たりともヒカルから頼られた事が無かったから。

<零戦>の聖獣たる異能ちからに<昇華>を頼んできたから。


「馬力が欲しい!敵に勝る馬力が!」


速力とは言わなかった。馬力と言っている。

つまりヒカルが求めるのは・・・


「なるほど。我が主の求めたのは縦の巴戦に必要な旋回性能って奴だな!」


なぜヒカルがエンだけを呼んだのか、キーを呼ばなかったのかがその答えだと知れる。


「巴戦ならば、高翼面荷重の21型か、22型に限るからな!」


<昇華>を司るレイが納得した通り。


「そう!5番台の機体じゃぁ、旋回能力が劣るから!」


一騎討ならば機動力よりも高翼端荷重の機体が物を言う。


「敵が巴戦を挑んで来るのは目に見えてるわ。

 自分の操縦技術に自信があるのなら尚の事!」


F4F-3の動きから観ても、相当の手練れだと知れた今。


「絶対負ける訳にはいかないんだよレイ。

 奴をこのままのさばらせておけば、味方を落とすに決まってるから」


鳶色のヒカルの瞳が、青い塗装のF4Fを見据える。


「だって、あれは<野良猫>じゃない。

 <零虎>の宿敵だって言ってたじゃない?!」


ケモ耳聖獣は眼を見開く・・・ヒカルの言葉の裏に隠された意味に。


「ああ、そうだったな。奴を叩きのめせば・・・帰れるかもしれないな」


ケモ耳少女は、主の言葉に頷いて<野良猫しゅくてき>の後ろ姿を観た。





「マスター、奴が追って来る。<零戦>が・・・」


耳をピンと張って、野良猫が振り返っている。


「どうもさっきから胸騒ぎが停まらない。あいつは私を知っているようなのだ」


ケモ耳を立たせ、後方から迫る<零戦>を睨んでいる野良猫の聖獣が。


「奴は・・・もしかすると?!」


「黙っていろ!今ネズミを叩き墜としてやるから」


隊長は追い詰めた手負いの一機にとどめを刺そうとトリガーに指を載せる。

堀越機に追い縋った<野良猫>から、曳光弾が迸る前。

後ろの<零戦>を観ていた野良猫の眼にソレが突き刺さった。


白銀の閃光が<零戦>を包んだ・・・ほんの瞬きする位の一瞬。


光が消えた後、それが何を指していたのかが聖獣たる野良猫には分かったのだ。


「マスター!ジークだ!奴こそが<零戦ゼロタイガー>だ!」


叫ばれた隊長が指先に力を込め、トリガーを引きつつも咄嗟に回避に移る。



 ギュゥウウーンッ!



曳光弾を放ちつつ急反転したF4Fの側方に、<零虎>から飛んで来た20ミリが流れ去っていった。

もう一秒でも遅かったのなら、間違いなく何発かが当たっていただろう位置に。


「やはり、ここに居やがったんだな!情報は正しかったのだ!」


隊長は撃たれても動じることなく機体を操る。


「マスター!奴を甘く見ると痛い目に遭わされるぞ?

 出来れば巴戦は辞めた方が良いぞ?!」


相手が<虎>であることが判り、野良猫の表情が一変していた。


「特に縦の機動戦は辞めないと。ZERO(ジーク)の手玉にされかねないぞ?」


促して来る野良猫ワイルドキャットは、勝手に<昇華>を遂げさせる。

断りもなく<昇華>させたのは、相手が手負いの<虎>だったから。


既に<虎>になっているZEROを相手にするには、こちらも変わらねば負けてしまうと判断を下したからだ。


F4F-3が、エンジンと機体の長さを変えて、F4F FM-2に進化を遂げる。

海兵隊仕様のMと冠されているように思えるが、グラマン社からジェネラルモータース社へ製造権が移管され小規模の回収を施された証である。

エンジン出力が980馬力から1200馬力へ。

エンジンの重量増に対処して機体が10センチほど延長された。

ライトエンジンの強化に伴い、低高度での加速力は<零戦21型>にも遜色がないとされていた。

また3型では機銃が6丁だったが、4型では4丁に減り弾数も減った。

FM-2では4丁のままだったが装弾数が大幅に増え、各銃の弾薬数の増加は弾切れの虞を軽減させている。



<昇華>を遂げた二機。

因縁の対決が、転生を果した空で始まる。

まるで前世からの宿命を果すかのように。


産まれてはいけなかった者同士。

<輪廻>転生の果て。

空の闘いは宿命の弾を交わす・・・


次回 離別

君は生きて帰れるのだろうか?遥かな家路の果てに・・・

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