第3話

 コツコツと音を立てて真っ白な廊下を総督と一緒に歩く。ここは危険人物専用収容所。軍にとって危険を及ぼす可能性がある人物、または軍事規約に反するかもしれない力を持つ人物を隔離するための施設だ。そして今はその地下四階にいる。


「総督、いったいここに何の用がお有りで?」


 何も知らされずに呼び出され連れてこられた私は状況が掴めなかった。


「ついてくればわかる。ただ、日本に必要なこととだけ言っておこう」


 日本に必要なこと? 危険人物が? どう言うことだろう。


 もう何も言わずについていくと一つの大きな扉の前に着いた。総督は自身の胸ポケットからセキリュティカードを取り出すと、ドアの前に置かれている遠隔制御板に差し込んだ。ピピッという電子音の後に重々しい音を立てながらゆっくりと扉が開き始めた。


「ここは収容施設の中でも一番危険度の高いと判断された人物が入れられる特別隔離棟だ。ここにいるのは全員軍事規約第七条に違反しかねない能力を有している。つまり廃棄対象だ」


 その言葉を聞いて自分が審問にかけられたことを思い出した。本来なら私もここに収容されているはずだった。総督は躊躇いもなく扉の奥に足を踏み入れた。


「総督! 護身武具もなく中に行くのは危険です!」


 叫ぶ。しかし総督はお構いなしに進んでいく。何を考えているんだ。危険すぎる。小走りで総督の後を追いかける。中は思ったより開けているが左右に特殊合金で作られた収容室が無数に設けられている。そのほとんどは空室で収容中のランプは点っていない。


 またしばらく歩いていると再び大きな扉が現れた。


「ここだ」


 総督は小さく呟くと、先ほどと同じようにカードを制御板に差込み扉を開けた。扉が開ききるとそこには地下とは思えない光景が広がっていた。


 草原。見渡す限りの緑に、ちらほらと見える住宅、奥の方には滝もある。ここは地下だよな?


「生き地獄。我々はここをそう呼んでいる。この閉鎖空間の中でのみ生きることを許され、外に出ることは禁止されている。能力も当然使えないように細工させてもらっている」


 何だって? 前半はわかるが、能力が使えないように細工している?そんなことが可能なのか? 


 総督は変わらず歩き続ける。ここには牢屋らしきものが一切見当たらない。本当に収容施設なのか? しばらく歩き続けると一つの建物の前で総督は足を止めた。真四角で真っ白な箱のような建物。


「総督、ここは?」


 思わず聞いてしまう。


「ここはこの収容施設地下四階に収容されている者ための運動場と言ったところだ。能力ではなく単純に身体能力を鍛えるための場所だ。ずっと収容しているほど無駄なことはないだろう。この者たちも我が軍の戦力なのだ」


 扉を開け中へ入る。中は体育館のような造りになっていた。


「おるぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 突然奥の方から怒号のようなものが聞こえ、すぐ後に何かがぶつかるような音が聞こえた。すぐさま戦闘態勢に入る。目を凝らすと微かに土埃のようなものが見えた。


「神城大佐。君に頼みたいことがある」


 土埃から人影が見えこちらに向かって歩いてくる。驚くほどの速さで近づいてくる人影は瞬く間に目の前に現れた。一人ではなく十人を超えて。


「ここにいる収容者全員を服従させてくれ」


 総督の口からは予想外の言葉が聞こえた。

「服従ですか?」


 聞き返すと総督は頷いた。この人数はめんどくさいな。


「ハッ! 服従させるだぁ? 上等じゃん! やってみろよ!」


 胸元が大きく開かれた服を着た褐色の女が啖呵を切る。こいつは思考回路に問題があるな。


「彼女は榎本凪沙えのもとなぎさ。有する能力は身体強化ビルドアップ。時間とともに身体能力が向上し、発動から三十分で強化限界に到達、最大状態では十五分ほどの活動が可能。手強いぞ」


