I come with the rain

notomo

8月1日 木曜日 PM4時

 その日は雨が振っていた。

 最近流行りのゲリラ豪雨ではなく、シトシトと降る雨だ。

「暑っつ……」俺はポロシャツのボタンを外し、胸元に風を送った。八月に入ったばっかりで、雨が降ろうがお構いなしに、暑い。


 大学に入って二回目の夏休みで、駅前でナンパをしていた。

 駅の建物の下に入り、雨をよけながら、街行く女の子達を眺めていた。まだ夕方の早い時間だったが、駅前には若い女の子がけっこういた。


 女の子が一人、歩いてきた。ミニスカートから伸びる脚線美が眩しい。

「あっ、ちょっと……」あわてて傘をさし、駆け寄る。

「えっ、はい……」女の子はちょっと警戒しつつ俺を見た。

「いや……何してるの、かなあって、思って」

「はい?」

「これからどっか行くのかな?よかったらお茶でも……」

「プッ、お茶でもって、マジうける、ナンパですか?」

「まあ、ナンパって言うとアレだけどさ、これも出会いの一つって事で」

「雨なのに、ナンパしてるんだ」

「まあね、けっこう好みのタイプだったから」

「ごめんね、カレシいるから」

 女の子は足早に去って行った。

「だよね……」

 まあ、ナンパなんてこんなもんだ。


 だいだい、雨の日にナンパする自分も変わっている。だけと何日も前から、今日はナンパに行くぞ、と決めていたので、雨でも来てしまった……。

  

「こんにちはぁ、ナンパですか?」

 急に声をかけられて、しかも若い女の子だったので、余計にびっくりした。

 ちょうど十四、五人に声をかけた後、しばらく女の子が通らなくなったころだった。

 見ると、綺麗なコだった。ハーフなのかもしれない、上目づかいの大きな瞳。真っ黒な髪の毛が雨の湿気を吸ってツヤツヤに光っている。

「うん、ナンパ、してるんだ。今日はサッパリだけどね」

 そう言って笑った。カッコつけてもしかたがない。

「何か用かな?」

「女の子、好きなの?」

「えっ?」

「女の子が好きだから、ナンパしてるんでしょう?」

「まあ……」

「女の子と、やりたいの?」

 一瞬、俺のことを誘っているのかと思った。だけど自分はそんなにイケメンではないし、そこまで自惚れちゃいない。

「あたし、ラティって言います」

 女の子はぐっと近づいてきて、ニコリと笑った。

「あたしはね、『性愛の神』なの」

 雨に濡れた黒髪が揺れて、胸元をなでる。俺は思わずあとずさった。

「あたしと契約しませんか?」

「け、契約?」

「そう。契約してくれたら、あたしは君の望む女の子と縁を結んであげる」

「どうですかぁ」

「ははは……どうって、言われてもね……」

 たぶん何かの勧誘の女の子なんだろう。いわゆるキャッチセールスというやつだ。

 でもまあ、暇だし、可愛いコだし、しばらく話につきあってみようかな。

「契約すると、どうなるの?」

「だからぁ……女の子とやり放題だよ」

「その他には、見返りとか無いの? 魂をとられる、とかさ」

「たましい?」

 ラティは瞳を見開いた後、クスっと笑った。

「あはは、気になるよねえ、やっぱり。何か見返りを求められるのかって」

「何も。何も求めないよ、私はただ、与えるだけ」


 その話を信じたかと言えば、それはまったく無かった。トラブルの予感もした。

 あやしい。立ち去ろうと思った。何か気の効いた一言を言って、じゃあ、と言って、笑顔でその場を立ち去るつもりだった。だが、上手く言葉が出てこない。


 「ま、いいわ」

 しばらくして、ラティは言った。

「ごめん、突然。変なことを言っちゃったね」

 そう言ってニコリと笑うと、傘をさし、去っていった。


 俺はその言葉を信じたのだろうか。契約とか、そんなことを。

 いや、信じちゃいなかった。ただ面白そうだと思った。

 ただラティと名乗る女の子と、もう少し話をしてみたかった。それだけのことだ。

 俺は傘もささずにダッシュで駆け、ラティに追いつき、腕をつかんだ。

「あの……ちょっと」

 腕は氷のように冷たかった、人間とは思えないくらいに。

 その時初めて、ああ、本当にこの子は神様なのかもしれないな、と一瞬思った。

 俺は言った。

「契約するよ。いや、契約してください」

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