お姉ちゃんは末っ子


「ねぇねぇ、あゆのとこ行かない?」


 私は正面玄関の柱に抱きつき、ぶらぶら揺れた。冷たい。冬だから。


「だーめ。あゆは今お稽古中だから」


 そうだね。

 あゆ、五十嵐あゆは私の高校からの友人。接点は同じクラスということと、部活が同ことだ。あゆは他にも華道部に所属している。はなとく?だったかわからないが難しい漢字の位までとっているそうな。

 暇だな。校内はスマートフォンの使用は禁止だから(でも先生がいない時みんな使ってる)何をしようか。


「……じゃあ莉子りこで遊んどく」

「そうしときなさい」

「えぇ!?なんで、酷くない!?」


 私は柱から手を離し、莉子の手をとった。莉子の手は暖かく、丁度いい暖があるな、と思った。なら手を繋いだ遊びがいい。


「なーべーなーべーそーこぬけー」


 正式名称は知らないが幼稚園の時にした「なべなべそこぬけ」をすることにした。もう十年も前のこととなるがルールは覚えている。たしか、円になって、歌いながら手を繋いでぶんぶん振る。そして隣り合う二人が繋いだ手を上げてトンネルをつくる。そのトンネルをみんなでくぐる。この時、繋いだ離さないでいるくぐることがポイントだ。


「ぶはっ!!何年前だよ。私もいーれて」

「いーいーよ」

「じゃあ私も」

「みんな参加だね」


 完全下校時間間近になると正面玄関は生徒で溢れるからと、旧校舎の渡り廊下の手前でした。

 私は莉子の手と茜の手をとった。二人は瑠璃の手をとり、小さな円ができた。もうちょっと人数がいたらな、と思う。


「なーべーなーべ――」

「そこぬけ」


 いきなり後ろから低い声が聞こえた。


「あゆ!」


 花が入っているであろう袋――何て言うのだろう――を抱えていた。今まで何回かそれを抱えているところを見ていた。けれど、あれは手作りなのだろうか。そういうものが売っているのだろうか。


「懐かしいね」

「こいつが提案したんだ」

「あー納得」

「莉子で遊ぶって言ったけれど何するか思いつかなくて」

「だるまさんが転んだとかもあるじゃん」

「ほんとだ」

「おーい、皆帰るよ。バス遅れてもいいのかー」

「今日金欠ー」


 バスとはスクールバスのことで、私達の通う学校は駅から離れているためスクールバスがある。

 私達はスクールバスの停留所までいった。長い生徒の列。みんな校内じゃないからスマートフォンを取り出し、好きなアイドルの次のライブチケットについて話していた。


「あ」


 あゆが短く声を出した。なんだろうと思ったがわからない。


「私、諏訪橋のに乗る」

「え」

「いやいやいや、あたしらお前待っとったのに」

「松賀まで待とうよ」


 遠くの方からバス独特の低い音が聞こえてきた。時間的に諏訪橋駅前行。私とあゆは諏訪橋だが、茜や莉子、瑠璃は松賀だから諏訪橋経由のを乗らなくてはならない。だからこのバスではなく一つ後のバスにの?つもりだった。私達より少し進んだところにある標識柱の前で停まった。


「じゃ、私行くから」


 あゆはそのままバスに乗った。

 数分後、諏訪橋経由のバスが来た。私達は後ろから二、三番目の二人座席に座った。良かった、座れた。もう少し遅かったら立つことになっていた。バスや電車の吊り革は不安定であまり好きじゃない。あとやっぱり疲れる。


「ねぇねぇ、あゆ何で先行ったのー」


 莉子が言った。確かに、そんなに早く帰りたかったのだろうか。


「や、違うって。さっきあたしらの後ろに北島サンがいたやろ」

「うん」


 瑠璃が子供にさんすうを教えるように言う。


「あゆのお稽古仲間やねん」

「あーだからか」


 北島さんは隣のクラスの華道部の子。いつも本読んでいたからあゆと仲良し――仲良しなのかな――だということを知らなかった。優しいじゃん。

 私は諏訪橋駅に着くまで三人と話していた。

 ブレーキがくっとかかり上半身が前に倒れた時、諏訪橋駅に着いたとわかった。そして窓の外を見た時驚いた。


「あゆ!?」

「え、あゆやん」

「何でいんの」

「てか寒くなかったの」


 あゆが駅前のベンチに一人スマートフォンをいじって待っていた。十分は待っていると思う。先に帰っても良かったのに。


「あゆってさぁ、いつもお姉ちゃんぽいけど、たまに末っ子感あるよな」

「あぁ、わかる。今回だって」

「かわいいねー」


 窓をじっと見て胸にこみ上げてくるものを抑える。


「ほら、早く行ったりな」

「そうだよ、バスも出発するかもだし」


 バスを降りたらハグをしよう。あと、少しだけ茶化してありがとうって言おう。


「うん、バイバイ!また明日」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る