 そうか。じゃあ、戦闘能力はこの子が一番高いのかな。


「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねえ‼︎」


 褐色の女が飛びかかってくる。咄嗟に腕でガードする。飛び蹴りが腕に炸裂したその瞬間、床にクレーターができた。


「あ⁉︎ なんだお前、なんで立ってやがる」


 この女が驚くのも無理はない。飛び蹴りの衝撃は全て地面に受け流したのだから。


「さあ、何でかな? もう一回やってみればわかるんじゃない?」

「そうみたいだなっ!」


 今度は殴ってきた。

 その手を握るように受け止める。拳圧によって風が巻き起こり、髪を揺らす。受け止めた拳は力が込められていて。抑えようとする力と相反して鍔迫り合いが起きていた。


「ねぇ、あなた音速の衝撃を受けたことはある?」

「ああ? 何言ってんだ?」


 言葉の端々からも品性を感じない。一度死んだほうがいいかもな。


「一回体感してみるといいよ」


 拳に力を込め脇腹目掛けて打ち込む。亜音速を超えた拳が凪沙の脇腹に突き刺さりその肉を抉りながら吹き飛ばす。あたりに血を撒き散らしながら建物の端の壁に激突する。


 声は聞こえない。おそらく致命傷だろう。はらわたは弾け、横隔膜も半分以上は千切れている。その上身体に穴が開いているのだ。呼吸はできないだろう。


「な、何が起きたの……?」


 近くにいたもう一人の女性が困惑した表情と声音で漏らす。


「総督、蘇生しますか? 痛みに慣れていないなら意識を落としてしまっていると思いますが」


 指示を仰ぐ。総督は静かに頷き胸ポケットから取り出した小瓶を投げてきた。それをキャッチし、凪沙のもとに跳ぶ。凪沙は白目をむき腹部から大量の血を垂れ流して横たわっていた。


「このくらいの怪我なら治るな」


 簡易注射器を取り出し、小瓶の中身の液体を注射器の中に入れそれを凪沙に注入する。少し経つと傷口からグチュグチュと音を立て泡が出始める。数秒で跡形もなく傷は治った。それを確認してから目を覚まさせるため軽く蹴飛ばす。凪沙は意識を取り戻すと訳がわからないというように頭を抑えた。


「能力者用治癒力増強剤。害虫から採取した細胞を解剖し作り出したもの。あなたはさっき一回死んだようなものよ」

「テメェ……!」


 凪沙は怒気をあらわにし睨み付けてくる。まぁこういう輩は一度死んだくらいじゃ力の差はわからないんだろうな。


「いいよ。あなたが理解できるまで付き合ってあげる。だから満足するまでおいで」


 今度はもといた方向に向かって思いっきり蹴り飛ばす。肉が弾ける感触が脚に伝わる。また空中に血が飛び散る。凪沙が地面に着くよりも早く先ほどの場所に跳ぶ。突然現れた私の姿に微かに悲鳴が聞こえた気がした。すぐに凪沙が血を撒き散らしながら飛んでくる。


「凪沙‼︎」


 女性の一人が声を張り上げる。

 凪沙の身体を受け止め地面に置く。そしてまた薬を注入する。


「さあ、もっとやろう」


 どれだけ時間が経っただろうか。何度殺したのだろうか。わからない。でもようやく理解してくれたみたいだ。


「薬もこれが最後だったね。わかってくれたみたいでよかった。これ以上死なずに済むからね」


 なぎさの目は虚になりその体からは生気が感じられなかった。これだけ見せしめにすれば抵抗する者はいないだろう。


「他に誰か不満はある人はいる?」


 その場に静寂が流れた。総督以外の人物は全員顔が青ざめているように見えた。


「大佐よくやってくれた。君に任せて正解だったな。これでWAPAにも申請できる」


 WAPA《ワパ》(国際対細菌汚染協会)に申請?何の話だ?


