第4話 今世は風魔法使い

 目立たないようにひっそりと暮らす。


 そうは思っても、その出自だけでもレナリアは目立ってしまうだろう。

 なにせ両親のラブロマンスは歌劇になっているくらい有名だ。


 昨日までのレナリアはそれが自慢だったし、今も自慢なのに変わりがないが、それでももう少しばかり普通の両親の方が目立たなかったんじゃないかと思うのだ。


 だが父と母の美貌をしっかりと受け継いでいるレナリアの容姿では、目立つなという方が無理だ。


 父から受け継いだ、ゆるやかに波打つ絹糸のようになめらかな金髪。


 母から受け継いだ、金のまつ毛に彩られた角度によって青のようにも紫のようにも見える、王族特有の稀有なタンザナイトの瞳。


 そして高すぎず低すぎない絶妙なすっと通った鼻筋と、いつも笑みを浮かべているような薄くピンク色に色づく小さな唇。


 その全てが調和して、絶世の美少女を作り上げていた。


 成人していない子供が社交の場に出る事はできないから実際にレナリアを見た者は少ないが、シェリダン侯爵家の紋章が薔薇である事から、シェリダンの薔薇の蕾は大層美しいらしいと既に評判になっている。


 もちろん既に学園に通っている、黒髪とタンザナイトの瞳という母と同じ色彩を持っている三歳年上の兄も、目を奪われるほどに美しい。


「どうしましょう……」


 思わず呟くと、兄のアーサーがそっとレナリアの手を握る。


「心配しなくても大丈夫だよ。学園には僕もいるからね」


 レナリアは、心配しているのはそういう事ではないのだけれど、と思って、ふと疑問を抱く。


 思い出した記憶を前世のものだと思っているが、本当にそうなのだろうか、と。


 もしかしたら……エアリアルには悪いけれど、一番人気のない精霊が守護精霊になった事で気を失ってしまって、その時に見た、ただの夢だったのではないだろうか。


 あまりにも鮮明で具体的な夢だったから気が動転してしまったが、魔法を使うと命を縮めるなんて聞いたことがないし、魔力を持っているのに守護精霊がいないなんてあり得ないのだから、やっぱりあれはただの夢だ。


 安心したレナリアは、兄の手を握り返してにこっと笑った。


「ありがとう、お兄さま。私も学園に行くのが楽しみです」


 それに、もしあの夢が本当に前世のものだったとしても、今のレナリアは風魔法使いに過ぎない。

 だから命を削って誰かを癒す必要はないのだ。


 ただどれくらいの風魔法が使えるのかは確かめておいた方がいいだろう。

 学園で学ぶようになった時に、中の下くらいの成績を取るのが理想だ。


 ただ貴族の娘として、全てが平均というのもどうかと思う。

 魔法で劣る分、座学は中の上、いや、上の下くらいの成績を取らないと、両親や兄に恥ずかしい。


 ここはがんばって座学だけでも良い成績を取るべきだろう。


 明日から、家庭教師の先生の教える事をもっと真剣に聞かなくちゃね。

 それに、前世が本当にあった事なのか、調べておきましょう。


 レナリアはそう心の中で呟いて、もう少し休んでいた方がいいという家族の勧めに従った。





 数日後、動きやすいドレスを着たレナリアは、こっそり裏の森へと入った。


「さて。とりあえず私の魔法がどれくらいのものなのか確認してみようかしら」


 レナリアは父親に入学祝いとして買ってもらったばかりの魔法杖を軽く振ってみる。


 貴族の持つ魔法杖には瞳の色に合わせた宝石を埋めこむ事が多い。

 この魔法杖にも、持ち手のところにレナリアの瞳の色と同じタンザナイトの宝石が埋めこまれている。


「前はこんなものは使わなかったけど……」


 レナリアが歴史書で調べたところ、前世で暮らしていた王国は確かに存在していた。

 だから、あの記憶は本当にレナリアの前世のものなのだろう。


 ただしその王国は、五百年も前に滅んでいる。


 かつてレナリアが暮らした王国の名前は既に地図から消え去り、今では伝説となってしまっている。

 もちろん婚約者だったマリウス王子の名前などどこにも残っていない。


 第二王子のマリウスが王位を継ぐ可能性は低かったから、後世にマリウスの名前が残っているはずもないのだが、それでもレナリアは歴史書を読みながらついその名前を探してしまった。


 けれどもいくら探しても、マリウスの名前どころか、歴代の王の名前すら残されてはいなかった。


「五百年も経っているから仕方ないわね」


 寂しい気もするが、仕方がないと思う。


 レナリアは、夢を見た直後のようにその感情に引きずられる事はなくなっていた。

 今はただ、映像付きの物語でも読んでいたような気持ちだ。


「とりあえずあの葉っぱを落としてみようかしら」


 レナリアは杖を構えて一枚の葉に目を向ける。


 本来であれば杖を構えて呪文を唱えるそうなのだが、そもそもレナリアはまだ魔法の勉強を始めていない。


 だからとりあえず体の中にある魔力を練って魔法を放つ事にした。


 これくらいならば、命の消耗はほぼないに等しい。


 葉を落とす詠唱は知らないが、体内の魔力を使うのであれば願うだけでいい。

 だが魔法杖を持っていると、なんとなくかけ声をかけてしまいたくなる。


「えいっ」


 気の抜けたような掛け声とは裏腹に、杖の先から竜巻のような物が飛んでいく。


「……え?」


 ごおおおお、と音を立てて、葉っぱどころか正面にある木がまとめて吹き飛んだ。


「ええええっ」


 呆然とするレナリアは、しばらくその場で立ちすくんでいた。


「わぁ。すごーい」


 そこに子供のような高い声が聞こえる。


「だ、誰っ!?」


 振り返ると、小さな子供が空中に浮いていた。


「ええええええええっ」

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