第13話「中毒」

 熱い…………。

 体が熱い…………。


 頭が熱い…………。

 喉が焼けるようだ……!


 ……がはぁ!!

「ごほっ、ごほっ!」


 あまりの苦しさと熱さに、喉の奥に溜まったそれ・・を吐き出すようにしてアルガスは激しくせき込んだ。


「ぐ……おぇぇぇえ」


 そのまま顔を横に向けると、バシャバシャと胃の中の物を吐き出す。


「アルガスさーん?!」

「おっさんか!」


(む……?)

 そのまま気だるげに目を開けると、心配そうな顔をしたミィナと難しい顔をしたシーリンがいた。


「───こ、ここは?」

「宿や……。アタシの部屋に取りあえず運ばせたでぇ」


 どうやら、アルガスが今朝まで泊まっていたあの宿らしい。

 既にチェックアウトしていたので、シーリンの部屋に取りあえず通されたとのこと──。


(くそ……! 街を出ようって時に、なんてタイミングだよッ!)


「世話になったな──」


 アルガスは無理やり体を起こす。

 こうしちゃいられない。


「ちょッ、アンタぁ?! む、無理したらアカンて……! 大分悪いんやて、ギルドの職員が言っとったで?」


「これくらい……! どうってこたぁ────ぐ、」


 ぐうぉぇええええ……!


「ひえ?!」

「きゃああ!?」


 バシャバシャと、何も入っていない胃袋からは胃液ばかりが吐き出される。

「ほれ、見ぃ……」

 そこから発せられる酸っぱい匂いが立ち込める中、シーリンが苦い顔をしていた。


「あー……なんや、ギルド職員がいうんには、一種の食あたりの様なものやて。まぁ寝とけば治る類やさかい。今は大人しぃしとき! 最悪、病気かもしれへんけど──……いずれにしても、この街にいる程度の術士やと、これ以上のことはできんてさ」


 そう言って、苦々しく目をそらすシーリン。


 はぁぁ?

「しょ、食あたりだと?」


 ミィナやシーリンならいざ知らず。


 食事にかなり気を使っているアルガスにそんなわけが──……冒険中も街中も、そのあたりにはクッソ気を使っている。

 なにせ冒険者は体が資本──。


「……そんなアホな話があるか! ただの、めまいだ、めまい──」


 だから──。


「ぐ……!」

「ほらぁ! 無理すんなって! 寝とけ!!」

「アルガスさん、無茶したらやだよー」


 ミィナにまでで気を使われる始末──。


「ち……!」


 なんでこんな時に──。

 少なくとも、アルガスだけが食あたりになるほど不自然なものはない。

 ミィナと同じものを食べているし、そのほとんどが食堂で出されたものか、ギルドで食べた物ばかりだ。


 その連中にも、同じ症状が出ているというのか?


 ましてや、それとも、病気か毒?

 いやいや、ありえねぇ……。そんなことをして得する奴がこの街にいるか??


 代官やギルドマスターがいたころならいざ知らず。

 今は、アルガスを害することが自分たちの不利益になるということを知らない奴はいないはず。


 いるとすれば、街の状況とは無縁の────新しく街に来た奴……。



    シーリン。



(いや、まさかな……)

 チラリとアルガスに浮かんだ疑惑。

 リズの手紙と言い、不自然な行動といい──ジェイスに雇われたとおぼしき言動といい……。


「おい、シーリン。てめ──」

「──と、とにかく、休んどれ。宿には、アタシから言うとくさかいに……!!」


 バタバタ!


「おい!!」


 エグエグと泣きじゃくるミィナをその場に放置し、逃げるように出ていったシーリンが言い捨てていく。


「おい待てよ!」


 バターン!

「あの野郎──。くそッ、何だってこんな時に!」


 何の目的があってだ?

 暗殺??


 いや、冒険者がそれをするのはご法度のはず。

 絶対ないとは言い切れないが……。だったら、初手で毒を盛るだろう。


 だが、実際は街を出ようとした直後のこと。

「…………ミィナは無事なんだな? 食いもんだとしたら、この宿の人間もまずいぞ?」

「みゅ?……別に大丈夫だよぉ??」


 むぅ……。

 とすると、アルガスだけ??


 おかしいな。

 単独で食ったものなんてないはずだぞ?