「君たちは能力開発手術によって生まれた謂わば被害者だ。規約に違反するかもしれないというだけで収容所に放り込まれる。しかし、君たちの力は正しく使えば世界を救うこともできる力だ。私はここにいる神代大佐を筆頭に新しい部隊を設立しようと思う。この場で誰よりも強い神代大佐が代表だ。WAPAも文句は言うまい。何かあれば処分できるからな」


 なるほど、そういうことか。強い力はそれを超える力で制圧する。昔から変わらない手法だ。戦争と同じ。いつの世だって力が正義だ。


「君たちの力を世界のために使って、被害者から英雄になってみないか?」


 その言葉に誰もが呆然としていた。私も含めて。独立部隊? 私が筆頭? そんなもの聞いていない。


「これはまだ確定ではないが、WAPAにも正式に日本の代表として登録してある大佐が抑止力となれば、君たちを正規運用することも可能と私は考えている。ここから出るのを決めるのは君たちだ。君たちにその気がないのなら、すぐにでも廃棄の日程を決める」


その言葉で彼女らは少しざわついた。


「一ついいか?」


凪沙が手を上げ質問の意思を示す。


「あたしを散々にしてくれたあんたの能力、あれはなんだ? 明らかに人間の能力を超えてる。身体能力の上限値はあたしが日本で最高のはずだ。あんた何なんだ?」


何だそんなことか。


「単純よ。さっき使ったのは力の増幅と吸収、受け流し。私は質量にして自分の体重の三十倍までなら羽のように扱うことができる。それは衝撃も同じ。私に物理的な力はほとんど効かないと思っていい。それに……」


床に坐している凪沙に歩み寄り顔を近づける。


能力者私たちは兵器よ。人間じゃない。戦うための道具。人間であるはずがない。人間を能力者私たちと一緒にしないで」


そう言って凪沙から離れる。私たちが人間であるなんて有り得ない。

凪沙の方を見ると何故か怯えているようだった。


「誰も反論はないようだな。では……」

「待ってくれ」


今度は少し奥の方にいた男が手を上げた。


「俺はその女を信用できない。人に対しての制圧性能が高いのは認めるが、それだけで俺たちのトップ? 笑わせるな。害虫と戦う組織ならそれ相応の実績を俺たちの前で示せ。それが条件だ」


こいつ総督に向かってなんて口の利き方だ。まぁ、私も総督には言いたいことがあるが、この人のことだ何か考えがあるのだろう。


「ふむ。まだ足りないというのか。仕方ないな。大佐、次の任務でもしステージ4と対峙する時があったら解放を許可しよう。全てを蹂躙できるその力を見せてやってくれ。この者たちの出所はそれからでも遅くはないからな。十分に理解してもらってからの方がいいだろう。」


「承知いたしました。その時には全力を持って駆除させていただきます」


敬礼をして承諾する。そうだな。力を示せばいい。その足りない脳に絶対的な力を。


「では大佐、今日のところは戻ろうか。初めから一度で話が通るとは思っていなかったからな。理解してもらえるまで待つとしよう。君たちも突然訪ねて困惑するようなこと言ってすまなかった。ただ、大佐が条件を満たすまでに気が変わったらすぐに職員に伝えてくれ」


総督は振り返り出口に向かって歩き出した。それに伴って私も歩き出す。ここに収容されている者たちが如何にして収容されるに至ったか能力だけではないような気がした。かつてのあの男のように……。


しばらくの静寂の中歩いていると、不意に総督が口を開いた。


「大佐、君には就任前からいろいろなことを頼んで申し訳ないな」


それは初めて聞いた謝罪の言葉だった。私は全然気にしてないのに。


「もったいないお言葉です。総督、私は兵器です。命令されればそれに従います。世界の平和のために」


前を歩いている総督に見えているか分からないが、敬礼をする。総督は振り返らずに「そうか」とだけ答えた。


収容所を出て総督は本部に戻ると言って別れた。

私はここからほど近い研究所に向かうことにした。


新薬の被験でもしようかな。


その足取りはなんだか重かった。

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