8月17日 土曜日(2)

 目指す灯台は、海岸線の少し突き出た半島の、当たり前かもしれないが、先端にあった。

 駐車場にはライダースーツに身を包んだツーリングのグループがたむろしていて、飲み物を飲んだり、柵によりかかって海を眺めたりしている。

 駐車場から灯台へ向かう方向には、草木の生い茂った山道が続いていた。灯台まであと50m、と標識がたっている。

 アリサは低めのヒールを履いていた。俺はアリサの表情をうかがったあと、聞いた。

「行く?」

「行くよ、あたりまえじゃん」

 15分くらい草木の生い茂る山道を歩いた後、海岸線の切り立った、見晴らしの良い崖の上に建っている、老朽化した白い灯台にたどり着いた。

「着いたね」

「うん」男の自分でも、息が上がって、少しくらくらした。

 山道を超えないとたどり着けないせいか、自分たちのほかには誰もいない。

 エメラルドブルーの海を背にした、少し煤けた白い灯台の建物の風景が、非日常を連想させた。

 建物の扉は鍵が掛かってなくて、ギイという音を立てて開き、中に入れた。

 無数の四角い窓から入る自然光で、中は意外に明るい。

 1階部分は意外に広くて、集会所くらいの大きさがあった。隅のほうに2階へと向かう階段がある。

 俺は階段のほうまで行き、試しに階段を2・3段登ってみる。

「大丈夫そう?」アリサが心配そうに聞いた。

「うん」鉄筋コンクリート製で、崩れたりすることはなさそうだ。

 二人で2階へ上がると、大きなガラス窓とトーチライトが設置された部屋があった。

 アリサは帽子を取り、ガラス窓のそばまで行って、海を眺めた。

「イメージ湧いてきたり、した?」

 アリサはしばらく指先でガラスを撫でていた。

「そうだね」

 『潮騒』の中で、灯台を舞台にした、重要なシーンがあるのだ。


「たしか嵐の日だったよね、原作では」

 俺がそういうと、アリサが驚いた顔をした

「本当に読んでたんだね、原作」

 俺は階段の下、1階の中心地点を指さした。

「あの辺りに焚火を作って暖を取ってさ、嵐の日の夜に」

 二人はもう一度階段を降り、1階へ向かった。

「二人はこの日この場所で会う約束をしてた、でも嵐になってしまったんだよ」

「でも二人とも会いに来たんだよね、約束を守って」


 俺とアリサは、頭の中で空想した焚火を1階の中心付近に作って、それを挟むようにして向かい合った。

「お互いが好意を持っていたんだ。で、男の子、新治は初江に触れようとする」

「でも、女の子、初江はそれを拒否する」

 アリサは物憂げに天井を見上げた。

「そして初江が言う」

 俺は空想の焚火を飛び越えて、アリサの目の前に立った。

「その火を超えてこい、その火を超えてきたら」

 俺は少し微笑んで、アリサを見つめた。

 アリサはしばらくの間、黙ったまま俺を見ていた。そして呟いた。

「その火を超えてきたら、どうするの?」

 俺はアリサを抱きしめた。

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