「病気か……? 呪いあるいは毒───???」


 可能性としてはやはり毒だろうか。


 怪しいのは、どう考えてもシーリン。


「ちっ。まぁいい。俺がそう簡単にくたばると思ったら大間違いだぞ」


 最悪、戦車化してしまえば無敵だ。

 身動きできなかろうが構うものか。

 ミィナも登場させてしまえばアルガスに手を出せるものはいない!



「そのまえに、まず確認か……」

 キリキリと痛む腹を抑えながら、アルガスはいつも通りに──。



 ───ステータスおーぷん!



 ブゥン……!


名 前:アルガス・ハイデマン

職 業:重戦車(ティーガーⅠ)


体 力:1202(- 601)

筋 力: 906(- 453)

防御力:9999(-4999)

魔 力:  38(-  19)

敏 捷:  58(-  29)

抵抗力: 122(-  61)


※ 状態異常:中毒



 んな?!


「な、ななな。な────おいおいおいおい……。どうなってんだよ?!」


 ち、中毒だと?

 アルガスには心当たりはないが──。

 しかし、ステータスにはクッキリと毒に犯されていると出ている。


 くそ!!

 だとすると────!!


「おいごらぁぁあ!」


 バァン!!


「ぎゃぁぁああ?!」

 痛む体を無理やり引き起こしたアルガスは、めまいに襲われながらも、ドアに倒れこむようにして、向こう側にいる人物を制圧する。


「おい、テメェ。なんか知ってやがるな──?」

「ど、どどど、どないしてん? ウチはただ水を──」


 ハッ!!


 ぐぃいい!


「ひ、ひぃぃい! お、女の子胸倉掴むなや!」

「お前は『子』じゃねーだろ、ババァ!!」


 バ──。

「ババァちゃうわ!! これでもまっだピチピチの──」

「うるせぇ! そんなことはどうでもいい!!」



 シーリンが顔を青くしている。

 やはり、訳ありか──!


「ステータスを確認した。毒だ…………。おまけに、ステータスが半分になってやがる。…………聞いたこともないぞこんな症状。……なぁ、よーてめえ?」


 ジロリ。


「す、ステータスが半分んん??」


 は!

 白々しい……!


「──てめぇ、知ってることを吐いてもらおうか。──ごほごほ!!」


 症状を聞いてシーリンは驚いている様子。

 だが、知らぬはずがない。


「な、なんちゅうこっちゃ! アタシはそんなこと……」

「もう、それはいいつってんだろ!!」


 お前以外に、こんなことをする奴はいねぇんだよ!!

 アルガスの剣幕にシーリンは目をキョドキョドさせている。


「し、知らん! 知らんねん──あ、ああああ、ごめんなさい!! アタシこんなん聞いてへんでぇ!」


 ち!

 やはり、コイツか──。


「がはっ、がはぁっぁ……」


 ビチャビチャビチャ……1

「はぁはぁはぁはぁ──洗いざらいしゃべってもらうぞ」

 ほんとは力づくでも問い詰めたいものの、体が言う事を聞かない。


 そこに、

「──アルガスさん?! アルガスさんはいますかぁっぁあああ?!」

「あん……?」


 こちは確か──。


「冒険者ギルドの服マスターですよ!! いい加減覚えてください!! って、それよりも、た、たたたた、大変です!」


 バターーンッ! と、扉を無造作に開けて入ってくるなり騒ぎ出す──リーグ。

 いわずとしれた冒険者ギルドの副マスターだ。


 名前は…………。

「リーグです!! さっきは言えたじゃないですかぁぁああ!」

「あーすまん。興味ないやつの名前を覚えるのが苦手でな──」


「興味なさすぎでしょ!!」


 まったく!!


「で、なんだと? 見ての通りの有様だぞ??」

「知ってますよ!! ここに連れてきたのも私どもですからね」


 あーそうだったかな。


「で──なんだよ、今忙しいし、フラフラなんだよ」


 これはマジだ。


「も、申し訳ありません───ですが、」


 言い淀むリーグ

 一体何事────。


「おい、もったいぶるなら出ていけ! 今はグダグダやってる暇なんてねぇんだよ!」


 これは本音だ。

 だが、それを聞いたリーグはキッとアルガスを見据えると言い放った。


「──…そ、その!」

「なんだよ?!」

「──リ、リリムダの領主が軍勢を率いて荒野突っ切ってきました! アルガスさんを出せと要求しています!!」



 ……は?


  


   「はっぁぁああああああああああああ?!」

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